メイン | »

五木 寛之「再・学問のすすめ」

五木寛之氏の履歴書

五木寛之

個人的な思い出話、学びや学問と関係のある話をするという。日経の「私の履歴書」を書く約束をしていたものの書けないそうで延期になっていると冒頭で静かに話す五木寛之氏。慶応を意識してからなのか『学問のすすめ』を取り上げた。340万部も売れた画期的な大ベストセラー、現代でも読まれているが五木氏は諭吉の啓蒙的な主張とは反対に本来学問はあまり役に立たないものではないかというのだ。色々な人が同様のことをいうが五木氏はどのような理由からそう思うのだろうと気になる。その理由にこそその人の個性が現れるからだ。

続きを読む "五木 寛之「再・学問のすすめ」"

西田 亮介「ソーシャルメディア時代の政治と民主主義~その現状と課題~」

西田 亮介

知性の終わり


数年前から言論を取り巻く環境が大きく変化したことを感じている。数十年前はもっと大らかな言論環境があったはずなのに最近では何か発言するとすぐ攻撃に晒されるようだ。こうした思いを抱くのは私だけではないようで指摘する識者もおり、灘中学校の校長が歴史教科書の採択を巡る実体験の公表もした。背景にネットによる匿名かつ集団的攻撃が容易になったことがあるだろう。そこへきてトランプ米大統領の不可思議な言動がある。大統領選でのロシアの介入も取り沙汰された。大変な時代だ。いつの間にか私達は窮屈でおかしな縛りの中にいる。何とも言えないモヤモヤした気持ちと危機感で今回の講演に申し込んだ。

西田亮介氏の演題が「ソーシャルメディア時代の政治と民主主義」であったのでアメリカ大統領選でのロシア介入疑惑やフェイクニュース等を中心に語られるのだろうと思った。確かにそうしたことも取り上げられたものの、ご本人が初めに断っていたように講演内容は概況的でより高い視点、民主主義の現代的問題を大きな軸として語られた。この構成はとても良く、ともすれば個々の事象を追うだけで終わりがちになるところを世界全体、歴史的な変化の一環として捉えられた。

続きを読む "西田 亮介「ソーシャルメディア時代の政治と民主主義~その現状と課題~」"

万葉に輝く 里中満智子さん

里中満智子和歌の世界。百人一首は誰でも一度は学校で習うけれどどうも平板になりがちで当時の社会情勢や人間関係、歌が詠まれた状況を知らないと「ふ~ん」で終わってしまう。子供の頃、百人一首を漫画で解説する本と出会ったおかげで和歌は私の中で生き生きとしたものになる。さらに里中満智子さんの『天上の虹』『女帝の手記』『長屋王残照記』のお蔭で、万葉集の歌のみならず持統天皇を中心とした時代がより立体的なものとなった。皇子の名前一つ見ても「ふ~ん」ではなく「ああ、あの意気地がなくて密告しちゃった皇子様ね」、何ともリアルになっている。その作者による講演なのだ。万葉集の人達がどのように語られるのか今回の夕学五十講を大変楽しみにしていた。

意外なことに講演は歴史的な、それ以上に外交的な観点から語られる事が多かった。重要な歴史書である日本書紀は外向き(外交用)の歴史書として、古事記は内向き(国内向け)の歴史書として作られたものだと。なぜそのような面倒なことをしたかというと、当時の日本を取り巻く国際情勢があった。白村江の戦いで壊滅状態になった危機感。そして大国を間近にする後発国の日本は、ともすれば「お前の所は未開の地で遠く離れているから気づかないだろうが実は我が国の一部なのだ。」と正統性を主張されかねない。そのためには独自の歴史書を持ち自らの正統性や根拠の主張が必要という、現在の領土問題と変わらぬ状況だったらしい。国内向けには各氏族についての記述が必要などの事情がある。こうした中で2種類の歴史書が編纂された。

続きを読む "万葉に輝く 里中満智子さん"

樺島 勝徳「禅で自然治癒力を高める」

樺島勝徳

身体と精神、この世の不思議


不思議な講演だった。講演というよりもむしろ体操実技と講演が半々のワークショップである。それから頭のワークショップでもあった。配布資料も1枚だけ、映写資料もなし、誠にすっきりしたものなのだ。樺島勝徳師の話は自身のアレルギー性喘息といかにそれを克服しようとしてきたかに始まり、なぜ禅僧になったか、そして身体治癒力を高める体操と話が広がる。

幼少の頃からアレルギー性喘息で様々な健康法や護摩まで焚いたが治癒せず、大学も中退、彼女にも去られて「流されて」禅僧になったと笑われる。その喘息は意外な方法で50歳の頃には完治する。冬に太陽の光を浴びる量が少ないのが原因の一つであったため太陽の光を浴びること。「ニワーナ」という糠とゴマ、きな粉、柚子を粉にしたものに農作物微生物EM菌で発酵させたものを摂取すること、そして健康のための体操をすることだった。そして現在は自身の健康に良かった体操を人にも教えている。「いま世でいわれているアレルギーの治療法なんて国家的な嘘なんですよ。」とまた笑う。ニワーナは約15,000円、安売りで10,000円、自作すればその数分の一の価格だ。ニワーナは茶色で確かに糠の香りがプーンとする。うっかりすると園芸用肥料と間違えそうだ。それと陽光と体操で喘息が治ってしまうらしい。喘息の有無は別としてこれは聞かねばなるまい。

続きを読む "樺島 勝徳「禅で自然治癒力を高める」"

一條 和生「DX時代のリーダーシップ」

一條 和生

敵を知り己を知れば

どうも私は大変な時代を生きているらしい。「100年に1回の大変革の中」と一條和生氏はいう。薄々大変だとは思っていたがそこまでとは知らなかった。戦国時代かあるいは幕末並みの、どうもそのような時代らしいのだ。信長や秀吉、家康、勝海舟や西郷隆盛が出てくるような時代である。

「伝統企業がVulnerableな時代」と画面いっぱいに表示される。伝統企業を徳川幕府に置き換えれば正に幕末だ。
「片足は今日に、もう片足は明日に」とかつて未来対策を語ったマーク・フィールズは「フォードのスーパースター」と評された程のCEOだったものの、社会意識が高いミレニアル世代が車の所有を疑問視する、そのような時代の変化に対応し切れず解雇されてしまった。

続きを読む "一條 和生「DX時代のリーダーシップ」"

連鎖の中で 田村次朗先生

田村次朗食物連鎖についてなぜそんなものがあるのか考えたことがあった。海中のプランクトンを小魚が食べ、もう少し大きな魚が小魚を食べ、さらにより大きな魚がそれを食べる。最後は人間が魚を食べる。そこで食物連鎖は終わるが最近はややこしくなっていてマイクロ・プラスチックが人間の体内で悪影響を及ぼすそうで連鎖はまだ続いていた。つまり良くも悪くもすべては関係し合いながら生きているということだ。食物連鎖を考え始めた時はそれがなければもっと気楽なのにと思ったけれど、同時にそれは何かを良くすれば波及することでもあることに気づいた。

田村次朗氏の講演を聞いてなぜこうしたことを思い出したのかというと、紹介されたロジャー・フィッシャー教授の研究目的が素晴らしかったからである。「平和学としての交渉学」。交渉をよく考えられがちな「勝ち負け」や「駆け引きのための作戦」としてではなく、平和学のための方法論としてとらえている。第二次世界大戦での犠牲がなぜ回避できなかったのかという問題意識から研究したそうだ。

続きを読む "連鎖の中で 田村次朗先生"

あまりに人間的な 柴山和久さん

柴山和久「百科事典のセールスマンに百科事典が必要か聞くな」という。けれども投資のアドバイスを欲しい時には投資の専門家、証券会社などに相談しなければならないのがネックである。ファイナンシャル・プランナーもいるけれど色々勧められそうだし...。多くの人はそんなところで悩んでいるのではないだろうか。

医療や法律はテレビでも専門の番組が多数あるのに、どういう訳か投資についてはない。学校でも学ばない。せいぜい経済ニュースがあるくらいだ。そうした背景があるためか柴山和久氏は「本質の流れ」を中心に話すと初めに宣言してくれた。そして「投資」ではなく「資産運用」との言葉を用い続けた。

続きを読む "あまりに人間的な 柴山和久さん"

私も考えた 石川善樹さん

石川善樹かつて「2番じゃ駄目ですか?」という言葉が話題となった、あの事業仕分けにおける困難の一つには「考えない人に考えることの重要性を説く」というほぼ不可能に近い点があったのではないかと思う。そういった場合、学者や研究者などの「考える人」は最後の手段として「有用性」を根拠として挙げることとなる。あの時私は学校教育で「考えること」を教えてこなかった長年のツケが回って来たのではないかと思ったものだ。

石川善樹氏も同様の考えらしく、学校教育で「考えるとは何か」が教えられないことを嘆かれていた。私は今回の講演を大変楽しみにしていた。「考える」ことがテーマとして扱われるのだから。また昨年の石川氏の講演も聴いていたので1年後の内容がどのようになっているのか、定点観測のような気持もあった。

続きを読む "私も考えた 石川善樹さん"

生き切る 細川晋輔さん

細川photo_instructor_965.jpg「禅とは捨てる修行」だとよく聞くので何を捨てるのかずっと考えていた。断捨離とは違うらしい。では長年の間に培ってしまった思い込みの類だろうか。はたまたつまらぬこだわりのことだろうか。あれこれ考えていたけれど、「これが」というものに確信を持つには至っていなかった。細川晋輔氏の講演で私はこの問いへの答えの一つを見出せたように思う。

「雲水日記」という誠に可愛らしくユーモア溢れる絵を用いながら、私達にはなかなか窺い知ることのできない修行僧の生活が細かく紹介された。故郷を旅立ち修行道場への入門を乞う図、庭詰め、先輩僧への挨拶、托鉢、畑仕事、座禅、禅問答など。絵があまりに可愛らしくて見過ごされそうだが日常生活は当然のことながら大変厳しそうで規則的だ。細川氏がこれでもかというほど微に入り細に入り日常生活の説明をするのを聞いて、私にはそれが「修行僧の生活とは『超人』になるためのものではありません」と言っているように思えてきた。型にはまった同じ生活を繰り返すことで感覚を研ぎ澄まし、自分のなすべきことに集中して、その成果を試される。毎日毎日。それが目的のように思える。

続きを読む "生き切る 細川晋輔さん"

「高野山-場の記憶-」飛鷹全法さん

10/3photo_instructor_959.jpg現代において何かを神聖視する考え方は限られた場合であることが多い。うっかりすると「アブナイ人」とも言われかねない。それでも日本人の中には自然や宗教施設などを神聖視する考え方が根付いている。那智の滝でロッククライミングが行われた「事件」が数年前に報道された時に驚いた人は多いと思う。だから高野山を神聖な場所として考えることはできるが、それでも今回の演題「高野山という思想」を初めて見た時には高野山を思想としてとらえるということがよくわからず戸惑いを覚えた。何か奇を衒った表現のようにも感じた・・・いや、これも飛鷹全法氏の狙いなのか。大学院在学中のITベンチャー立ち上げ、その後は海外で伝統音楽の舞台制作や経産省の海外富裕層誘客事業(ラグジュアリートラベル)の検討委員を勤めるなどの略歴を見て、今風の派手な人なのかと少し構えてしまった。

続きを読む "「高野山-場の記憶-」飛鷹全法さん"

強い「I」 高岡本州さん

高岡本州創業社長とはとにかくエネルギーの塊だ。ゼロからすべてを作る人はすべてを引っ張り、自分の背に負う人である。常に意識を張り巡らせて普通の人なら見落としてしまいそうな機を逃さない。

エアウィーヴの高岡本州社長は厳密に言えば創業社長ではないかもしれないが、釣り糸製造の機械装置メーカーを叔父上から引き継いだ後に寝具メーカーに転換したことを考えると創業社長とほぼ同列に扱って良いだろう。浅田真央、錦織圭を起用したPRでご存知のあの寝具メーカーである。講演中、高岡社長はとにかくエネルギッシュに話し、動く。何を話すか?もちろん同社商品エアウィーヴのことだ。「会社への思い」とか「開発秘話」といった話ではなく、(企業ではなく商品の方の)エアウィーヴの特性、価値、ブランド構築の歴史である。すべてがエアウィーヴ、エアウィーヴ、エアウィーヴだ。

続きを読む "強い「I」 高岡本州さん"