11/30 南 直哉「死者と出会うとき」 一覧

悲しいということに対して私の中で何かが変わった。

住職の話す言葉はとても流暢にたんたんと話し始めた。
御経のような祝詞のような言葉が耳に「スーッ」と入ってくる。

今でもなお続いている3.11の傷あとは心に響くものがある。

そこに住む人たちは同じ土地でも人がいる場所・人がいない場所で極端に違う。

すぐそこの境目で起きたことだ。

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死者と出会う

私はその現実に対峙したことがあります。
命を持って生まれることができなかった息子を、この手に抱いたことがあります。
息子が死んでしまったこと、それでも私が生きていくこと、そのことを理解できない悲しみと苦しみは、今も私の心に残っています。

南さんは、
生きることは、自ら死に向かうこと、
生と死の時間は並行して流れていること、
問いがあっても、答えがないことがあること、
単純な答えを出してはいけなく、抱えたまま生きていかないといけないことがあること。
ただ、切なさと悲しみとともに、耐えて、生き続けていると、
「問いのほうから答えを出すことがある、そのことは確実に言うことができる。」
切なさと悲しみが与えてくれた問いに対して、死者が回答をする、と。

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このサイトは、慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)が主催する定例講演会『夕学五十講』を受講した方々による講演レポートを掲載しています。

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