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斎藤 幸平「人新世の危機とSDGsというアヘン」

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資本主義の次に来る、真に豊かな社会

自家用ジェットに乗りながら環境案件に投資するビル・ゲイツ。古着のリサイクルをするファストファッションブランド。SUVの電気自動車。大インチの省エネテレビ。大量にコレクションされるマイバッグ......。最近見かける「本末転倒」。だが千里の道も一歩からというじゃないか。できるところから始めなくてどうするアクション。

自家撞着に陥るのも無理はない。人間の自然界への侵食が遠因とされる疫病が世界中に蔓延し、四季なき日本には今年もまた痛ましい水害の頻発が予感され、先月末のカナダでは気温が連日50度近くにまで達した。ディストピアが常態化したせいで判断がおかしくなってしまったとて、誰が責められようか。思い余った我々は、藁をも掴む思いで政府や企業という売人が小分けに繰り出してくるSDGsという「アヘン」にすがり、一瞬の癒しを得る。しかしSDGsはこれまで通り欲望にまみれた生活を続けるための「免罪符」にすぎず、長い目で見ればほとんど誰も(人も地球も)救わない。斎藤幸平氏が「アヘン」「免罪符」などと敢えてキツい表現を使うのは、事ここに至ってはSDGsのような小手先の対処法では間に合わず、もっと大物の敵(資本主義)を知る必要を訴えようとしての深慮なのだった。

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結婚は、探検だ 角幡唯介さん

角幡唯介探検家として知られる角幡唯介さんは、言葉による表現者でもある。年のだいたい半分は世界各地を探検し、あと半分はその記録をひたすら家に籠って、書く。半々の比重とはいえ、両者には両極と呼べるほどの激しいギャップがある。書くために探検するのか、はたまた探検するために書くのか。おそらく角幡さんの人生にはどちらも必要で、相互に絶妙なバランスが保たれてきたのだろう。膨大な著作のうちの多くが名だたる賞を総ナメにしている事実からも、それが窺える。

近年はもうひとつの極、「結婚」が加わった。探検家と結婚はどうみても相容れないもののように思えるが、実際、事あるごとに「なんで結婚したんですか?」と訊かれ続ける。しかしその前は「なんで探検なんかやるんですか?」と訊かれまくっていた。言葉のひとである角幡さんはムカつきながらも、結婚と探検について論理で道筋をつけられないか考え続けた。ところの結論が、「結婚は探検である」。何を大げさな、と思うなかれ。年の半分を死と隣り合わせで過ごし、もう半分をひたすら考え書いて過ごし、トータルで常にだいたい実存を思って生きている。そういう角幡さんの言葉に真理がなくてどうする。

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古くて新しいアジア・太平洋戦争 吉田 裕さん保阪正康さん

吉田 裕保阪正康歴史とは思い出すもの、と批評家・小林秀雄は言った。真意はいずこにありやと考え続け腑に落ちた実感はまだないが、それでも夏には、いやがおうにも戦争を〝思い出す″。

8月15日の敗戦記念日に前後して放たれるテレビのドキュメンタリー番組や映画、マンガ、アニメ、小説――幼少期から中年になるまで、相当量の戦争コンテンツを浴び、それなりに知識を蓄積した気になっていた。しかしながら、いまだ日本の近現代史・軍事史が緒についたばかりの若い学問で、にもかかわらず研究のための史料は先細る一方という。愕然とした。

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