講演を始めるにあたって、阿刀田氏は、「自分は小説家だから、どうしても小税の話が多くなる。自分のことを話す、これは、90%を超えて自慢話。失敗とか、ろくでもない話でも、それは裏返しの自慢」と言った。確かにそうだ、と可笑しくなる。
 「しかし、自分のことを話さないと、借り物ではない、深い話はできない。ときどき、見え見えで、自画自賛が入っていたりすることをお許しいただきたい」
とことわり、会場の雰囲気がほぐれた中、講演は始まった。


◆アイデアの糸口から小説が生まれるまで

 ゴルフをやり始めた時、阿刀田氏は「なんて口うるさいスポーツだろう!」と思ったそうだ。「グリップが悪い」「スタンスが悪い」「インパクトが悪い」というような具合に。
 その結果、生まれたのが『ゴルフ事始め』というストーリーだという。

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 ストーリーはまず、ゴルフの大好きなスコットランドの国王の所へ、怒髪公という、その名の通りおこりっぽいイングランドの国王が訪ねてくるところから始まる。二人はゴルフの話になり、その発祥の地をめぐって、「スコットランドだ」「いや、イングランドだ」と愚にもつかない議論になり、ついに「じゃあ、ゲームをやろうじゃないか。勝った方の国がゴルフ発祥の地としようじゃないか」という話になり、ペアを組んでゲームをやることになった。スコットランドの王が組んだのは靴屋だが、天才的なプレーヤーで、怒髪公はスコットランド・チームに負けてしまう。
 負けた怒髪公の怒りは一通りではなく、「どうしてあんな靴屋風情が上手いんだ。調べて来い」とスパイを送ると、靴屋は大きな鏡の前で練習をしていて、その鏡の中から、何者かが「アゴを引け」などとコーチをしていたという。
  ならばその鏡を盗むのが一番、と鏡を盗ませて、練習を始めると、鏡の中の声は「グリップが悪い」「イマジネーションが悪い」「頭が悪い」と容赦がない。ついに怒りが爆発した怒髪公は鏡を割ってしまう。すると、5つに割れた鏡のそれぞれが「グリップが悪い」などと言いだした。小さくすればするほど、それぞれが「ああしろ、こうしろ」と言いだす。最後は乳鉢ですって、捨てると、その無数の粉は世界に飛び、世界中のゴルフ場に広がって、やれ「グリップが悪い」「顎を引け」と言い続けている。
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 小説家の想像力の豊かさを物語るエピソードだが、このストーリーの前半部分、王がペアでゲームをやり、スコットランドの国王が組んだのが靴屋、というあたりまでは本当の話だそうだ。
 阿刀田氏いわく、「小説家は詐欺師」なので、ウソをもっともらしくするために、事実を書いてさしつかえのないところは極力本当のことを書き、読者が「本当っぽいな」と思ったところで、すっとウソを混ぜるのだという。
 阿刀田氏はここで悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。何だか、マジックの種明かしをちらっと見せてもらったような気分。

◆「アイデア小説」の書き方は、どの分野のクリエイトにも役立つ


 「アイデア小説」という分野で50年間に900もの短編を書いてきた阿刀田氏は「アイデアを探すプロフェッショナル」という自負を持ってきたが、長い間、それは小説家にしか役立たないものと考えてきた。
 ところが、時代が変わり、ここ10年くらいはもっと一般的に押し広げて、自分なりの独自性を出していくのに役立つのではないかと考えるようになったという。
 その一つの方法がこうだ。
  1. まず、「その分野で『良し』とされているもの(古典)」をきちんと知り、それに沿って物事を考える。
  2. 次に、1と相反するものを探る
  3. 1,2のどちらでもない、それらを乗り越えた新しいものに飛躍する
 そして、物を考えていく上で、一番大切なことは、何か自分のオリジナリティを作っていくことで、その時にもっとも大切なのが、「ダイジェスト」だという。

◆世の中はダイジェストで成り立っている

 阿刀田氏は、「終局的には知識をどうダイジェストして、自分の中に蓄えているか」だと語った。
 それはただの「要約」ではない。何の「目的」で、「自分」がどう関わっていくか、という方向性を持った要約だ。阿刀田氏は、「森羅万象を自分に役立つように理解し、自分の脳味噌の中にダイジェストし、すわという時、必要な時に役立てる」と説明された。
 そして、知識を自分のものとしてクリエーションするときには、「いい加減さ」も大切と。

 目が覚めるような思いがした。必要なものを必要なだけ、自分が使い勝手がいいようにアレンジしていいんだよ、と言われたような気がした。
 頭に浮かんだのは、好きな服だけが、取り出しやすく、整然と見やすく並んでいるクローゼットだ。最近、引っ越しをしたのと、ピンとこなくなった服が増えたせいで、「服の整理」は私の目下の課題の一つである。
 かなりの数の服を処分して思うことは、「今の自分に似合って、好きな服」しか結局は着ない、という当たり前のことだ。それが、「使える服」なのだ。
 思えば、服も、こんな自分になりたい(見せたい)という「目的」や、「今」の自分を表現しているダイジェストだと言えるのではないだろうか。

 頭の中が散らかったクローゼットのようになりがちな私は、この「ダイジェスト」という方法を知って、何かとても便利なツールを得たような気になった。「ダイジェスト」は知識を「使える」状態にしておくということなのだと思う。

◆「陛下、ちょっとお待ちください」と言って、アイデアをノートにとる

  「結局、何をしたらいいか、というと、案外大切なことは、日常のちょっとした努力、一つの方法と言えるのは『メモを取る』ことだ」と阿刀田氏は言った。阿刀田氏は、こういうことは小説になるんじゃないか、と思いついた瞬間にメモを取るということを日常に科しているが、これはけっこう辛いことでもあるという。ベッドに入り、眠りに落ちようとした瞬間でも、「ちょっと面白いな」と思うと、思い出すきっかけとなる一行でも書いておく。その後は、目が冴えて眠れなくなってしまっても、だ。
 そして、そのメモも「自分流にダイジェスト」したものであることが大切。

 面白そうなこと、ひらめいたことを、メモにとる、ということはこれまでも各ジャンルの方々が語られていることだとは思う。
 しかし、阿刀田氏のそれは、本当に真剣勝負だ。
 手元にペンが無い時は、マッチの燃えさしを使ってでも書き、紙が無いときは、お札の余白であっても書きつけておく。
 何か浮かべば、情事のさ中であっても、「ちょっと、お待ちください」と言ってメモ、たとえ、天皇陛下とお話している時であっても、「陛下、ちょっとお待ちください」と言ってメモをとる、とも。
 思わず笑ってしまったが、「そういう心づもりでおります」と語る阿刀田氏の姿勢に鬼気迫るものを感じた。

◆講演の最後に語られたこと

 講演の後に質疑応答があり、司会者の方の締めのご挨拶があった後だったろうか。
私は、もう講演のメモしていたノートをかばんにしまい、席を立つ準備をしていたように思う。
 その時、阿刀田氏がお詫びのようなことをおっしゃられたのだった。メモができなかったので、曖昧だが、
 「ダイジェストからアイデアを生み出すまでの過程はとても説明しにくい。そういう意味では、皆さんがこの講演に期待したことに十分には応えられなかったのではないかと思う」
というような内容だったと思う。
 心を打たれた。
 謙虚で、真摯でおられるということもそうだが、ああ、アイデアを生み出すって、知的創造をすることって、そういうものだろうな、と思ったのだ。「これが答え」というような即効性のあるものは無いのだ。

 16冊目になるという阿刀田氏のアイデアノートには、柔道でいえば、「一本」になるようなアイデアと「技あり」というようなアイデアがあるという。この「技あり」も一生懸命ページを見ると、これとこれを結びつけて、「一本」にできる、というようなこともあるそうだ。
 変な連想かもしれないが、このお話を聞いていて、私は、マヨネーズを作る過程を思い出してしまった。酢と油をいう本来は交じりあわないものが、混ぜていると、マヨネーズという新しいものが出来上がる不思議さを。

 講演ではあまり説明されなかったが、阿刀田氏の講演シラバスの最後に、「セレンディピティ」と書かれている。著書(『知的創造の作法』)ではこの言葉を次のように説明されている。
「"何かを執拗に探し続けていると、それとは関わりなく、特別にすばらしいものを発見することがある"であり、さながら熱心な努力に対して神がべつなプレゼントを与えたようなもの」

  何かすごいアイデアが、例えばお風呂に入っている時、などさりげない時にふと浮かぶ例はよく言われている。しかし、それには、「執拗に探し続けている」という前提が欠かせない。そして、求めて求め続けて、ふっと目の前が開けるようなアイデアや創造に至る過程は、それぞれが経験してみるしかない、言葉にできないものなのだと思う。

 それを率直に語ってくださったことに、プロの鬼気迫る不断の努力をかいま見せてくださったことに感動しながら、会場を後にした。