半沢直樹・・その準備は7才の時から始まっていた/優里

実は、ドラマはあまり見ない方だ。というか、テレビ自体をあまり見ないと言っていいぐらいかもしれない。
それなのに、福澤氏の講演には是非行きたいと思ったのは、さすがに見ていた『半沢直樹』の監督である福澤氏の、かつて慶応大学ラグビー部の有名選手であり、福澤諭吉の曾孫でおられるというプロフィールに純粋に興味を覚えたからだった。

講演に先立って、福澤氏が手がけた作品紹介の映像が10分ほど上映される。日本人としては是非、見ておきたいと思うような、なんというか、日本人としての誇りをよびさまされるような作品が多く、背筋が伸びるような気持ちになった。

その後、いよいよ福澤氏が登場する。身長189センチ、体重110キロという体型はまさにラガーマンそのもの。
しかし、その体型がこちらに威圧感を与えるどころか、福澤氏は実に気さくで、親しみやすい雰囲気の方だった。


「僕なんかの話を、皆さん、よく聞きにくると思いますが、がんばって話します。
僕もどうしてヒットしたのかわからない。ラグビーだけで学生時代を終わった、そんな男がどうしてドラマや映画の監督になったのか、と思われていることと思います。
運がいいのは福澤先生の孫の孫に生まれてきたこと。本当のことを言っていいのかわかりませんが、慶應幼稚舎には・・・多分、コネで入ったと思います」
こんな気取らない出だしで、福澤氏はたちまち聴衆との距離を縮めてしまった。
まるで、仕事も遊びもデキる面白い先輩から武勇伝を聞いているような気になる。客席からも、心からくつろいでいるような笑い声が絶えなかった。

そして、福澤氏のこれまでの人生は『半沢直樹』に負けないくらい面白く、人との出会いの大切さ、「好き」という気持ちがいかに人に力を与えるかを教えてくれるものだった。

福澤氏は人生の分岐点で実に的確なアドバイスをくれる人との出会いに恵まれ、そのアドバイスを大切に受け入れ、行動に移してきている。まず、そのことに私は感動した。

◆『半沢直樹』にたどりつくまで~3人のキーパーソンの言葉

<慶應幼稚舎の先生>
慶應幼稚舎は1年から6年まで担任の先生が代わらず、クラス替えもないという。その先生の何がすごいといって、「勉強しろ」とは一切言われず、「とにかく一生続けられる好きな仕事を見つけなさい。好きで好きでたまらない仕事を見つけなさい」と言われ続けたことだった。
先生の言葉は、ずっと福澤氏の脳裏から離れることなく、中二の時に、ある出会いが訪れる。『スターウォーズ』を見て、「俺は、これだ!俺はこれをやろう!」と心に誓うのである。弁当持参で一日、京橋テアトル東京にいた。

<慶應の先輩>
将来の目標を決めたものの、福澤氏はまっしぐらにその方向へ進むことはできなかった。
ラグビーの才能が開花したからである。ラグビーの高校日本代表に選ばれ、周囲からの期待も大きく、大学でも当然のようにラグビー部へ。
大学のラグビー部の練習は苛酷を極め、「今思うと、半分ウツ病だった」という。ラグビーがイヤでイヤでしかたがなかったが、慶応大学ラグビー部は日本一になり、福澤氏も一気に英雄になる。しかし、これを最後に、「よし、これからは仕事に生きよう」と東宝に入社していた慶応大学の先輩に思いを打ち明ける。
「お前が映画監督?助監督から、そのまま監督になれなかったら悲惨だぞ。これからはテレビ局が映画をやる時代が来る。まず、テレビ局に入れ。基本は同じだ。ドラマをやっていれば、いつかチャンスが来る」
このアドバイスが福澤氏の進路を決定づける。

<脚本家、橋本忍氏>
テレビ局に照準を合わせたものの、その後ラグビー日本代表に選ばれた福澤氏はテレビ局の入社試験の時期を逃してしまい、いったんは富士写真フィルムに入社。
しかし、夢をあきらめきれず、超難関を突破して、TBSに中途採用され、念願の道を歩み始める。そして、映画監督をつとめた『私は貝になりたい』(2008年)で映画界の重鎮である脚本家橋本忍氏と出会い、2つのことを教えられる。

【脚本はとにかく、2,3人で書け】
「一人の人間が経験できることは限られている。2,3人の経験値を集めなさい。君の勝負の作品はそうしなさい」
【物を伝えるにはテンポが大切。早く伝える】
黒澤監督は同じシーンを50~100回くらい演じさせた。その目的は、「1秒でも短くするため」だったという。「日本語は時間がかかる。英語に勝つためには、早口だよ」

この2つの教えはそのまま「半沢直樹」に生かされることになる。

この福澤氏の3人の恩師との出会いとともに、印象に残った福澤氏の言葉を振り返ってみたい。

◆「経験値が物をいう」
「どうしてラグビー日本代表から映画監督へ?」というのは私の疑問だったが、このラグビー選手として培ってきた「経験値」こそが、福澤氏の成功を大きく支えたものだった。

【体力勝負の世界】
映画監督への道を模索していた時、福澤氏は「大学に通いながら、専門学校に行こうか」と考える。しかし、ラグビー一色の大学生活でそれはかなわず、映画監督になるための勉強はできないまま、この世界に入る。
同期は5人いて、自主映画製作などをやっていた人々で、最初は彼らの演出論などについていくことはできなかった。しかし、実は、この世界は体力勝負の世界で、現場は「軍隊」だった。それも、あのラグビーの練習に比べれば、十分幸せな程度であり、現場を仕切るのはお手の物。入ってみれば、福澤氏にとって、「慣れた」世界だったのだ。いつのまにか同期は皆、いなくなっていた。

【全部ラグビーに置き換えて、イメージトレーニング】
ラグビーで試合のイメージトレーニングをするように、福澤氏はまず名作と言われる作品の中から30本を選んで、毎晩、テンポや話の流れを頭に入れていったという。その中で黒澤明の『用心棒』を「やたら面白い」と感じ、「いつか、こんな作品ができたら俺も成長するんだろうな、いつか、やってみたい」と思うようなる。
そして、池井戸潤『下町ロケット』に出会い、そのスピーディーな話のテンポに「これはなかなか(『用心棒』に)似ていると思い、ついに『半沢直樹』の原作『オレたちバブル入行組』に出会い、「『用心棒』に似ている!やりたい!」と思うのだ。

「半沢直樹」には、半沢が、落ち込んでいる同期の近藤を剣道の道場に誘い、竹刀で打ちまくるシーンが出てくるが、これは原作には無いシーンで、「イヤなことを忘れるには、これがいい方法」という福澤氏の経験値から挿入されたシーンだという。
見ているこちらも気持ちが軽くなって、ほっとした覚えがある。
・・・・
夢をあきらめない人には、「遠まわり」という言葉は無いのかもしれない。「好きでたまらない仕事」をやれるようになった時、それまでの経験は無駄なことは一つもなく、生かされていくからだ。
もちろん、「好きでたまらない仕事」そのものにつける人はそう多くはないだろう。
しかし、夢を捨てずに意識しつづけていくことで、「今」がいっそう意味を持ち、貴重な「経験値」となっていくのではないだろうか。
 
◆「視聴率は忘れよう」
福澤氏は「半沢直樹」のスタートにあたって、スタッフを集めてこう言ったという。
ドラマのメインターゲットである35歳以上50才までの女性に向けて、恋愛も無い、銀行の話など「当たるわけはない」と思ったが、「はずれで結構」「女性は見なくて結構」と覚悟を決めて、スタートとした作品だった。しかし、フタを開けてみれば、視聴者は圧倒的に女性だった。
・・・・・
純粋に面白かったこのドラマのメガヒットの要因はいろいろあるだろうが、知る由もなかったこの製作者側の決意というものも、どこか視聴者に伝わっていたのではないだろうか。
少なくとも、視聴率の取れそうな、一般受けしそうなドラマを作ろうという姿勢と、ヒットしなくてもいい、自分達が本当に面白いと思う作品を世に送り出そうという姿勢で作られた作品から伝わる雰囲気はまるで違ってくると思う。
『半沢直樹』には自分達が納得のいくものを潔く差し出すような作り手の気迫のようなものがあった。それが、視聴者をテレビの前に釘づけにするような吸引力につながっていったようにも思うのだ。

◆「精一杯作って出すしかない」
福澤氏は、料理に例えて、「イベリコ豚や大田原牛など、ごっちゃにするのではなく、一つひとつの素材のしっかりしたものを、『質素ですが、精一杯作ったので、見てください』というしか、これからのテレビドラマはない、と思っている」と説明された。どういうものを皆さんが好むのかわからない、精一杯作って、出すしかない、と。

これは私にはとてもわかりやすい例えに思えた。確かに、あれもこれもある豪華なビッフェディナーより、厳選した材料で、シンプルだけど、作り手の心意気の伝わるような蕎麦いっぱいのほうが印象に残り、気持ちも満たされるような気がする。

◆「好きで好きでたまらない仕事」
最終的に私の心に強く残ったのは、慶應幼稚舎の先生がおっしゃったこの言葉だ。その前に、「好きで好きでたまらない」もの自体の把握も十分にできていない自分がいる。
福澤氏が名作映画の中から好きなものを30本選んだように、私も、好きな本、好きな映画、好きな音楽、好きな場所などを書きだしてみたいと思った。
「好き」は出発点になり、目的地にもなる。「好き」がわかってこそ、日々の経験を「経験値」に生かせる道が出てくる。
自分はまずそこからだと思った。

 

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