2012年12月のエントリー 一覧

「最上のわざ。この世の最上のわざは何?」
白髪の女性と2人で壇上に現れた、樹木希林さん。
何の前置きもなく、この詩を静かに語り始めました。

 ホイヴェルス神父という方の友人が書かれた詩。
「楽しい心で年をとり、働きたいけれども休み、しゃべりたいけれども黙り、失望しそうなときに希望し、従順に、平静に、おのれの十字架をになう・・・」
 そして、この日の講演のタイトル、『老いの重荷は神の賜物』は、このような形で出てきました。
「老いの重荷は神の賜物、古びた心に、これで最後のみがきをかける。
 まことのふるさとへ行くために。」

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東京大学出版会。
薄っすら映る「縦書き」の枠。
その枠を全く無視し、「横書き」に手書きで綴った、講演内容と本の引用ページ番号のメモ。

僕は、配られたこの資料を一見して、約20年前の、大学時代の、大講堂の、静かな講義の記憶に、引きずりこまれた。

坂野氏は、お歳のせいか、体調が悪いのか、やや聞こえにくい声で、講義はたんたんと始まった。
著書「日本近代史」(ちくま書房)という学校の教科書を思わせるタイトルの本を出版した著者は、正に、間違いなく、学校の講義のように、講演を始めた。


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悲しいということに対して私の中で何かが変わった。

住職の話す言葉はとても流暢にたんたんと話し始めた。
御経のような祝詞のような言葉が耳に「スーッ」と入ってくる。

今でもなお続いている3.11の傷あとは心に響くものがある。

そこに住む人たちは同じ土地でも人がいる場所・人がいない場所で極端に違う。

すぐそこの境目で起きたことだ。

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死者と出会う

私はその現実に対峙したことがあります。
命を持って生まれることができなかった息子を、この手に抱いたことがあります。
息子が死んでしまったこと、それでも私が生きていくこと、そのことを理解できない悲しみと苦しみは、今も私の心に残っています。

南さんは、
生きることは、自ら死に向かうこと、
生と死の時間は並行して流れていること、
問いがあっても、答えがないことがあること、
単純な答えを出してはいけなく、抱えたまま生きていかないといけないことがあること。
ただ、切なさと悲しみとともに、耐えて、生き続けていると、
「問いのほうから答えを出すことがある、そのことは確実に言うことができる。」
切なさと悲しみが与えてくれた問いに対して、死者が回答をする、と。

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「それでは為末大さん、どうぞ。」
拍手に迎えられ、颯爽と為末大は登壇した。
選手の頃よりも少し伸びた髪を整え、スーツを着こなしている。
少し照れたような笑みを浮かべ、瞳はキラキラ輝き、少年のようだ。

うーん、相変わらずステキ。
思わず笑みがこぼれてしまう。

(でも・・・・・なんだろう、この違和感。なんか違う。)

それが、私の彼への初めの印象だった。

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夕学五十講

このサイトは、慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)が主催する定例講演会『夕学五十講』を受講した方々による講演レポートを掲載しています。

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