2012年11月のエントリー 一覧

「やばいなぁ、単なる著書の書評になっちゃう・・」
講演を聴き終わったあと、聞こえてきた心のつぶやきです。
要するに、「本の内容と同じ」ことを著者が話していただけ、でした。

自分自身、初めての「夕学五十講」。聴講を選んだのは、著書を読んで好印象を持った本の著者による講演。

ですから、正直に言って期待が自分の中で勝手に大きくなってしまったことは否めません。

いきなりネガティブなことを書いてしまいましたが、著者が著書と講演を通じて主張している論そのものは、非常に示唆に富むものです。

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磯崎憲一郎氏の小説の書き方は、いささか変わっている。

最初の一文を決める。何日もかけて一文をひねりだす。
書き出しの時点で決まっているのはただこれだけ。設計図もなければアウトラインもない。プロットもモチーフもない。あるのは最初の一文のみだ。

まあ、ここまではいい。
こういう話はどこかで聞いたことがある。「最初の一文を書けば、あとは勝手にストーリーが展開されるんですよ...」的な小説家の話を、過去のどこかで目に、または耳にしたことがある。

しかし、磯崎氏が変わっているのはここからだ。

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「神ならば 出雲の国に行くべきに 目白で開帳 やぼの天神」

江戸時代後期に、他の神々は出雲へ行かれて十月は神無月になるというのに、谷保天満宮はその月に目白で開帳したことを、何と野暮=谷保な天神さんだ、というわけで俗語の野暮天の語源になったという。
1000年以上続く有名な天神様。太田蜀山人(しょくさんじん)という狂歌師がよんだという、まくらでキックオフです。
落語って本題に入る前のまくらがキーワードで、なんだか気持ち良く麻酔を打たれ、魔法の世界に足を踏み入れ、気がついたら自分も同じ舞台に一緒にいるような一体感に段々なっていく。
このまくらの時間が私は本題よりも印象に残る場合がままあったりもします。

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「粋」ってステキで心を揺さぶられる言葉だと思う。
でも「粋」って具体的に言うとどういうことだろう?
馬生さん曰く、「粋」は「意気」が変化したもの。
そして反対語は、「野暮」。
「野暮」、か。野暮にはなりたくないな。
「野暮」ってどういうことかというと、欲張ること、また、欲望を露わにすること、だそうだ。
何気ない自慢話、を頭に思い浮かべると、なるほどな、と思う。
その反対と考えると、「粋」ってどういうことか少しずつ見えてくる。
そこで、ハタ!と気づいた。
そうか、私は粋に生きたい、と潜在的に思っていたのか。
常日頃漠然と心がけていること、に形がついた気がした。

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『世界に発信する日本史とは』、という2時間のセミナー。ハーバード大で教えたという日本の若い先生からどんな話が聞けるんだろう・・と楽しみにしていた私は、開始早々に、「1542年から1642年の間で起きたことについて両隣の人と考えてくださーい」とか、「日本で"Lady Samurai"と思う女性について前後左右で紙を回して意見交換してくださーい」など、まさか両隣のおじさまたちと、そして周囲のみなさんと意見を交換することになろうとは想像していませんでした。まさに受け身なワクワクで臨んだ私に、ポジティブなドキドキが与えられた二時間でした。

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夕学五十講

このサイトは、慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)が主催する定例講演会『夕学五十講』を受講した方々による講演レポートを掲載しています。

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