2011年度後期に引き続き、2012年前期においても募集いたします。奮ってご応募ください。

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西村さんは自らの仕事を「つくる」「書く」「教える」の3つに分類している。
ではそれぞれの仕事で「かかわり」あっているのは、誰と誰だろうか。

「つくる」。デザイナーとして、西村さんは数々の独創的な作品を生み出してきた。そこで大切にされているのは、自らの実感だ。内面、または無意識といってもいいかも知れない。心の湖底に佇む自分の想いを、表層で世界と交わる自分が的確に受けとめて形にできた時、人々を唸らせる表現がそこに姿をあらわす。

「書く」。西村さんの著作を特徴づけているもののひとつがインタビューである。関心の赴くまま、どこへでも行き、話を聞く。ひとつひとつは断片にすぎないそれらインタビューのストックから、エッセンスを並べ、積み上げ、束ねながら、西村さんは自らの思考を構築してゆく。そのインタビューの場にあるのは話し手と聞き手の対話だけではない。話し手と、話し手自身の内面との対話。聞き手と、聞き手自身の内面との対話。それぞれのプロセスが繊細に、丁寧に扱われる中で、話し手と聞き手の対話は深さを増していく。インタビューの場で徹底的に相手に寄り添った上で、西村さんは必ず自分の軸に立ち返り、それを掘り下げて、書く。

「教える」。美大の教室でデザインを教える。そこにあるのは教師と学生の対話だろうか。そうでないことを西村さんはすぐに見て取った。対話は、学生と、学生の内面との間で行われる。教師はその対話が豊饒なものになるよう場を設え、見守り、そっと寄り添うことしかできない。他人の「つくる」を間接的に支援するという、「教える」ことの困難さに惑いながら、西村さんは試行錯誤を重ねる。

一見異なる3つの仕事に通底しているもの。それが何なのかは、「よいインタビュアーの条件」について西村さん自身が語ったことがヒントになるだろう。
「話をうまく引き出せるとか、良い質問を次々に繰り出せるとか、そういったことは重要でない。必要なのはただ、相手の話を『きちんと聞ける』こと。それだけです」

自らの内面を「聴く」。話し手の話を「聞き」、話し手を通して話し手の内面をも「聴く」。
その達人である西村さんも、学生に学生自身の内面を「聴かせる」ことはできない。できるのは、ただ、教師である自分が自らの内面を「聴く」その姿を見せること。それを目の当たりにすることで、学生もまた自らの内面を「聴く」ことに目覚め得る。そのような困難な作業をひとつずつ積み重ねていく中で、西村さんの「教える」は、単に「つくる」を「教える」のでなく、「教える」を「教える」という新たな地平に到達することになるだろう。

今回の演題にもなっている西村さんの著書、『かかわり方とのまなび方』。その中で私は思いがけない"再会"をすることになった。
苅宿俊文さん。今からもう二十年近く前のこと。私は教育学部で教育心理学を修める学生として、卒論執筆の材料集めに苦労していた。そのとき指導教官が紹介してくれたのが、当時まだ公立小学校の教師だった苅宿先生だった。

初めて訪れた苅宿先生の教室。子どもたちの机は様々な方向を向いて並べられていた。あちらこちらで、子どもたちは時にグループになり、時に一人で、各自の課題に取り組んでいる。先生が一方的に教えるのではない。子どもが、自らの関心に基づいて、自ら環境をデザインする、参加体験型の学習スタイル。今なら「ワークショップ」という言葉を使いたくなるような学びの場が確かにそこにあった。賑やかに、活発に自主的な協働学習を進める子どもたちの姿に、私は興奮した。小中高、殆どの時間を黒板のほうを向いた一斉授業で過ごしてきた私の目に、その教室は桃源郷のように映った。

苅宿先生にひとしきり話を聞いた帰り際、先生は子どもたちに机を並べ変えるよう指示した。それは平凡な一斉授業のスタイルだった。えっ、先生はこういう授業もするんですか?私の問いに、先生はこう答えた。「一斉授業には一斉授業の良さがあります。大事なのは、参加体験型の授業と一斉授業、両者をきちんと使い分けることです」。そう言って国語の授業を始めた先生を、私は少し複雑な思いで見つめていた。

こう書き連ねてはいるが、後段のやりとりは、実は私自身がまったく忘れていた対話だった。思い出したのは、西村さんのインタビューの中で、苅宿先生がまったく同じことを言っていたからだ。当時の私は、私自身の聞きたいことしか聞いていなかった。まったく「きちんと聞け」ていなかったのだ。西村さんの本に出会わなかったら、私はそのことに一生気づかなかっただろう。

今、苅宿先生は、先述の私の指導教官-佐伯胖先生とともに、大学でワークショップ・デザインを教えている。そのことは、結局教職さえ取らずに卒業した私の関心が、本当はどのあたりにあったのかということを今になって照らしてくれる。

西村さんが昔、ある熟練のファシリテーターから聞いたという言葉が思い出される。
「同じ場を体験し、場で起こったことを振り返る時、内容の話しかできない人がいる。そういう人はファシリテーターとしてあまり見込みがない。場で起こっていたことのプロセスに自然と意識が向く人は、いいファシリテーターになれる可能性がある。」

おそらく私が苅宿先生の教室で見るべきだったのは、机の向きといった表面的なことではなかった。先生がいかに場に意識を向け、場をホールドし、その中で子どもが自由に動くスペースをつくりだしているかということだったのだ。

『かかわり方のまなび方』という本。そして、「かかわり方」にかかわり続ける西村さん。
この、書棚に収まる小さなワークショップで、見えないファシリテーターにファシリテートされながら、私は、いつしか見失っていた「まなび方とのかかわり方」を、みずからの手に取り戻して行こうと思う。
聞けていないものを聞き、見えていないものをきちんと見るために。
タツラー(大変熱心なウチダ読者)を自認している私なので、今回のお話がどんな切り出しで始まるのか、そしてどのように展開するのかとても興味があった。
しかし、意外にも(?)あっさりとした味わいに終始した講演であった。
最初に、ビジネスマン相手の講演は大変珍しいと言われる。殆どが教育関係者への講演が多いので、逆に今日は終わってからどんな質問が出るか、何といっても現場に近い人の話が一番であると。自分は新聞からしか知識を得ていない。何種類かの新聞を毎日見て、そこから知識、現実を知る。現在の知識人の多くがおそらくインターネットをツールとして活用している一方で、内田氏は従来のメディアである新聞を重視して、そこを主な情報源としているということが、妙に新鮮でシンプルでもあった。
でも、それだけで本当にどうなのかなという訝しさも同時に持つ。そこで内田氏が言うには、記事の中に「どうしてもいやな感じのする記事」や「読んでもわかりにくい記事」があると。何でわかりにくいのか、どこかに根本的な欠陥があるのではないかと考える。なるほどこれが彼流の深読みなのか。また、どうしてこういうニュースが存在しないのか、当然起きてよいことが起きないのは何故か、という視点に立つ。
とても厄介な考え方をするのがこの人流なのか。更に、「身体的異和感(違和感?)」がするときに、それを手がかりにするという。
先が見えないこの時代にあっては、これまでのように少しずつだが良い方向に向かっているという楽観的な信頼感は崩壊しつつある。今年はリーダーが様々な国で変化するスーパーイヤーだ。今朝の新聞でそれこそ話題になっていたが、フランス大統領選挙が佳境に入っている。そんな中で、内田氏が注目され、期待されている理由はこうした独特の視点と分析の切れ味だからだろう。先の記事の見方について言えば情報源の主体はどんな媒体でも構わないのだろう。逆にインターネットなどに踏み込んでしまうと、余計な情報選別を行わなければならない無駄が生じることをこの方の鋭い頭脳が気付いているのかもしれない。それで、「そこそこの」レベルで情報を得る手段として新聞を読む。その目的が「異和感を覚える情報」に触れることなのだから、これはかなり的確な選択の気もする。問題は、それをどう分析するかだがそこは専門のフランス哲学の出番である。『どうして私のように何も知らない人間に基地問題についての取材に来るのかわからない』と(謙遜も込めてでしょうが)何度も言われていたが、それはこの情報に対する見立て、分析の切れ味を誰もが求めているからなのだ。基地問題で彼の目には、「何故反基地運動が日本で爆発しないのか?」という部分に注がれる。韓国では激しい運動で米軍基地が撤去された、フィリピンも同様だ。なのに、日本はこうもあいまいな状態のまま60年以上が過ぎてきたのか。
結局、日本はトップ自ら国防に関する最終的な権限を持たないことをよしとしてきた、
それがこの国の政治家の基本思想であったと看過している。従って、中長期的なビジョンなど政治家が語れるはずがなく、信頼してこの国の施政を託すことができる政治家も存在しない訳だ。日本は既に高齢化社会に入りつつあり、社会面で全ての劣化が一度にくる可能性があるという。内田氏は、教育、医療、行政及び司法の4つの領域で何らかの共同体を作っていく必要性を指摘した。これはトップダウンで上から(つまりお上から)何かやってもらうという発想では全くダメで、要するにアドホックに、取り合えず気が付いたところから身近な人が、そして自分がやっていくしかないと。小さな手の届く局所的なフェアネスを発揮できる共同体を作っていくことが大切であると強調した。だから、3.11のときも、内田氏は1対1の支援である対抗支援が必要であると主張した。しかし、それは受け入れられなかった。
(だから失敗した、とまでは言わなかったが)この時代にあって確かな手ごたえとかやりがいのようなものを得るためには、まず身近なところから手を付けていくしかないように私も思う。内田氏自身がブログをやっていることを思い出したが、ソーシャルネットワークが普及したのも、それによれば自分が主体でコミュニュケーションが取れる(取れる気がする)というところが一番の理由だろう。全ての準備が揃わないと動かないような腰の重さでは、追いつかない時代になってきている。後から考えるとあの時代はそうだったのかと言われるような、大きな変化が確かに今起こっているようだ。何となく静かにこうしたことを実感した講演だった。誰かがやってくれるのを待っていても、ことは始まらない。まず自らが行動してみる。意見を出してみる。議論してみる。最初に指摘を受けた、「何故こうしたことが存在しないのか」と考えることを我々は忙しさのあまりか忘れてしまったように思われる。静かに事態を見て、何故それがそのように存在しているのか、自然体で想起し、見つめ直すことを繰り返す、これがカオスを生き抜くコツなのかもしれない。
講演に申し込んだときの興奮はよく覚えています。本でしか知らない内田先生の講演を聴けるのはこれが最後のチャンスに違いない、ご本人も講演は引き受けないと公言されているのだからと思い、夕学五十講の募集開始初日に勢いこんでボタンを押したのでした。けれども、いざ講演の日を迎えてみると、申し込んでよかったのだろうかと不安な気持ちでいっぱいになっていました。タイトルも「混沌に立ち向かうということ」という非常に大きなもので、話についていけそうな気がしませんでした。

ところが、講演を聴いているうちに、ぱあっと道が開けてくるような気がしました。それは、講演後半の「霊的な感受性が失われたことと、近年の制度疲労、自然科学上の発見が少なくなったことは関係性があるのではないか」というくだりでした。

◆霊的な感受性が失われたことと制度疲労、自然科学上の発見は関連がある
「ここ30年、日本で一番劣化したのは宗教かもしれない。宗教的感受性(霊的な感受性)と自然科学の発見を促す直感とは同じものではないか。日本の少子高齢化はとまらない。人口の50%以上が60歳以上になる超高齢社会がくる。超高齢社会に向けての制度設計が必要だ。制度の劣化は4つの局面『宗教』『医療』『教育』『司法・行政』すべてから一度に起きている。日本には、国家100年の計のような中長期ビジョンが存在しない。政治家にビジョンを出せといっても無理な話。だから、自分達でアドホックに手の届くところをやっていくしかない。局所的にフェアな共同体をつくるしかないと思う」

霊的な感受性、宗教的感受性というとイメージしにくいかもしれませんが、直感的に全体をみて何かを把握する力と言い換えてもよいでしょう。
例えば、自然科学上の発見は秩序の発見です。いくつかの現象から、一定のルールがあると見抜く力に支えられています。
もっと身近な『人を見る目』についても直感が大いに関係しているでしょう。ある人が危機的状況でも自分が信頼するに足る人物か、昔の人はいつも判断していたといいます。ところが、危機は薄れ、経済的に豊かになるにつれて、私たちは自分の手からこの直感を手放していきました。身近な人を助けるという心も国家に税金を納めることによって切り離し、富の再分配は国家が担うものということにしたのです。人を判断することも自分の直感に頼るのはやめ、学歴やTOEICの点数といった客観的に数値で比較できるデータ、文字で書かれた情報に頼るようになりました。
科学が発展して無くなったのは「幽霊」だと私は思いますが、直感も同時に失ったのかもしれません。

さて、この「霊的な感受性」ですが、私が学びの場面で大切にしている「違和感」や「身体知」ともつながっていたと講演をお聴きして思ったのです。

内田先生は、全く専門外であるにもかかわらず、「国防」や「基地問題」に関して新聞社や政治家から「お話を伺いたい」と意見を求められるそうです。まっとうに考えれば不思議な状況ですが、これを解くヒントが講演の冒頭にありました。内田先生は新聞を開いたときの身体的な違和感を手がかりにしているというのです。

◆ニュースソースは新聞、手がかりは違和感
「『街場の中国論』を書いたとき、どこから情報を得たかと聞かれて、毎日新聞と答えた。読んでも読んでもわからない、嫌な情報に自分は反応する。欠落しているものは何か?を常に考えている。新聞を開いたときの身体的な違和感が手がかりだ」

何かが足りない、どこか嫌な気がする、というのはまさに霊的な直感だと思います。自分の直感を大切にして、そこから出発する人は多くいるでしょう。ですが、その嫌なことを自分の目の前において、いつでも見えるようにして考え続ける人はまれです。この考え続けることがあってこそ、その結果生まれた思想、意見を求める人が出てくるということなのでしょう。

学びの場面においても「違和感」は大事な手がかりになります。新しいことを学ぶためには、一度古いやり方を手放し、学びほぐさなければなりません(Unlearn)。新しいことに体や頭は拒否反応を示し、「違和感」がおきます。この「違和感」を覚えておくと、それが次のステップへのヒントになります。自分が違和感を持ったのはなぜなのか、自分が感じたのはAだけれど、隣の人が感じたのはBに対してだ、この違いはどこから来たのだろう、などです。そして、理解しきれない、消化しきれないことに感じる「もやもや感」。感じたときの気持ちをとっておいて、あるいはいつも横において、考え続けることが成長のために必要なプロセスだと思うのです。

もう一つ「身体からの信号」も重要な手がかりだと思っています。内田先生も講演後の質疑応答で「頭よりも腹の方が賢い」とおっしゃっていました。「胃がキューッとするときや体が硬直するときは、どんな立派なことを言っている人でも自分の生命力が衰えるならそういう人からは遠ざかれ」
私はここで、建築家のクリストファー・アレクザンダーの話、「常に『美しさとは何か、正しさとは何か』を追い求めてきた」の話とつながりました。アレクザンダーは、「自分の活動すべてが本当に自分の内部からにじみでる美しさに裏付けられているか」と問うことをすすめています。自分が本当に心の底から美しいと思うもの、よいと思うものには価値があるというのです。私もそう思います。「心の底から生み出されたものには、単純なことであっても力がある。そしてそこから新しい道が開けてくる」

講演の最後にあった「局所的にフェアな共同体」を身の丈でつくる話には、共感し、勇気をもらいました。

◆局所的にフェアな共同体を
「局所的にフェアな共同体をつくっていくしかない。僕なら150人くらいの道場コミュニティで若い人に積極的な支援をしていく。国家に社会正義の実現をまかせるのはいけない。市民の仕事を奪ってしまう。日本は税金で一回吸い上げてまた戻す形式に拘りすぎだ。スターリンから70年経って、税と社会保障の一体改革を論じている。そんなシステムを作ってはいけない。国の借金問題は日本国民が市民として未成熟だからおきた。防犯、相互扶助、相互支援が1950年代にはあった。いま、クロポトキンを読むとアナーキズムはできるだけ小さいところで集めて戻すという穏やかな思想だったとわかる。これからはアナーキズムでいったらどうか」

講演は冗談も交えた明るい終わり方でした。
誰かに何かを任せると安心して考えなくなってしまう、まさに私はその通りでした。
例えば、原発事故が起きるまで、原子力発電に目をつぶって考えていませんでした。反対運動のことは知っていましたが、科学的にコントロール可能なところでリスクをとって十分やっていけると根拠薄く思い込んでいました。そして、日本に原発が54基もあったことへの驚き。自分の意識が地域にも日本にも向いていなかったことを恥じました。
税と社会保障の一体改革についてもそうでした。選挙にいって投票するだけしかしていませんでした。

私はこれまで会社で働くことに一所懸命で地域の共同体とのつながりは薄く、自分が大切にしたいと思うことを7-8年前まで仕事を超えて考えることができませんでした。最初に感じたのは、身体的な違和感でした。そして体の違和感を無視して働くうち、今度は別の違和感「何かがおかしい」と思う気持ちが強くなっていきました。なぜそう思うのかを考えるために、これまでとは違うことを始めました。心が引っ張られるように感じたことを何でもかじってみて、実際に甘いのか酸っぱいのか確かめてみることにしたのです。そして、これまで無視してきた体へのケア、体を知るための試みも始めました。やってみてわかったことは、私がこれまで手放してきたことを自分の手にもう一度取り戻したいということでした。学んで発見する楽しさ、物を作る楽しさ、そして、小さくいろいろな人とつながる楽しさ、です。
混沌の時代、何かが大きくうねって変わろうとしています。それが何かまだ私にはわかりません。ですが、私は局所的にフェアな共同体をつくることを続けます。それは学びと創造のコミュニティです。そして、自分の直感を大切にして、少しずつ育てていき、知見を次の世代へ残したい、そう思います。
いきなりの"つかみ"だった。やや遅れて教室に入った私は、廊下で大きな笑い声が何度も何度も起きているのを聞きながら、教室に駆け込んだ。
「わたしの顔、誰かに似ていませんか?去年も紅白(歌合戦)にでていた、眼鏡をかけた、、、」
講演の後半で明かしてくれるが、付加価値コミュニケーションの第一歩、キャッチフレーズ・つかみ型。自分の顔が誰か、有名人に似ているというのは、最も良いパターンである。そこで初めての人とのコミュニケーションのきっかけをつかむ。その場の空気をなごますこともできる。
 確かに、歌手のさだまさしさんに似ていた。そう感じると、しゃべり方やしぐさもそう思えてきた。
 特に、"さだまさし"さんのような、誰でも知っていて、好感度も高い人物は、まさにこの"つかみ"には最適。「一生しゃぶりつくしてやろうと思う」(何度もこのパターンをネタにしていく)と、藤原さんは言っていた。 一気に場内の空気が変わり、藤原さんペースにどんどん引き込まれていった。まさに、"つかみ"はOKである。
 つかみは他にも、名前を使うやりかた(これも、同じ苗字の有名人や、同じ名前の芸能人などがいれば手っ取り早いらしい)や、②プラスモードで良い点を言っていく、③マイナスモードでマイナス面だけを言っていく、④Q&Aで質問をぶつけていく、、、などのやり方があるという。あまりプラスプラスでいくよりも、マイナス面のほうが印象に残りやすいらしいが、、、。これらも講演の後半で、2人一組で実践形式があり、面白く、飽きない、有意義な時間だったと思う。
 杉並区にある和田中学校に、民間企業出身の校長先生が就任したと、ニュースで見知っていた。夕学五十講の講師リストを見たときに、まっ先に藤原和博先生の名前が飛び込んできて、受講を申し込んだ。
 どんな内容の講義をしてくれるか、楽しみ半分、どんことが出来るのか懐疑的な気持ち半分だった。しかし、実際受講してみたら、思った以上の内容の濃さだったし、まさに聴衆を飽きさせない工夫もしていたし、大変勉強になった。
 私が着席した時点で、すでに、三枚のホワイトボードが用意されていた。そこにはこの講義の序盤、中盤、終盤の内容が書かれていた。整理されていてわかり易い。
 "さだまさし似のつかみ"から始まり、簡単な自己紹介があった。リクルートに長くお勤めだったそうで、マネージメントから教育界を変える。大きい目標をもって、和田中学の校長に転進されたらしい。後のVTRなどでも紹介されるが、そのやり方、授業の進め方は、確かにユニークだ。しかし、子供たちが活き活きと目を輝かせながら藤原先生の授業に積極的に参加している姿があった。のびのびと子供の能力を引き出し、伸ばしている授業風景があった。
さらに、この講義の大きな縦軸、情報処理力と情報編集力の違いの説明があった。自分のキャラクターを編集・プレゼンしていく、上記①つかみ、②プラスモード、③マイナスモード、④Q&A型、、、と話はどんどん進む。前のめりなってメモを取っている自分がいた。
 情報処理力とは、有意義な情報をキャッチしそれを処理していく能力。それには正解があり、私たちが学生時代からここまで、学び続けてきたものである。いかに的確に、広範囲に、素早く情報をキャッチし、それをいかに早く処理できるかを競ってきた気がする。それも一面大事なトレーニングだし、必要な能力でもある。
 もうひとつは、情報編集力。藤原さんはむしろこちらの方が更に大事で、こちらを鍛えていく教育こそが今、必要だし、現在の私たちにも求めれているものだと言う。そこに正解はなく、だからこそ様々な発想力が問われるし、右脳もフルに使わなければならない。
 情報編集力をつけるためのブレストが始まる。
「タイヤに付加価値をつけて売るなら、、、」
参加者一人ひとりがタイヤ会社の社長である。自社のタイヤを販売するのに、いかに他社との違い、自社製品の良さをプレゼンできるか。そして何よりも今回大切なのは、自由な発想力で、付加価値=今までの概念にないモノを発想できるか。3人一組に分かれてのブレーンストーミングだ。けっして他の人の発想を否定してはいけない。むしろ必ずそれを褒めるのが、基本ルールである。
隣の女性は、色にこだわった。真っ黒なはずの今までのタイヤには無い発想だ。赤や蛍光色のタイヤがあっても良い。そうなればむしろ夜間の自動車事故は減るかもしれない。女性らしい発想とも思う。
私は形から発想した。四角いタイヤがあっても良いではないか。あるいは五角形にしたらどんな回転をするのか、、、。否定されない。逆に褒められる。短い時間だったが考えていること自体が楽しかったし、人にはそれぞれのユニークな観点・発想点があるとも感じた。
さらに創造力を膨らまし、素材はプラスチックでも金属でも良いのでは?もっと酸素を入れれば、空を飛べる?水陸両用にもなれる?
今までの正解主義では得られないクリエイテイブな考え方が求められ、鍛えられるものだと思う。ただ、荒唐無稽でも話していくうちに、創造力は広がりを見せ、今までに無い発想は出来始める。それを体感できた。今の成熟した日本社会において、この想像力こそが求められるものだとも思う。現に今の職場にも求められているものかもしれないとも感じた。突飛な考え方も、ハナから否定してかからない。この点も大切な要素だと思う。なんでも言っていくうちに、広がりを見せるものだ。
NHKで放送されたVTRを挟み、次の課題に。閑話休題、このVTRのはさみ方も、タイミングも良かった。計算されているな。慣れているなとも感じるが、すっかり藤原さんのペースに巻き込まれていった。
800人が非難している被災地に、700個のショートケーキを差し入れる。不平不満なしに分けるにはどうする?
ここでもまた、クリエイティブな発想力が求められる。一人一個で割り切れないところがミソである。今の行政だと、この時点で差し入れを断るという。なんということだ。怒りを通り越し、あきれる。
この課題でも3人一組のブレーンストーミングが行われた。やはり人の意見は否定せず、必ず褒めるのがルールである。
ケーキをまず2つに分ける人、2人にひとつのケーキを配る人。残りは子供優先に配る。初めからじゃんけんでひとつずつ取り合う、、、被災地という条件なら、このゲーム性も明るくなれるための大切な要素だという。なるほど。
さらに話は進み、いよいよ今回のハイライト、人生のエネルギーカーブへ。
縦軸に幸福度、横軸に年齢で、折れ線グラフを描いてみる。これで自分のライフマネージメントが見えてくる。横軸の中央は現在の年齢。基点は誕生日。終点は死ぬ日まで。
これもまた興味深かった。短時間ではあったが、幼少期、学生時代から今までを振り返ることも出来た。さらに、人生は頂上がひとつだけの富士山型ではなく、実は何度も何度も"やま"のある八ヶ岳連峰型である。言われてみれば、確かに私の人生にも何度か"やま"と感じられるときはあった。
そして人は、一度落ちてから立ち直り上昇している時ほど、幸せを感じ、やりがいを持ってことに臨んでいる。それが藤原さんの言う「坂の上の坂」であり、今の状態が"底"であれ、"やま"であれ、今後まだまだ別の"やま"はくるし、それに向けての準備も必要である。
まもなく50歳を迎える私の胸に、この考え方は突き刺さった。
仕事面でもプライベートでも何度かの"やま"は経験してきたが、今はもうなだらかな下り坂で、人生の着地点を迎えるのかなとなんとなく感じていた。しかし私も、更なる次の"やま"に向け上り始めなければ、、、少なくともその準備をしなければ。仕事でもプライベートでも、、、。
 勇気とやる気をもらった2時間だった。
 ここまでの講義・授業が出来る藤原さんのベースはどこで鍛えられたのか。直接聞いてみたかったが、質問時間が短かったのが、唯一のこころ残りではあった。

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