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      <title>慶應ＭＣＣ「夕学五十講」楽屋blog</title>
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      <description>慶應丸の内シティキャンパス定例講演会「夕学五十講」担当者がお届けするblogです。</description>
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  <title>慶應ＭＣＣ「夕学五十講」楽屋blog</title>
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         <title>橋下市長を巡る論争から民主主義を考える</title>
         <description>橋下徹大阪市長を巡る論争が気になっている。
来期の夕学では、古賀茂明氏、内田樹氏、藤原和博氏に登壇いただくことになったことも理由のひとつである。
古賀氏は、大阪府氏の顧問として橋下改革のブレーン役を務める。
内田氏は、橋下さんから名指しで指摘されるほどの反ハシズムの論者である。
藤原氏は、府知事時代の橋下さんから教育分野の特別顧問を委託されたが、いまは少し距離を置くと聞く。
三者三様の立場なので、多面的な見方を聞けるかもしれない。
（講演テーマは、橋下さんのことではありませんが...）

どちらがどうこうと論評するつもりはまったくないけれど、私としては、橋下さんを巡る議論を聞くことで、民主主義を考えるよいきっかけになった。

民主主義と言えば、チャーチルが言ったとされる名言が想起される。
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすれば」
民主主義は、人類がさまざまな政治形態を経たうえで辿り着いた、いまのところもっとも優れた政治制度ではあるけれど、理想的な最終型にはほど遠く、ずいぶんと問題が多い制度であることも事実のようだ。

例えば、橋爪大三郎さんは、『民主主義はやっぱり最高の政治制度である』という本の中で、民主主義の欠点をいくつか提示している。
橋爪さんの指摘する欠点を、私なりに整理すると次の三つになる。

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         <category>00400000 番外編</category>
         <pubDate>Sun, 05 Feb 2012 22:47:23 +0900</pubDate>
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         <title>イノベーションは経済社会を変えること　　武石彰さん</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_599.jpg"><img alt="photo_instructor_599.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/02/photo_instructor_599-thumb-150x180-150.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>慶應MCCのagora講座で、<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/02/96195445_194637.html#more">ドラッカー</a>、<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2010/06/post_373.html#more">シュンペーター</a>の著作を読み込んだことがある。
二人とも、19世紀末のウイーンで生まれ、上流階級の父親同士が友人で、幼い頃から交流があったと言われている。
第一次世界大戦で故国（オーストリー・ハンガリー帝国）が消滅する悲劇を経て、米国に渡り学者として名をなした二人に共通するのが<strong>「イノベーション」</strong>という概念である。

「経済発展の原動力は、野心に富んだ企業家によって起こされるイノベーションである」
シュンペーターは、そう言った。（『経済発展の理論』）

「企業は社会の機関であり、その目的は顧客の創造である。そのために企業に必要な機能はイノベーションとマーケティングである」
ドラッカーはそう喝破した（『現代の経営』）

共通するのは、イノベーションは、社会を変えること。その担い手は企業家であること。ということであろう。

一方で、現代のイノベーション論議には、こんな意見が必ず出てくる。
「イノベーションの重要性はわかった。どうすればいいのかを教えてくれ」
「イノベーションを産み出す手法、マネジメント、組織の作り方、能力は何なのか」

ドラッカーや、シュンペーターが生きていれば、きっとこう答えるだろう。
「それを問う前に、お前は何のためにイノベーションを起こしたいのか」

残念ながら、両者の距離は随分と遠い。
武石先生の立ち位置は、両者の間を経営学の知見を使うことで埋めることかもしれない。

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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Tue, 31 Jan 2012 13:06:34 +0900</pubDate>
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         <title>真似の出来ない生き方をすれば、真似の出来ない会社が育つ　　宗次徳二</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_598.jpg"><img alt="photo_instructor_598.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_598-thumb-150x180-148.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>
「ＣｏＣｏ壱番屋は、なぜ一人勝ちできるのか？」
外食産業の業界人、コンサルタントの間で、七不思議のひとつとして語られる疑問だという。
牛丼チェーンなら吉野屋・すき家・松屋。ラーメンチェーンは幸楽苑・リンガーハット・日高屋。開店すしチェーンだったら、かっぱ寿司・スシロ－・くら寿司などなど。
主な外食産業は、チェーン展開する大手が必ず複数あって、激烈な競争を繰り広げている。
その中にあって、カレー専門店チェーンは、ＣｏＣｏ壱番屋の店舗数約1300店が突出しており、調べた範囲では、それに続くのはゴーゴーカレー（知ってましたか？）の39店とのこと。
「柳の下にドジョウは三匹いる」と豪語した経営者を知っているが、通常なら、どこかが成功すれば（市場を拓いてくれれば）そこに参入するライバルが現れるものである。カレーのような国民食であればなおのことであろう。

宗次さんによれば、これまでに、上場している大手外食産業４～5社がカレー専門店に参入してきたというが、ひとつも成功していないという。
資金力、食材調達力、チェーンストアノウハウ、人材etc、外食チェーンを成功させるＫＦＳと言われるものはいくつかあるが、ＣｏＣｏ壱番屋のコアコンピタンスは、そのどれでもないようだ。

ＣｏＣｏ壱番屋の強さの不思議を体現しているのが、創業者の宗次徳二氏であろう。とにかく異端の人である。

経営はすべて自己流。戦後の小売・サービス業の成功者達が、必ずといって参考にしてきた米国流のチュエーンストア理論を一切信じていない。
船井総研や、タナベ経営、日本リテイリングセンターといった、この業界に精通すると言われるコンサルティング会社の指導を仰いだことは一度もない。（呼ばれれば喜んで講演するそうですが）
全てが我流。それでいて会社は一貫して成長し続けてきた。

宗次氏の発言も、経営学でいう「よい会社」の理論をすべて否定するものである。
・明示的な経営理念や社是は掲げない。
・長期的な経営ビジョンは描かない、夢などいらない。
・先のことは考えない。いまだけを見る。
・ライバルのことは一切気にしない。
・価格競争は絶対にしない。
・お客様の声は謙虚に聞くが、値下げ要請は断固拒否する。

社長が誰よりも早く起きて、誰よりも多く仕事をして、贅沢はせず、遊びにも背を向け、会社や店の回りを一生懸命に掃除して、社会貢献に尽くし、仕事と会社に自らの全てを捧げる。引き際は潔く、子供を後継者になどしない。

それを何十年もやり続ければ、必ず成功する。ココイチが強い理由は、簡単なこと。他の会社では、社長がこれをやり続けることができないからだ。
講演の要旨は、そういうことであった。

一代で大企業を育て上げた創業経営者は何人もいる。
恵まれない環境で生まれ育った経験をバネに立派になった人も何人もいる。
365日、24時間仕事をすると豪語する社長も何人かはいる。

しかし、ここまで清々しく、真っ直ぐに、楽しそうに生きている経営者はいるだろうか。孤児院で育ち、養父にも恵まれなかった極貧の過去を、「実は、賢きところのご落胤かもしれないと思っているのです．．．」と笑いに変えるウィットもある。

経営者が真似の出来ない生き方をすれば、真似の出来ない会社が育つ。そういうことであろう。
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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Wed, 25 Jan 2012 12:21:03 +0900</pubDate>
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         <title>「天賦の才」を支える「普通の人」感覚　　吉田都さん</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_594.jpg"><img alt="photo_instructor_594.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_594-thumb-150x180-146.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>ごくごく稀なことではあるが、スポーツや芸術の世界には「天賦の才」というものに恵まれた人がいる。
そういう人は、幼い頃から周囲が才能を賞賛し、大きな期待を寄せられて育つので、普通の人間が、大人に成長する過程の通過儀礼として経験する挫折や敗北を味わう機会が少ない。その結果、どこか傲慢であったり、てらいがあったりする。それが魅力のひとつとなり、オーラを作る。
イチローや中田英寿がそうであるし、古くは美空ひばりや棟方志功にも、そういう面があったと聞く。

吉田都さんのバレリーナキャリアだけを聞くと、そうなってもおかしくない人である。
9歳でバレエを始め、17歳の時のローザンヌ国際バレエコンクールでのローザンヌ賞受賞、英国バレエスクールへの留学、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤルバレエ団への入団、わずか4年でプリンシパルに昇格、世界三大バレエ団のひとつ英国バレエ団への移籍。
いずれも、吉田さんの類まれな才能を見抜いた人達が、引き立て、背中を押してくれた道であった。
小さい頃から思い描いていた夢を叶えた、というよりは、大好きなバレエに打ち込んでいたら、自ずと道が拓かれてきた、という感覚のようだ。
まぎれもなく「天賦の才」に恵まれた人の人生である。

にもかかわらず、吉田都さんの「普通の人」感覚はどうであろう。
体格もけっして大きくはない。普段着を着て外を歩けば、すっと街に溶け込んでいくだろう。話し方もフラットで、「世界で戦ってきました！」という力みのようなものを感じさせない。
慣れない夕学の場を前に、緊張して、口数が少なくなる。終わるとホッとしたように笑顔が戻る。
どこまでも「普通な人」である。

きっと、その「普通の人」感覚が、吉田さんの「天賦の才」を花開かせた理由なのかもしれない。
普通の人と同じように緊張し、普通の人と同じように他者の声に耳を傾ける。自分の強みと弱みを冷静に分析して、足りない部分を謙虚に埋めようと努力する。
普通の人と同じようにホームシックにかかり、ファンの温かい声援を力に変えられる。
「普通の人」感覚があればこそ、世界の才能が集まる英国ロイヤルバレエ団で、10年以上に渡って、プリンシパルを務めることができたのではないか。
そんな気がしてならない。

いま、英国ロイヤルバレエ団には5人の日本人バレリーナがいるという。吉田さんがパイオニアとして切り拓いた道を受け継ぐ後輩達である。
日本のちょっとした街には、バレエ教室がある。公演を打てるバレエ団がこれほど多い国は珍しいという。世界中からバレエ団がやって来て、ファンの目も肥えている。

しかし、プロのバレリーナが、バレエだけに打ち込める環境にはなっていない。練習場、身体のメンテナンス、専門の医師etcさまざまなサポート体制を確保することは、吉田さんであっても苦労することが多いという。

バレリーナ人生の終幕を日本で迎えるために戻ってきた吉田さんの眼前に広がる光景は、必ずしもバラ色とは言えないようだ。
しかし、その困難を与件として受け止め、その中で何が出来るかを考えるという「普通の人」感覚が、吉田さんにはあるはずだ。
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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Tue, 24 Jan 2012 12:08:21 +0900</pubDate>
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         <title>簡単にわかった気になってはいけない　川田順造さん</title>
         <description><![CDATA[「ルビンの壺」と呼ばれる錯視図形がある。企業研修で、モノの見方・考え方の多様性を促す比喩として使われるので、ご存じの方も多いであろう。
<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%B3~1-thumb-autox420-141.jpg"><img alt="ルビン~1.JPGのサムネール画像" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%B3~1-thumb-autox420-141-thumb-200x215-142.jpg" width="200" height="215" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a>
「ルビンの壺」の原理は、地と図の転換である。
視点を地の部分（上記でいえば黒い部分）に置けば、向き合った人間の顔に見えるし、図の部分（白い部分）に視点を落とすと壺に見える。

「日本とはどういう国か、日本人とはどんな人間か」という問いもこれに近いもの、というより、「ルビンの壺」を二次元ではなく、三次元、四次元にまで複雑化したものと言えるかもしれない。
これが日本的と思っていることも、視点を変えて観察してみると、異なった絵姿に見えてくる。
「日本とはこういう国です」「日本人とはこういう人間です」
ということを簡単に言えるほど単純なものではない。
川田先生の話を聞いて、つくづくそう思った。
<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_593.jpg"><img alt="photo_instructor_593.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_593-thumb-150x180-144.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a>

日本のグローバル化は、その逆説的効果として、「自分達は何者か」を語ることを要請する。かつては、ひと握りの知識人に任せておけばよかった日本と日本人に関わる説明責任を、われわれ普通のビジネスパースンも担わねばならなくなった。その必然として、日本と日本人の深層に対する関心は高まっている。
そんな問題意識もあって、agoraではこんな講座も開催したほどだ。
<a href="http://www.sekigaku-agora.net/course/taguchi_yoshifumi2011b.html">『田口佳史さんに問う【東洋思想と日本文化】』</a>

今回の夕学も、「人類学の知見から見た日本論」というビッグピクチャーを見せてくれるのではないかという素人発想の期待を持っていた。

そんな期待を見事に裏切ってくれた。
「簡単にわかったような気になってはいけない」
川田先生に、そうたしなめられたような気がする。

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2012/01/_agora.html</link>
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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Fri, 20 Jan 2012 12:01:30 +0900</pubDate>
      </item>
      
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         <title>マーケティングとはマッチングである　　池尾恭一さん</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_597.jpg"><img alt="photo_instructor_597.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_597-thumb-150x180-139.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>随分と昔のこと、マーケティングの勉強を始めた頃に、コトラーのマーケティングの定義を丸暗記したことがある。

「マーケティングとは、顧客のニーズや欲求を満たすために、製品・サービスの交換と価値の創造を行うプロセスである．．．」

というような文言ではなかったか。
これみよがしに会議で話したところ、「要するにどういうことなん？」と突っ込まれて、しどろもどろになった記憶がある。

いまなら、もう少し上手に言うだろう。
「マーケティングはマッチングですよ」と。
顧客のニーズと製品の機能を結びつけ、価値を産み出すこと。それがマーケティングである。

かつて、マッチングはきわめて属人的な機能であった。
日本であれば、富山の薬売りに代表される回遊型商人であり、米国であれば、幌馬車で大陸を廻る隊商の人々がマッチングを担っていたと言える。
どこそこの地域の人々は何を望むのか、どこそこにはどんな名産や技術があるか、両者を的確に把握し、マッチングすることで商売が成り立った。

マッチングの役割は、やがて問屋へと移り、工業化とともにメーカー主導型の販売代理店がその機能を引き継ぎ、いまは顧客に寄り添う購買代理業的な存在がメインプレイヤーになっている。
本質が「マッチング」であることは変わらない。

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         <link>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2012/01/post_473.html</link>
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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Tue, 17 Jan 2012 17:34:40 +0900</pubDate>
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         <title>変化は、終わったのではなく、渦中である　 夏野剛さん</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_596.jpg"><img alt="photo_instructor_596.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_596-thumb-150x180-137.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>夏野剛さんが、<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2008/10/5_1.html">夕学に登壇されるのは3年振り（2008年10月以来）</a>である。
2008年10月というのは、夏野さんがＮＴＴドコモを退社して4ヶ月、iPhone3Gが日本で発売されて3ヶ月というタイミングであった。

当時、「ガラケー」という言葉が盛んに喧伝されていた。
日本という特殊な環境に適応すべく、高度に進化してしまったばかりに、世界のマーケットニーズに適合しない。日本企業の視野狭窄性、閉鎖性を象徴するビジネスモデルとして、「ケータイ」の将来性には疑問符がつけられていた。
iモードを世に送り出し　ガラケー化の先鞭をつけたと言われた夏野さんには、過ごし心地のよい時期ではなかったのかもしれない。
あの時の夏野さんには、表層的な事象をみて、後付けの理屈を使って、もっともらしく「ケータイ」を論じる世の中の風潮にモノ申したいといういらだちがあったように思う。

「ケータイに出来ることはまだまだたくさんある」
Iモードが出来てまだ10年しか経っていない。ＩＴ革命の恩恵は、大企業を中心としたビジネス界とネットを所与に成長してきた若者層にすこし広がっただけ。まだまだ未開拓領域が圧倒的に大きい。「ケータイの未来」は無限に近い。
それが3年前の夏野さんのメッセージであった。

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         <link>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2012/01/post_472.html</link>
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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Thu, 12 Jan 2012 11:52:23 +0900</pubDate>
      </item>
      
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         <title>森は、いのちの生産工場である　　宮脇昭さん</title>
         <description><![CDATA[<img alt="photo_instructor_592.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_592.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />宮脇昭氏　83歳、世界各地で植樹を推進する現場主義の植物生態学者である。

<strong>「木を三本植えれば、"森"に、五本植えれば"森林"になります。まずは出来ることからはじめましょう。あなたの家族、あなたの子孫のため。いのちの森を育てましょう」</strong>

小さな身体から、湧くが如くに迸りでる言葉にはとにかく説得力がある。
そうやって、賛同者を募り、国や企業を説得し、国内外1700カ所以上で植樹指導をしてきた。植えた樹木は4000万本を越えるという。

宮脇方式はシンプルな原理である。
<strong>「潜在自生植生」にこだわる</strong>
「鎮守の森」等、僅かに残る痕跡を探り、その土地に本来生えていた自然の樹木を見つけ出す。その樹木のドングリを拾い集め、発芽させて小さな「ポット苗」を作る。しかも一種ではない、複数種の「ポット苗」を作り混植して、競わせる。

<strong>深く根が張る土壌づくり</strong>
植えるべき場所の土を掘り返し、ガレキと混ぜて、ホッコリとしたマウントをつくる。これにより根は隙間を探して深く伸び、呼吸がしやすくなる。

<strong>森の当事者と一緒に植える</strong>
実際に植えるのは、森の当事者でなければならない。社長や行政のトップが、「ポット苗」を持ち、子供達や市民・社員と、人が足りなければ宮脇先生が組織するボランティアと一緒に植える。これによって「自分たちの森」になる。

わずか30センチほどの苗木が、2～3年で人の背丈ほど、10年もあれば十数メートルの森に育つ。その間、ほとんど手入れを必要としないという。

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         <link>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/12/83_17004000.html</link>
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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 11:45:20 +0900</pubDate>
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         <title>歌人が語る歌人の妻　永田和宏さん</title>
         <description><![CDATA[<img alt="photo_instructor_595.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_595.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />「二足の草鞋」、しかも、いずれも、とびっきりの「金草鞋」をはく心境は、一足の草鞋も満足にはけない我々凡人には想像しにくいことである。
古くは、森鴎外（陸軍軍医総監と小説家）、少し前までなら堤清二（経営者と小説家）、今なら石原慎太郎（政治家と小説家）が二足の草鞋の先達であろう。

前三人ほどの派手さをないものの、細胞生物学者と歌人という二つの金草鞋をはいてきた永田先生の40年は、凡人には分からない葛藤を抱えるものだったという。
同僚やライバルからの冷たい視線、自分自身のうしろめたさとの戦いであった。

それでも短歌と科学の両方の道を歩んできたのは、二つの道を歩くことで、一方の道を行く自分を相対化できたからだと、永田先生は言う。
ひとつの道で立ちすくんでいても、もうひとつの道では前に進んでいる。落ち込んではいられない道がもうひとつあり。
それが、永田先生の力になってきた

いまひとつの理由は、昨年夏に亡くなられた妻、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E9%87%8E%E8%A3%95%E5%AD%90">河野裕子さん</a>の存在であろう。（ちなみに永田先生は講演中に、妻は、とは言わずに「河野」と呼ぶ。ここでも相対化が出来ている）
永田先生にとって河野裕子さんは、恋人、妻、歌のパートナー、ライバル等々多義的な意味を持つかけがえのない存在であった。

ふたりが終生にわたって交わした相聞歌は、互いに500首近くに及ぶという。

<strong>きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり</strong>
<div style="text-align: right;">（永田和宏）</div>
<strong>たとへば君　ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか</strong>
<div style="text-align: right;">（河野裕子）</div>
世の中を見る際の座標軸として、夫（永田さん）に全幅の信頼を寄せつつ、現代短歌の旗手として夫よりも早くに世に出た妻（裕子さん）を、永田さんは慈しみ、歌人として、目標にして生きていた。

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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Thu, 15 Dec 2011 12:54:18 +0900</pubDate>
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         <title>哲学の遠望鏡で現代を見る　　竹田青嗣さん</title>
         <description><![CDATA[<img alt="photo_instructor_591.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_591.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />この仕事をやっていると、「これは秀逸だなぁ」と感心する講演タイトルに出会うことがある。
今回の「哲学の遠望鏡で現代を見る」というタイトルはその典型と言えよう。
現代とはどういう時代なのか、哲学という思考ツールを使って考えてみよう。それが今回のテーマであった。

竹田先生がこのタイトルを付けた理由のひとつには、近代哲学と近代社会の関係性があるようだ。

<strong>「近代哲学が近代社会のブループリント（青写真）を描いた」</strong>

竹田先生は、そう言う。
近代を語る代名詞としてあげられる「資本主義」「民主主義」「自然科学」は、いずれも近代哲学から生まれ落ちた。デカルト、ホッブス、ルソー、カント、ヘーゲル等がいなければ存在しなかったかもしれない。

しかして視線を現代に転じた時、現代社会の基底となる「哲学」はあるだろうか。
脱近代が叫ばれて久しいにもかかわらず、そこにはブループリントと呼べるものがない。
講演タイトルは、いまこそ、現代社会のブループリントたりうる「哲学」が必要だ、という竹田先生の問題意識の裏返しである。

竹田さんの考える<strong>「哲学」とは、絶対真理・究極原因の探求ではない</strong>。<strong>社会の「共通理解」を創出するための思考の「原理」である</strong>。
絶対真理は、宗教教典のごとくにアンタッチャブルな存在だが、「原理」は、時代に合わせて絶えず前に進むべきものだ。スパイラルに進化するものである。
「哲学」とは、オープンな議論のテーブルで揉まれて、民族・文化の枠を越え、その時代の世界を説明する言語ゲームである。

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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 19:56:07 +0900</pubDate>
      </item>
      
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         <title>アリが教えてくれるもの　　　長谷川英祐さん</title>
         <description><![CDATA[<img alt="photo_instructor_590.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_590.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />遺伝子工学がもたらした成果のひとつは、<strong>「地球上のあらゆる生命体は、共通の祖先を持つ（起源はひとつ）」</strong>という事実を明らかにしたことにある。

DNAの暗号解読研究によって、目に見えない微生物も、大海原を泳ぐクジラも、大腸菌もヒトも、まったく同じ遺伝子暗号を使っていることが分かった。
地球上のあらゆる生命体は、同じ生命から枝分かれしていった。38億年前の生命誕生時に遡れば、同じ親を持つ兄弟である。

それを本能的に知っていたのか否か、人類は有史以来、他の生命体の形態や振舞いから多くのことを学んできた。
武術家は動物の動きから新たな技を考案し（ツバメ返し）、発明家は熱帯の植物の形状にヒントを得てグライダーを作った。災害ロボットのメカニズムは、へびの動きを参考にしていると言われる。

アリ、ハチといった集団（コロニー）を作って生きている社会性昆虫の生態を研究している長谷川先生の話を聞くと、アリの生態を知ることも、人間社会にとって、実に示唆的だということがわかる。

例えば長谷川先生はこのように言う。

<strong><big>個体の利益を最大化できない集団（コロニー）は滅びる。</big></strong>

アリに限らず、およそすべての生命進化の大原則は、<strong>「生き物は、個体の利益を最大化する」</strong>ことにある。
アリやハチも、他者のために、自分が犠牲になることはない。
巣を襲う外敵に立ち向かう無数の働きハチの映像は、一見すると、他者のため我が身を犠牲にしているかのように見えるけれども、実は、彼らは自分のために戦っている。
「自分たちの遺伝子を後世に残す」という利己的な本能に忠実なだけなのだ。

ハチの集団（コロニー）は、親である一匹の女王とその子供である多くの働きバチたちで形成されている。彼らは、ハチという種を守っているのではない。自分たちと同じ遺伝子を持つ家族を守ることで、自分たちの遺伝子をより多く、効率的に残そうとしているのである。
利他的行動と利己的本能が一致することで、アリの集団は維持されている。

彼らは、人間のように、歴史や文化といった抽象概念を共有する組織（国家や会社）のために身を犠牲にすることはない。人間が作りだした美しき倫理は、生命の原則には一致しない。

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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Fri, 09 Dec 2011 22:49:48 +0900</pubDate>
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         <title>「制約」の上手な使い方　　本田直之さん</title>
         <description><![CDATA[<img alt="photo_instructor_589.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_589.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />私は、書店で過ごす時間が長い。丸善丸の内店には、週に2～3度は立ち寄り、時間があれば2時間近くいることもある。
当然ながら、この数年、書店での本田直之著作本の存在感には気づいていた。「レバレッジシリーズ」は次々と刊行され、どれもよく売れているようだ。

しかし、本を手に取ることはあっても、買うことはなかった。
「できるだけ少ない労力で、より多くのリターンを得よう」というレバレッジの考え方には違和感があった。
私は、「投じたエネルギー量の多さが達成感に比例する」という古いタイプの考え方を持つ人間である。（むしろ、本田さんの奥さんの価値観に近いかもしれない）

今回は、「是非、呼んで欲しい」という元スタッフの熱望もあって、違和感の正体を確かめるのもよいかもしれないと思った次第である。

一年間のうち、6ヶ月をハワイで、4ヶ月を東京で、2ヶ月は世界を廻って過ごすという本田さんのライフスタイルは、多くの人が思い描く夢の体現者である。
そのライフスタイルをつかみ取るために本田さんがこだわったのは「制約にしばられない」ことだったという。
　「時間」「場所」「人」「お金」「働き方」「服装」「思考」
私たちの仕事、生活、モノの見方・考え方をしばる、さまざまな「制約」を取っ払う生き方である。

では、どうすれば「制約」から逃れられるのか。
「考え方」「スキル」「実践方法」の３つの切り口で提示してくれた、本田さんの体験的方法論が、講演のキモに当たる部分であった。

最初は中国古典の「荘子」によく似ているな、と思った。
「多くのものにとらわれて、不自由に生きている自分を発見せよ」
「不自由を脱ぎ去ることをせよ」
「こだわりを捨て、かみしもを外せ」
それが「荘子」のメッセージである。

本田さんの口からも、「捨てる」「減らす」「止める」「使わない」「持たない」「残さない」といったキーワードが次々と出て来た。

でも少し違う。
本田さんは、絶対自由の境地を求め、隠遁的な「無」を生きようとはしていない。
アイアンレースはやるし、ワインも大好き、ペンには凝るし、ファッションにもこだわりがありそうだ。
断じて「無」ではない。

荘子は、全ての「制約」から自由になることを希求したが、本田さんは違う。
実は「制約」を上手に使っているのではないか。
複業を持つという「制約」、留学時代に1日2.5ドルで生活しようと決めた「制約」、タイムマネジメントという「制約」etc。
本田さんの人生や生活には、自分をドリブンするための「制約」がいくつも埋め込まれているようだ。

本田さんが捨てたのは、他者が決めた「制約」、自分にはストレスになる「制約」である。そして、それらを捨てた代わりに、自分で決めた「制約」、自分にとって意味のある「制約」を取り入れている。
「制約」に動かされるのではなく、「制約」を使って自分を動かしている。
本田さんにとって、重要なのは、「制約」を自分で決めること、自分で使うことではないだろうか。

そう考えると、本田さんの生き方は、エドワード・L・デシが説いた「内発的動機づけ」の理論にピッタリと一致する。
何事も自分で決めるという感覚（自己決定感）
こうすれば上手くやれるという感覚（有能感）
「内発的動機づけ」に必要なのは、この二つの感覚を得られるかどうかだとデシは言う。
本田さんの生き方は、まさにこれである。

違和感の正体を確かめようと聞き始めた話であったが、いまは、違和感が随分と的外れであったなぁと反省している。


この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
・<a href="http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月8日-本田-直之/">http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月8日-本田-直之/</a>]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/12/post_469.html</link>
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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Thu, 08 Dec 2011 12:38:15 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>工藤公康氏のＤｅＮＡ監督就任騒動に思う</title>
         <description><![CDATA[皆さまご承知のように、「工藤公康氏が、横浜ＤｅＮＡベイスターズの監督に就任確実」
という見込報道から一転。交渉中断となりました。

つい<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/10/post_458.html#more">二ヶ月前に夕学に登壇</a>いただいたこともあって、このニュースは特に関心をもって推移を見守っておりました。
実は、講演の中で、受講者の方から「将来監督をやってみたいという希望はありますか」という質問があった際に、工藤さんの返答は次のようなものでした。

<strong>「私が監督をやるとしたら、余程生活に困った時だと思ってください（笑）」</strong>
あの日の講演内容と、間髪入れずの返答から思い浮かべても、日本のプロ野球の監督という仕事は、工藤さんにとって、まったく魅力がないものだと思えました。
いくら子沢山とはいえ、たった二ヶ月で工藤家の生活が逼迫したとは考えられず、「就任に前向き」「監督確実」という報道を見る度に、「ホントかな？」という疑問が拭えませんでした。
口幅ったい言い方ですが、個人的には、きっとこうなるだろうと思っていた通りの結果になりました。

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/12/post_468.html</link>
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         <category>00400000 番外編</category>
         <pubDate>Tue, 06 Dec 2011 19:54:05 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>「結び」に込められた持論　　佐山展生さん</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2011/12/photo_instructor_600-thumb-150x180-122.jpg"><img alt="photo_instructor_600.jpgのサムネール画像" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2011/12/photo_instructor_600-thumb-150x180-122-thumb-150x180-123.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>佐山展生氏に初めてお会いしたのは、2003年の秋頃と記憶している。ＭＣＣで<a href="http://www.keiomcc.com/program/man/index.html">『実践Ｍ＆Ａ』</a>というプログラムを共催しているMIDCの酒井雷太氏が、講師の一人として紹介推薦していくれた。

当時、佐山さんは、ユニゾン・キャピタル代表として、勃興期にあった日本のＭ＆Ａ業界でも注目される存在であった。バイアウトファンドという新しい投資形態を日本に持ち込み、東ハトやアスキー等への投資とEXITが成功したことで話題になっていた。
2004年秋には、夕学にも登壇していただき、「Ｍ＆Ａと企業再生」という演題で講演をしていただいた。

佐山さんは、その後Ｍ＆Ａアドバイザリーという、これまた日本では聞き慣れない業務に特化したＧＣＡを立ち上げた。
阪急・阪神買収騒動では、阪急・阪神側のアドバイザーとして、あの村上世彰氏と真っ向対峙した。　ワールドのアドバイザーとして、非上場化という斬新な企業再建策を成功させた。　ほどなくして一躍、時の人となり、テレビ等でお顔を拝見するようになった。

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/11/2003midc_exit_2004_2004_182.html</link>
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         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Wed, 30 Nov 2011 12:36:12 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>「顔の見える人」が担うエネルギーシフト　飯田哲也さん</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_588.jpg"><img alt="photo_instructor_588.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2011/11/photo_instructor_588-thumb-150x180-120.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>
<strong>「起きて困ることは起きない」
「起きないと信じよう」
「起きないことにしよう」</strong>

昭和史研究で知られる作家の<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2008/03/post_229.html">半藤一利氏</a>は、近代日本のエリート層が陥る通癖的思考をこのように表現する。
自分達にとって都合の悪い危機から目をそらして、いたずらに時間を消費し、発生した時には手遅れになる。最後のつけは、立場の弱い人々（国民）が一身に背負う。

ペリー来航を予見していながら手を打っていなかった江戸幕府の幕閣。勝てないと知りながら泥沼の戦争にのめり込んでいった陸海軍の高級参謀。皆同じ陥穽に嵌っていたという。

飯田哲也氏の話を聴くと、いわゆる「原子力ムラ」の住人達も同じ思考に陥っていたことがわかる。はからずも、それが露呈したのが3.11であった。

飯田氏は、官邸の災害対策本部が、地震発生当日の夜に発表した資料を示した。

<small><strong<a href="http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/20110311miyagi/201103112235.pdf">【東京電力（（株））福島第一原発　緊急対策室情報】</a>2011/3/11 22:35
 ○2号機のTAF（有効燃料頂部）到達予想、21時40分頃と評価。
  炉心損傷開始予想：22時20分頃
  ＲＰＶ（原子炉圧力容器）損傷予想：23時40頃
 ○1号機は評価中　</strong></small>　　
※現物は<a href="http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/20110311miyagi/201103112235.pdf">こちら</a>

京大大学院の原子核工学専攻を出て、自らも「原子力ムラ」の一員として仕事をした経験を持つ飯田氏は、これを見て「とんでもないこと（メルトダウン）が起きた」と即応した。原子力のプロなら皆同じ危機感を持ったはずだと、飯田氏は言う。

ところが、原子力安全委員会の斑目委員長を筆頭に「原子力ムラ」の指導者達が見せた脊髄反射的な反応は、冒頭の通癖そのままであった。

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/11/_311_2011311.html</link>
         <guid>http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/11/_311_2011311.html</guid>
         <category>00100000現在の夕学五十講</category>
         <pubDate>Tue, 29 Nov 2011 13:14:15 +0900</pubDate>
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