[ ファカルティズ・コラム ] 2006年05月09日
複数の「軸」で考えよう
こんにちは。桑畑@慶應MCCです。
慶應MCC定例講演会『夕学五十講』における金子勝先生のご講演の中で、思考力系の講師として思わず膝を打ったことがあります。完璧な採録ではありませんが、概ね以下のような内容でした。
「テレビに出て日本経済について話していると、『もっと簡単にヒトコトで説明してくれ』と言われるが、冗談じゃない。経済を単純にヒトコトで語る方がおかしいんだ。いくつもの要素が複雑に絡み合って今の経済状況があるのは明白なのに、テレビはすぐ単純化したがる」
全く同感です。
テレビに限らずマスコミ全般に言えることですが、ある問題状況や事象の原因を、ひとつに特定し、単純化しようとする傾向があります。もちろんテレビは時間的制約も大きいですし、「視聴者や読者にわかりやすく伝える」という意図もあるでしょう。
しかし本当に、「わかりやすく伝えるためには単純化が必要」なのでしょうか?
いや、それどころか、「単純化の弊害」すらあると思うのです。
具体的な事例でお話ししましょう。
2006年5月現在、イラク情勢はいまだ混沌としていますが、2003年3月の開戦直後、某新聞に“イラク戦争終結後のイラク情勢”を論じるコラムが掲載されました。
米軍の圧倒的戦力によって、フセイン政権が倒れるのは時間の問題であったため、今後イラク内部に存在する主要なグループの、どれがイニシアティブを握るかといった内容でした。
そしてそのコラムには、以下のような図が添付されていたのです。

上図のひとつひとつの円が各グループであり、円の大きさは勢力(構成員の数)を表しています。
さて、私がこの図で着目したのは、水平に引かれた「軸」です。そこにはご覧のように、「反米/親米」という文字が添えられていました。
つまりこのコラムでは、イラク国内の様々なグループを、「反米/親米」という軸(のみ)で、論じていたわけです。
私は、別に「反米/親米」という軸でイラク情勢を語るな、と言いたいわけではありません。この軸は確かに存在しますし、イラク情勢を語る際には使いやすい軸でしょう。
しかしこのコラムを読んだ読者が、「反米/親米」という軸でしか、今後のイラク情勢を考えられなくなるリスクは、本当に無いのでしょうか? 極端な例で恐縮ですが、図の左側(つまり反米)のグループに対して、「テロリスト」という安易なレッテルを貼ってしまう読者がいても、不思議ではないはずです。
ここで考えてみてください。
イラク情勢について、様々なグループをふたつに分けて考えようとした場合、この「反米/親米」の他にはどのような軸がありますか?
<回答例>
※回答例は以下の空白のエリアにあります。マウスでドラッグすると見ることができますが、まずはご自身で考えてみてください。
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「タカ派/ハト派」 「武装派/非武装派」 「シーア派/スンニ派」
「都市部/農村部」「富裕層/貧困層」「反フセイン/親フセイン」etc.
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いかがでしょう。ちょっと考えてみるだけでも、いくつもの「軸」が存在することがおわかりだと思います。
さらに軸が変われば、当然「論点」も異なってきます。宗教上の問題や経済的格差等々、今後のイラク情勢について考えようとしたら、決して単純化できない、様々なファクターの複雑な関係性が少しずつ見えてくるはずです。
これが・・・“自分の頭で考える”ということではないでしょうか。
「確かに『反米/親米』という軸はある。でも、他にも軸はあるはずだ」と、少し考えてみればいいだけです。決して難しいことではありません。
実はマスコミに限らず、我々は「自分の軸」を使って、モノゴトを単純化して考え、そして伝えようとします。それ自体は、思考やコミュニケーションの効率性のためには当たり前のことなのですが、問題はメッセージの「受け手」となった時に、「相手の軸」をそのまま受け入れてしまうことなのです。
これが俗に言う「鵜呑みにする」という行為です。
勘違いしていただきたくないのですが、私は「人を疑え」と言いたいわけではありません。むしろ、「(鵜呑みにする)自分を疑え」と言いたいのです。
相手の主張をいったん受け止めた上で、「他の論点は無いのかな?」と『複数の軸』を考えてみる。
これを意識するだけで、“単純に納得せずに、自分の頭で考え抜く”という強い思考力(私はそれを広義の論理思考力と呼んでいます)が、確実に身についてくるはずです。




