正直に告白すると、わたしは「このテのヒト」に少々の苦手意識がある。
 このテのヒトとは、まちおこしとか、地域活性化とか、そういったことを専門の職業としている人々のことだ。

 ついでに告白すると、わたしもこのテのヒトたちと似たような仕事を時々している。だから、わたしの感情は「近親憎悪」というか「同族嫌悪」というか...そういった感情も混じっているように思う。

 ではなぜこの講演会への参加を希望したかというと、以前、わたしが親近感を持って読んだ本の中に「山崎亮」さんの名前を発見していたからだ。詳細は忘れてしまったけれど、若手の論者数名が、フラットな立ち位置で、難題を軽やかかつ鋭く説くような内容の本だったと記憶している。

 ちなみに、わたしがなぜ「このテのヒト」が苦手かについても少し触れておこう。こうした人たちに初めて出会ったのは、わたしが田舎で公務員をしていた頃に遡る。今からもう10年以上も前のことだ。
 その人たちは、地域の魅力を探し、それを活かして地域を活性化する、といったような仕事の"プロフェッショナル"としてやってきた。頭の切れる、物腰の柔らかい、スマートで優秀な人たちだった。
 
 地域の人たちも徐々に乗り始め、プロジェクトは順調に進み盛り上がりを見せた。が、プロジェクトの終了とともに、その地域はもとの静かな、というよりも、人口が減っていく、衰退する地域に戻った。プロジェクトの一時の栄光が、あれは夢か幻か...と思えるほどに、潮が引くスピードは早かった。

 プロジェクトの期間が短すぎたのかもしれない。それは役所の責任だ。
 地域の人たちの力が足りなかったのかもしれない。それは住民たちの責任だ。

 ただ、プロフェッショナルに対して、なにか言いようのない不満がわたしの中に残った。
 地域にやってきたプロフェッショナルたちは、「この地域がいかに魅力的か」を何度も住民に語りかけた。緑が多い。水がおいしい。物語がたくさんある。あなたたちが暮らす地域は、とてもいい地域だと。

 「でも、あなたはこの街に住めないでしょう」と、わたしは心のなかで幾度となく毒づいた。
 あなたがこの街にやってくるのは仕事だからであって、プライベートで来ることはないじゃないか。プロジェクトが終了したあとに、家族や友人を連れてくることだってないではないか。あなたは普段、都会に暮らし、地下鉄に乗り、デパートで買い物をし、カフェでパソコンに向かい、雪かきもせず、都市の便利さを享受して暮らしているではないか。なのに、この地域は魅力的だと臆面もなく言うのは、言行不一致ではないか...。

 今思えば、半分は田舎で暮らしながら都会暮らしに未練が残るわたしのコンプレックスだったように感じる。が、半分は今もなお変わらず同じ思いがある。都会で暮らしながら、「地域おこしのプロフェッショナル」的なことを自認する人々への、なにか割り切れない思いだ。

 前置きが長くなったが、山崎さんの講演の話に入ろう。
 結論から先に言うと、今回の講演は得るところが非常に大きかった。

 山崎さんは、トレーナーにジーンズ、ヒゲにボウズという、オシャレないでたちで現れた。わたしがイメージする「このテのヒト」とはちょっと違う。

 山崎さんは「なにを話すか決めてないんですよね~」と言いながら会場の顔ぶれを見渡し、じゃ、この話でもいってみますかと、兵庫県にある「有馬富士公園」の事例を話し始めた。

 有馬富士公園というのは、山に囲まれた、市街地から離れた場所にある公園である。そこに、多くの人々が集まるための仕掛けを考えてほしいという依頼を山崎さんは受けた。2001年のことだ。

 考えてみると、公園には「メンテナンス」はあっても「マネジメント」はない。例えば美術館や博物館には館長がいても、公園には園長がいない。つまり、人を呼び込むための仕掛けを考える人がいないことに山崎さんは気づく。

 「公園」的な場所として最もうまくいっている事例としては、ディズニーランドが思い浮かんだ。ディズニーランドには「キャスト」がいて、お客さんが行けばアトラクションを説明したり、道案内をしたり、言ってらっしゃいと声をかけてくれたりする。公園にはキャストがいない。雇うだけの予算もない。が、キャストがいれば公園は変わるかも...。

 そう考えた山崎さんは、周辺地域で活動するNPOや市民団体など50の団体にヒアリングを実施。活動の内容や課題などを聞き取りながら、みなさんの活動を公園でやりませんかと提案した。つまり、彼らはキャスト候補。サービスをただ享受するのではなく、「提供」することを楽しみに公園に来る人たちという訳だ。

 実際、多くの団体がこの公園で活動を展開することになった。活動内容は様々で、凧揚げを教える団体もあれば、水辺の生き物ウォッチングを行なう団体もある。団体の側からすると、公園は自分たちの活動を多くの人に知ってもらい、新しい仲間をつくる拠点になる。多くの市民は、NPOなどの活動に参加するために市街地から離れた公園にわざわざ足を運ぶ。それぞれの団体のファンが増えることに加え、拠点ができたことで団体の活動頻度も上がる。
 結果、年間の来園者数は徐々に増え続け、また、公園を拠点に活動する団体も増えているという。これが有馬富士公園の事例である。

 似たような仕掛けを鹿児島県の「マルヤガーデンズ」にも施した。大手百貨店が撤退した後の空き店舗に、地元資本の百貨店が入った。なんとかお客さんを増やしたいという店からの要望に応えるため、各フロアに市民活動のためのスペースを設置。そこでは、アーティストのコンサートがあったり、料理教室が開かれたりする。
 すると、買い物目的ではない人々がデパートを訪れるようになった。とはいえ、彼らのうちの何割かは行き帰りに店を覗き、またそのうちの何割かは買い物もする。反対に、買い物を目的に来た人のうちの何割かは、市民活動の現場を訪れる。こんな風にして、マルヤガーデンズへの来店者が増えたのだという。

 山崎さんはこの後も、会場の反応を見ながら「じゃ、次はこの辺の話をいってみようかな~」と言いながらいくつかの事例を紹介した。東京での事例、地方都市での事例、離島での事例。それぞれに難しさがあり、工夫があり、面白さがあった。

 わたしは、ふーん、という感じで話を聞いていた。
 この人も「あのテのヒトなのよね」なんて少し意地悪い見方をどこかでしながらも、なかなかやるな、面白いな、フムフム非常に参考になる...と感じ入りながら話を聞いていた。

 そんなわたしの視界がパッとクリアになったのは、質疑応答の時間でのやり取りを聞いたときだ。ある人が山崎さんにこんな趣旨の質問をした。
 「地域を歩いていて、ココがポイントだ、これがツボだ、こうすればいいと気づく視点というのは、山崎さんならではのものなのでしょうか。例えば、山崎さんの会社に入ってくる新人スタッフはどんな風に育成するのでしょう」。

 「事例をたっぷり知ることだと思う」と山崎さんは回答した。そして、山崎さんの会社で実践されている方法を紹介してくれた。

 まず、自分が取り組んでみたいプロジェクトを決めたら、類似した事例をネットから100集めさせるのだという。フォーマットが決まっていて、いつ、どこで、どんな人が、どんな活動を実施しているのか、さらに組織体制や課題など、ネットから集められる限りの情報をそのフォームに埋めていく。フォーマットはA4で2ページと言っていたので、2ページ×100=200ページ分の情報が集まることになる。

 こうして100の事例を集めたら、その中から「抜群に面白い10の事例」を絞り出し、今度は本や雑誌などより深いメディアで情報を収集させる。当然、より広く深い情報が集まる。
 そうしてさらに、その中から「自分が惚れこんだ」3つの事例をピックアップして、実際にアポイントをとって担当者に会いに行かせるのだという。話を聞いたら、10枚程度のレポートを作成する。
 これをテーマごとに実践させる。例えば、エネルギー関連で100事例、食育で100事例...と集めさせるうちに、新人スタッフも判断ができるようになる、というのだ。

 例えば、ある地域で新規のプロジェクトを立ち上げようという場合に、これはオリジナルか、成功の可能性があるか、失敗するリスクはどこにあるのか、必要な要素はなにか、といった判断ができないのは「情報が不足しているから」だと山崎さんは言う。だから、徹底的に事例を調べること、話を聞きに行くことを山崎さんはスタッフに実践させているのだそうだ。

 ・・・うーん、これはプロだなと、わたしは何か、晴れ晴れとした思いがしていた。

 「このテのヒト」と呼ぶ人たちに対する一種の苦手意識は、そのまま、現在は同様の仕事をしている自分へと突き刺さる。

 そもそもなぜわたしはこういう仕事をしているのだろう。「なーんか感じ悪い...」なんて嫌悪感さえ覚えていた人たちのポジションに、今は自分が立ちつつある。

 そう、わたしはこの仕事に興味があったのだ。それで、どうしたらなれるのだろう、どういうスキルを身に着けたらいいのだろう、何を学べばいいのだろうとあがいているうちに、特に何もしないまま、何も身に着けないまま、このテの仕事をするようになってしまった。

 それだけに、不信感があったのだ。一緒に働いている人に対しても、なにより自分自身に対しても。これでいいの?こんなんでお金もらっていいの?豊富とはいえない経験と、不確かな自分の感覚に頼るような仕事でいいの?と、いつも漠然とした不安があった。

 自分は、ひとつのプロジェクトに関連して100の事例を集めたことがあるか、NO。せいぜい10も集めれば満足している。
 面白いと思った事例の担当者にアポイントをとって会いに行っているか、NO。本や雑誌で調べるのが関の山。会いに行くとなると、時間もお金もかかるし、そもそも仕事でもないのに会ってくれるだろうかと腰が引けてしまう。
 毎年情報をアップデートする努力を行なっているか、NO。 過去の貯金を食い潰すばかりで、そろそろ米びつの底が見え始めている。全国各地で面白い事例が毎年生まれているだろうに、情報は受動的に接するのみで、情報収集を怠っている感が否めない。

 自分の甘さを無自覚的にも知っているゆえに、他の人も同様ではないかという疑いを持ち、「近親憎悪」のような感情へとつながる。合わせ鏡に移った自分の姿に軽いめまいを覚えながらも、講演を聴きながら、わたしはとても嬉しかった。

 こんな人になら、ぜひうちの田舎にも来てほしい。力を貸してもらいたいと思う。いろいろなことを教えていただきたいと思う。この田舎に住まなくても、仕事であっても、足を運んでほしいと思う。
 このテの業界で、素直にそう思える人に出会うことができたことにわたしは確かな力を得た。
 さてと、わたしもまずは事例集めから始めるとするか。


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