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    <title>慶應ＭＣＣ「夕学五十講」楽屋blog</title>
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    <updated>2012-02-05T14:03:01Z</updated>
    <subtitle>慶應丸の内シティキャンパス定例講演会「夕学五十講」担当者がお届けするblogです。</subtitle>
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    <title>橋下市長を巡る論争から民主主義を考える</title>
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    <published>2012-02-05T13:47:23Z</published>
    <updated>2012-02-05T14:03:01Z</updated>
    
    <summary>橋下徹大阪市長を巡る論争が気になっている。 来期の夕学では、古賀茂明氏、内田樹氏...</summary>
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        <category term="00400000 番外編" />
    
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        橋下徹大阪市長を巡る論争が気になっている。
来期の夕学では、古賀茂明氏、内田樹氏、藤原和博氏に登壇いただくことになったことも理由のひとつである。
古賀氏は、大阪府氏の顧問として橋下改革のブレーン役を務める。
内田氏は、橋下さんから名指しで指摘されるほどの反ハシズムの論者である。
藤原氏は、府知事時代の橋下さんから教育分野の特別顧問を委託されたが、いまは少し距離を置くと聞く。
三者三様の立場なので、多面的な見方を聞けるかもしれない。
（講演テーマは、橋下さんのことではありませんが...）

どちらがどうこうと論評するつもりはまったくないけれど、私としては、橋下さんを巡る議論を聞くことで、民主主義を考えるよいきっかけになった。

民主主義と言えば、チャーチルが言ったとされる名言が想起される。
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすれば」
民主主義は、人類がさまざまな政治形態を経たうえで辿り着いた、いまのところもっとも優れた政治制度ではあるけれど、理想的な最終型にはほど遠く、ずいぶんと問題が多い制度であることも事実のようだ。

例えば、橋爪大三郎さんは、『民主主義はやっぱり最高の政治制度である』という本の中で、民主主義の欠点をいくつか提示している。
橋爪さんの指摘する欠点を、私なりに整理すると次の三つになる。


        欠点１．時間がかかって、効率が悪い
民主的な手続きを取ると、いつまでたっても何も決まらない、従って何も変わらない、といった弊害に陥ることがある。「船頭多くして船山に登る」というやつである。
また、民主的な手続きの過程で、多くの人の意見を聞き、修正を加えると、最終案がいいものになるとは限らない。逆にとんでもない代物になる危険性もある。
どんなものにも時間の制約はあるので、民主的な手続きを悪用されると、反対者から時間切れ戦術に持ち込まれることもある。結果として何も決まらない、なにも変わらない。

欠点２．民意は間違えることがある
一昨年夏の総選挙で、民主党に一票入れた私が、いまそれを痛感している。
民意は、流されやすく、騙されやすいという側面を持つ。深く考えずに見た目の判断や、時の勢いで決めてしまうこともある。
衆愚政治といわれる現象がこれである。

欠点３．独裁を招きやすい
民主主義は、国民主権と言い換えてもよい。国民が絶対的な権力を持ち、自分達が選んだ議会を通じて、法律を作ったり、変えたりできる。あるいは自分達が選んだ大統領や首相を通じて、国家のかたちや政策を決めたり、変えたりすることができる。
国民に圧倒的な自由な権力を与えている。
その絶対的な権力を与えられた主権者を、国民からひとりの人間に置き換えると、独裁政治になる。
これは一見、わかりにくいようだけれども、過去の例を思い起こせばよくわかる。

ヒトラーは、どうやって登場したのか。
当時、もっとも民主的だと言われたワイマール憲法下のドイツで、民主的な手続きに則って政権を握ったのである。

閉塞感に満ち、大きな変革が必要な時代にもかかわらず、時間がかかって何も決まらず、問題を解決できない既存の権威に辟易していたドイツ国民が、深く考えずに、見た目の判断や、時の勢いで、間違えて選んでしまったリーダーがヒトラーであった。

独裁的なリーダーが、民主的な手続きで選ばれてしまうことがある
それが三つ目の、そして民主主義最大の欠点である。

さて大阪の場合はどうか。
橋下さんのツイッターを読むと「決定できる民主主義」という表現がよく使われている。
彼は、民主主義の欠点１「時間がかかって、効率が悪い」ことを痛感しており、この欠点を克服して「決定できる」ようにすることが重要だと考えていることがよくわかる。

「決定できる」ようにするためには、決定に至るまでのルールと責任者を明確にしなければならない。現在の日本の政治は、ここが不透明である。
誰が案を作り、どうやって議論をし、誰が最終決定をするのか。そのルールを明示的にする必要がある。そして最終的な決定者は、民意で選ばれている者であるべきだ。
それが、橋下さんが首尾一貫して主張していることのようだ。

民主主義の欠点１．「時間がかかって、効率が悪い」という問題を解決するうえでは、実に筋の通った見解である。

反橋下陣営の有識者が、橋下さんと面と向かって論争をすると、なんとも頼りなく、歯切れが悪く、説得力に欠けるのはなぜか。
これまで通りのやり方で、いまの大阪の（日本の）を改革することが、とてつもなく難しいことを承知しているからではないのか。

大阪の有権者は、いま大阪が直面している大きな問題を解決し、改革へと舵を切る先導者として橋下さんを選んだ。
民主主義の欠点１「時間がかかって、効率が悪い」を克服して「決定できる」ようにするやり方を選んだとも言える。


では、「民意は間違えることがある」「独裁を招きやすい」という二つ目、三つ目の欠点はどうだろうか。
民意が正しかったか、間違えたかの答えが出るまでには、しばらく時間がかかる。橋本改革の実行過程を見なければならない。

また、誤解のないように断っておくと、橋下さんが「独裁」だというつもりは毛頭ない。
ただ「独裁的な振る舞い」をする傾向はあるようだ。ちなみに「独裁」と「独裁的な振る舞い」は、天と地ほどの違いがある。
歴史に残る偉大なリーダーは、おしなべて「独裁的な振る舞い」をする傾向をもっていた。

「独裁的な振る舞い」にも良いそれ、必要なそれと、悪いそれ、やらない方がよいそれがある。
この道が正しいと確信したら、少しくらいの批判や反論にひるむことなく、強引にでも前に進まないと状況は拓かれない。誰もが賛成する改革などあり得ない。
自分が責任を取る覚悟で突き進む。それが、必要な「独裁的な振る舞い」であろう。
橋下さんには、そういう面があるように思える。

一方で、彼には、やらない方がよい「独裁的な振る舞い」も目立つ。
私は、橋下さんが、しばしば口にする「従えない人間は辞めてもらう」「嫌なら去ればよい」という言い方にそれを感じる。
自分の意見と反対の立場に立つ人を、あしざまに悪く言う物言いも気になる。
ある政治学者に対して、「学生相手にくっちゃべるだけの大学の教員に何がわかる」という主旨の発言をテレビで聞いたときには、強烈な違和感を抱いた。
彼のためにも、やらない方がよい「独裁的な振る舞い」は止めるべきだと思う。

まあ、橋下さんを擁護すれば、「時間がかかって、効率が悪い」という欠点を克服して「決定できる」ようにするためには、独裁的な振る舞いがもっとも効率的であり、喫緊の課題が山積する大阪の改革を進めるためには、必要だと信じているのかもしれない。
誰だって独裁者とは呼ばれたくはないが、彼はあえてその茨の道を歩いている。
その覚悟と迫力が人を惹き付ける。民意を集める。

革命やクーデーターという暴力的な方法で権力を握った独裁者は、自己の権力の正統性を保つのに腐心する。北朝鮮で行われてきた、滑稽なまでの金父子三代に渡る神格化政策をみれば、その苦労のほどがわかる。

一方で、民主的な手続きで選ばれた独裁者には、その心配がない。「私こそが民意だ」という水戸黄門の印籠の如き切り札を持っている。
民意で選ばれたリーダーが独裁に変わった時、民意という正統性を楯にして、民意を抹殺することもできる。
ヒトラーはそれをやった。
民意が「まずい」と気づいた時には、すでに民主主義は姿を消していたのである。


さて、これまでの説明を踏まえて、橋下改革のこれからを占ってみると、四つのパターンが考えられる。

ひとつは、「民意が間違えた」ということが早々にわかってしまうパターン。
「決定できる民主主義」が実現できそうもないことが見えてきて、改革への期待が急速にしぼんでしまう。民主党政権と同じ道をたどるということである。
これが、大阪に人にとっても、日本にとっても最悪のパターンである。

ふたつ目は、「民意が正しかった」ことが証明されるパターン。
「決定できる民主主義」が機能し、積年の課題が次々と片付いていくとともに、橋下さんの独裁的な振る舞いも落ち着き、新しい民主主義の指導者に成長する。
これが、大阪にとっても、日本にとっても最高のパターンである。
待望久しい「強いリーダー」の登場となる。

三つ目は、橋下さんを上手に使い倒すパターン。
橋下さんの闘争力と実行力で、必要な改革をやるだけやってもらい、もし仮に独裁的な振る舞いが行き過ぎたと感じたら、次の選挙でただちに御役御免とする。
これが、大多数の大阪の有権者が漠然と考えていることではないだろうか。
ただし、後述のようにこれは、かなり難易度の高いチャレンジのように思える。

四つ目は、「民意が間違えた」ということがすぐにはわからず、「しまった！」となったときには、手遅れになってしまうパターン。
「決定できる民主主義」により、次々と改革がなされるにつれ、いつしか彼の存在そのもが民意に置き換わる。その結果「独裁的な振る舞い」が「独裁」に変化してしまう。

橋下さんは、実にしたたかで、すべて見通したうえで、次の手を考えているようにも思える。このタイミングで、国政への影響力を保持する布石を着々と打ち始めた。
彼の頭の中には、大阪の改革の向こう側に、日本という国のかたちを変えることもイメージされていることは間違いないだろう。
既成政党のだらしなさを考慮すると、近々の総選挙で70～80議席数を獲得し、キャスティングボードを握った大阪維新の会が、政権を担う可能性はある。その時何が起きるか。
とてつもない大きな流れに巻き込まれると、民意の力だけでは、引き返すことが出来なくなることは、我々が７０年前に経験した歴史の教訓である。

何度も言うが、橋下さんが、独裁的リーダーだとは言っていない。
橋下さんを巡る論争を見て、民主主義を考えるよいきっかけになったということを言いたかったのである。

民主主義は、いまのところ最高の政治制度ではあるけれど、いくつかの欠点があることを忘れてはいけない。




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    <title>イノベーションは経済社会を変えること　　武石彰さん</title>
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    <published>2012-01-31T04:06:34Z</published>
    <updated>2012-02-01T06:38:04Z</updated>
    
    <summary>慶應MCCのagora講座で、ドラッカー、シュンペーターの著作を読み込んだことが...</summary>
    <author>
        <name>shirotori</name>
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        <category term="00100000現在の夕学五十講" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_599.jpg"><img alt="photo_instructor_599.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/02/photo_instructor_599-thumb-150x180-150.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>慶應MCCのagora講座で、<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/02/96195445_194637.html#more">ドラッカー</a>、<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2010/06/post_373.html#more">シュンペーター</a>の著作を読み込んだことがある。
二人とも、19世紀末のウイーンで生まれ、上流階級の父親同士が友人で、幼い頃から交流があったと言われている。
第一次世界大戦で故国（オーストリー・ハンガリー帝国）が消滅する悲劇を経て、米国に渡り学者として名をなした二人に共通するのが<strong>「イノベーション」</strong>という概念である。

「経済発展の原動力は、野心に富んだ企業家によって起こされるイノベーションである」
シュンペーターは、そう言った。（『経済発展の理論』）

「企業は社会の機関であり、その目的は顧客の創造である。そのために企業に必要な機能はイノベーションとマーケティングである」
ドラッカーはそう喝破した（『現代の経営』）

共通するのは、イノベーションは、社会を変えること。その担い手は企業家であること。ということであろう。

一方で、現代のイノベーション論議には、こんな意見が必ず出てくる。
「イノベーションの重要性はわかった。どうすればいいのかを教えてくれ」
「イノベーションを産み出す手法、マネジメント、組織の作り方、能力は何なのか」

ドラッカーや、シュンペーターが生きていれば、きっとこう答えるだろう。
「それを問う前に、お前は何のためにイノベーションを起こしたいのか」

残念ながら、両者の距離は随分と遠い。
武石先生の立ち位置は、両者の間を経営学の知見を使うことで埋めることかもしれない。

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        <![CDATA[武石先生はイノベーションを次ぎのように定義する。
<strong>「経済成果をもたらす革新であり、革新による価値創造である」</strong>革新をテコに経済社会を変える。経済社会を変えるために革新を活用する。

おわかりのように、スタンスは明らかにドラッカー、シュンペーター寄りである。
技術開発により、新たな商品・サービスが生まれ、それが多くの人に受け入れられ、利益があがって、経済成果に繋がること。それによって社会が変わる。企業は社会における役割を果たすことができる。
ここまでいって、はじめてイノベーションが実現する。

イノベーションのプロセス＝どのようにしてイノベーションが起きるのか、を研究してきた武石先生には、「どうすればイノベーションは起きるのか」という問いへの答えはなくとも、「この壁をクリアできなければイノベーションは起きない」というクリティカルポイントは見えているようだ。

それは、武石先生の言葉によれば<strong>「経済社会への働きかけ」</strong>が出来るかどうかである。
技術開発や、商品の革新性だけではイノベーションは起きない。

むしろ、<strong>新たな技術や商品・サービスを使って、社会のどんな問題を、どうやって変えていくのかというビジョンがあるかどうか。そのビジョンに向けて、社会に対して働きかけができるかどうか</strong>、である。

働きかけは、時には、生産システムの開発であったり、原材料の確保であったり、販売システムの構築であったり、制度・政策を変えるロビー活動であるかもしれない。政治的で人間的な活動である。

ウィンドウズは、技術の優位性ではなく、ディファクトを握るという戦略によって、ＰＣ時代の覇権を握り、社会を変えた。
iPodは、iTunesという音楽流通システムをも備えたことで、圧倒的なシェアを奪い、社会を変えた。

そのプロセスは美しいストーリーで語られるけれども、実際は、もっとドロドロとして、人間臭く、血生臭い戦いを必要とする。

ネットという新しい技術が登場した今も、まったく同じ構図が展開されている。
既得権益側からの、命懸けの妨害戦に耐え、粘り強く戦い続ける体力と、相手を上回るしたたかな立ち回りと、融通無碍な対応力がある者だけが、イノベーションを起こすことができる。

「それこそが企業の役割である」「それこそが経済発展の源泉である」
ドラッカーも、シュンペーターは、きっとそういうだろう。

ちなみに、講演の中で見せてくれた<a href="http://www.iir.hit-u.ac.jp/iir-w3/reserch/ivl_MOTVgaiyou.html">ＭＯＴの教材ビデオ</a>は、武石先生が一橋大時代に製作したものだそうです。（無料で借り出しが出来るそうです）　こちらへ
講演では、ほんの一部でしたが、全13巻の大作になっています。素晴らしい教材だと思います。


今期の夕学は全て終了しました。
たくさんの方にお越しいただきありがとうございます。
現在、4月からの次期の企画の真っ最中です。
3/1から申込受付の開始致しますので、来期もぜひよろしくお願い致します。
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    <title>真似の出来ない生き方をすれば、真似の出来ない会社が育つ　　宗次徳二</title>
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    <published>2012-01-25T03:21:03Z</published>
    <updated>2012-01-26T03:32:55Z</updated>
    
    <summary> 「ＣｏＣｏ壱番屋は、なぜ一人勝ちできるのか？」 外食産業の業界人、コンサルタン...</summary>
    <author>
        <name>shirotori</name>
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        <![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_598.jpg"><img alt="photo_instructor_598.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_598-thumb-150x180-148.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>
「ＣｏＣｏ壱番屋は、なぜ一人勝ちできるのか？」
外食産業の業界人、コンサルタントの間で、七不思議のひとつとして語られる疑問だという。
牛丼チェーンなら吉野屋・すき家・松屋。ラーメンチェーンは幸楽苑・リンガーハット・日高屋。開店すしチェーンだったら、かっぱ寿司・スシロ－・くら寿司などなど。
主な外食産業は、チェーン展開する大手が必ず複数あって、激烈な競争を繰り広げている。
その中にあって、カレー専門店チェーンは、ＣｏＣｏ壱番屋の店舗数約1300店が突出しており、調べた範囲では、それに続くのはゴーゴーカレー（知ってましたか？）の39店とのこと。
「柳の下にドジョウは三匹いる」と豪語した経営者を知っているが、通常なら、どこかが成功すれば（市場を拓いてくれれば）そこに参入するライバルが現れるものである。カレーのような国民食であればなおのことであろう。

宗次さんによれば、これまでに、上場している大手外食産業４～5社がカレー専門店に参入してきたというが、ひとつも成功していないという。
資金力、食材調達力、チェーンストアノウハウ、人材etc、外食チェーンを成功させるＫＦＳと言われるものはいくつかあるが、ＣｏＣｏ壱番屋のコアコンピタンスは、そのどれでもないようだ。

ＣｏＣｏ壱番屋の強さの不思議を体現しているのが、創業者の宗次徳二氏であろう。とにかく異端の人である。

経営はすべて自己流。戦後の小売・サービス業の成功者達が、必ずといって参考にしてきた米国流のチュエーンストア理論を一切信じていない。
船井総研や、タナベ経営、日本リテイリングセンターといった、この業界に精通すると言われるコンサルティング会社の指導を仰いだことは一度もない。（呼ばれれば喜んで講演するそうですが）
全てが我流。それでいて会社は一貫して成長し続けてきた。

宗次氏の発言も、経営学でいう「よい会社」の理論をすべて否定するものである。
・明示的な経営理念や社是は掲げない。
・長期的な経営ビジョンは描かない、夢などいらない。
・先のことは考えない。いまだけを見る。
・ライバルのことは一切気にしない。
・価格競争は絶対にしない。
・お客様の声は謙虚に聞くが、値下げ要請は断固拒否する。

社長が誰よりも早く起きて、誰よりも多く仕事をして、贅沢はせず、遊びにも背を向け、会社や店の回りを一生懸命に掃除して、社会貢献に尽くし、仕事と会社に自らの全てを捧げる。引き際は潔く、子供を後継者になどしない。

それを何十年もやり続ければ、必ず成功する。ココイチが強い理由は、簡単なこと。他の会社では、社長がこれをやり続けることができないからだ。
講演の要旨は、そういうことであった。

一代で大企業を育て上げた創業経営者は何人もいる。
恵まれない環境で生まれ育った経験をバネに立派になった人も何人もいる。
365日、24時間仕事をすると豪語する社長も何人かはいる。

しかし、ここまで清々しく、真っ直ぐに、楽しそうに生きている経営者はいるだろうか。孤児院で育ち、養父にも恵まれなかった極貧の過去を、「実は、賢きところのご落胤かもしれないと思っているのです．．．」と笑いに変えるウィットもある。

経営者が真似の出来ない生き方をすれば、真似の出来ない会社が育つ。そういうことであろう。
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    <title>「天賦の才」を支える「普通の人」感覚　　吉田都さん</title>
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    <published>2012-01-24T03:08:21Z</published>
    <updated>2012-01-25T03:13:51Z</updated>
    
    <summary>ごくごく稀なことではあるが、スポーツや芸術の世界には「天賦の才」というものに恵ま...</summary>
    <author>
        <name>shirotori</name>
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        <![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_594.jpg"><img alt="photo_instructor_594.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_594-thumb-150x180-146.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>ごくごく稀なことではあるが、スポーツや芸術の世界には「天賦の才」というものに恵まれた人がいる。
そういう人は、幼い頃から周囲が才能を賞賛し、大きな期待を寄せられて育つので、普通の人間が、大人に成長する過程の通過儀礼として経験する挫折や敗北を味わう機会が少ない。その結果、どこか傲慢であったり、てらいがあったりする。それが魅力のひとつとなり、オーラを作る。
イチローや中田英寿がそうであるし、古くは美空ひばりや棟方志功にも、そういう面があったと聞く。

吉田都さんのバレリーナキャリアだけを聞くと、そうなってもおかしくない人である。
9歳でバレエを始め、17歳の時のローザンヌ国際バレエコンクールでのローザンヌ賞受賞、英国バレエスクールへの留学、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤルバレエ団への入団、わずか4年でプリンシパルに昇格、世界三大バレエ団のひとつ英国バレエ団への移籍。
いずれも、吉田さんの類まれな才能を見抜いた人達が、引き立て、背中を押してくれた道であった。
小さい頃から思い描いていた夢を叶えた、というよりは、大好きなバレエに打ち込んでいたら、自ずと道が拓かれてきた、という感覚のようだ。
まぎれもなく「天賦の才」に恵まれた人の人生である。

にもかかわらず、吉田都さんの「普通の人」感覚はどうであろう。
体格もけっして大きくはない。普段着を着て外を歩けば、すっと街に溶け込んでいくだろう。話し方もフラットで、「世界で戦ってきました！」という力みのようなものを感じさせない。
慣れない夕学の場を前に、緊張して、口数が少なくなる。終わるとホッとしたように笑顔が戻る。
どこまでも「普通な人」である。

きっと、その「普通の人」感覚が、吉田さんの「天賦の才」を花開かせた理由なのかもしれない。
普通の人と同じように緊張し、普通の人と同じように他者の声に耳を傾ける。自分の強みと弱みを冷静に分析して、足りない部分を謙虚に埋めようと努力する。
普通の人と同じようにホームシックにかかり、ファンの温かい声援を力に変えられる。
「普通の人」感覚があればこそ、世界の才能が集まる英国ロイヤルバレエ団で、10年以上に渡って、プリンシパルを務めることができたのではないか。
そんな気がしてならない。

いま、英国ロイヤルバレエ団には5人の日本人バレリーナがいるという。吉田さんがパイオニアとして切り拓いた道を受け継ぐ後輩達である。
日本のちょっとした街には、バレエ教室がある。公演を打てるバレエ団がこれほど多い国は珍しいという。世界中からバレエ団がやって来て、ファンの目も肥えている。

しかし、プロのバレリーナが、バレエだけに打ち込める環境にはなっていない。練習場、身体のメンテナンス、専門の医師etcさまざまなサポート体制を確保することは、吉田さんであっても苦労することが多いという。

バレリーナ人生の終幕を日本で迎えるために戻ってきた吉田さんの眼前に広がる光景は、必ずしもバラ色とは言えないようだ。
しかし、その困難を与件として受け止め、その中で何が出来るかを考えるという「普通の人」感覚が、吉田さんにはあるはずだ。
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    <title>簡単にわかった気になってはいけない　川田順造さん</title>
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    <published>2012-01-20T03:01:30Z</published>
    <updated>2012-01-26T03:49:36Z</updated>
    
    <summary>「ルビンの壺」と呼ばれる錯視図形がある。企業研修で、モノの見方・考え方の多様性を...</summary>
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        <![CDATA[「ルビンの壺」と呼ばれる錯視図形がある。企業研修で、モノの見方・考え方の多様性を促す比喩として使われるので、ご存じの方も多いであろう。
<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%B3~1-thumb-autox420-141.jpg"><img alt="ルビン~1.JPGのサムネール画像" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%B3~1-thumb-autox420-141-thumb-200x215-142.jpg" width="200" height="215" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a>
「ルビンの壺」の原理は、地と図の転換である。
視点を地の部分（上記でいえば黒い部分）に置けば、向き合った人間の顔に見えるし、図の部分（白い部分）に視点を落とすと壺に見える。

「日本とはどういう国か、日本人とはどんな人間か」という問いもこれに近いもの、というより、「ルビンの壺」を二次元ではなく、三次元、四次元にまで複雑化したものと言えるかもしれない。
これが日本的と思っていることも、視点を変えて観察してみると、異なった絵姿に見えてくる。
「日本とはこういう国です」「日本人とはこういう人間です」
ということを簡単に言えるほど単純なものではない。
川田先生の話を聞いて、つくづくそう思った。
<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_593.jpg"><img alt="photo_instructor_593.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_593-thumb-150x180-144.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a>

日本のグローバル化は、その逆説的効果として、「自分達は何者か」を語ることを要請する。かつては、ひと握りの知識人に任せておけばよかった日本と日本人に関わる説明責任を、われわれ普通のビジネスパースンも担わねばならなくなった。その必然として、日本と日本人の深層に対する関心は高まっている。
そんな問題意識もあって、agoraではこんな講座も開催したほどだ。
<a href="http://www.sekigaku-agora.net/course/taguchi_yoshifumi2011b.html">『田口佳史さんに問う【東洋思想と日本文化】』</a>

今回の夕学も、「人類学の知見から見た日本論」というビッグピクチャーを見せてくれるのではないかという素人発想の期待を持っていた。

そんな期待を見事に裏切ってくれた。
「簡単にわかったような気になってはいけない」
川田先生に、そうたしなめられたような気がする。

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        川田先生は、ご自身のフィールド調査の知見を交えて、「日本的なるもの」の地と図の転換例を示してくれた。

代表的な日本人気質として挙げられのは、「ムラ社会、団結力、同質性、共同に強い、骨身を惜しまず働く、ひとつの土地に執着する、排他的等々」といったものであろう。
これらは、良くも悪くも「米」に執着してきた社会が培ってきた特徴である。

つい150年前まで、日本は「米経済システム」であった、藩の財政規模も、武士の報酬も全て米に換算して評価された。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」には「一日に玄米四合と、味噌と、少しの野菜を食べ....」という一節がある。庶民も、米をたらふく食えることが、なによりの幸せであった。

稲作は、人を土地に縛り付ける。狭い土地を究極まで活用し、皆で力を合わせて、手間ひまかけて、生産性を高めることを求める。
こんにち、「日本的なるもの」と呼ばれている多くの特質は、稲作に執着することによって形成された。

しかし地と図を転換すれば、稲作が伝わる前の縄文人＝原日本人は、そうではなかったとも言える。
川田先生は言う。
「縄文人は、もっと平和的で、おおらかで、力強かった」

獲物を求めて野山を駆け回っていた縄文人の身体的特徴は「エクステンション的」であったという。腕力が強く、上半身に重心をかける生活行動をしていた。
原日本人＝縄文人の特徴を受け継ぐ、アイヌや沖縄の伝統的な生活様式を研究してみると、エクステンション的な身体の使い方が散見される。
弥生人の血が濃い本土の人々が、足腰の重心を置くプル型の生活行動をしていたのとは明らかに異なる。

「アイヌや沖縄の生活行動は、フランスの田舎に近い」
フランスで10年近く滞在研究を行ってきた川田先生の見立てである。
機械が導入される以前の荷物の背負い方、農作業の仕方を調べると、アイヌや沖縄の人々とフランスの農夫は、いずれも上半身の重心を置き、腕力を使って田畑を耕していたという。

つまり原日本人＝縄文人は、ガリヤと呼ばれ、未開の蛮族の地とされたローマ時代の大陸欧州と共通する生活様式を持ち、価値観をもっていたのかもしれない。

川田先生は、18年前フランス政府から教育・文化功労賞を授与された。
その受賞スピーチで、こう語ったという。
「日本人は、フランスの良い部分、綺麗な部分、煌びやかな部分だけを見てきた。しかしフランスもひとつではない。片田舎の農村の暮らしを丹念に観察すれば、また異なった姿も見えてくるはずだ。」

日本を語ることが簡単ではないように、外国を理解することもまた簡単ではない。

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    <title>マーケティングとはマッチングである　　池尾恭一さん</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.keiomcc.net/cgi-bin/mt5/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=2271" title="マーケティングとはマッチングである　　池尾恭一さん" />
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    <published>2012-01-17T08:34:40Z</published>
    <updated>2012-01-18T08:43:51Z</updated>
    
    <summary>随分と昔のこと、マーケティングの勉強を始めた頃に、コトラーのマーケティングの定義...</summary>
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        <name>shirotori</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_597.jpg"><img alt="photo_instructor_597.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_597-thumb-150x180-139.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>随分と昔のこと、マーケティングの勉強を始めた頃に、コトラーのマーケティングの定義を丸暗記したことがある。

「マーケティングとは、顧客のニーズや欲求を満たすために、製品・サービスの交換と価値の創造を行うプロセスである．．．」

というような文言ではなかったか。
これみよがしに会議で話したところ、「要するにどういうことなん？」と突っ込まれて、しどろもどろになった記憶がある。

いまなら、もう少し上手に言うだろう。
「マーケティングはマッチングですよ」と。
顧客のニーズと製品の機能を結びつけ、価値を産み出すこと。それがマーケティングである。

かつて、マッチングはきわめて属人的な機能であった。
日本であれば、富山の薬売りに代表される回遊型商人であり、米国であれば、幌馬車で大陸を廻る隊商の人々がマッチングを担っていたと言える。
どこそこの地域の人々は何を望むのか、どこそこにはどんな名産や技術があるか、両者を的確に把握し、マッチングすることで商売が成り立った。

マッチングの役割は、やがて問屋へと移り、工業化とともにメーカー主導型の販売代理店がその機能を引き継ぎ、いまは顧客に寄り添う購買代理業的な存在がメインプレイヤーになっている。
本質が「マッチング」であることは変わらない。

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        <![CDATA[池尾先生によれば、マッチングとしてのマーケティングには、大きく二つの極がある。
ひとつは、ターゲット顧客を起点にした極。「オープン型マッチング」である。
池尾先生は具体例としてアスクルを挙げることが多い。
プラスの別会社として事業を始めたアスクルが、成長軌道に乗った理由のひとつは、顧客ニーズに応えるために、プラス以外のＮＢ商品や文具以外の商材を扱いはじめたことにある。　他メーカー品を併売して多様なニーズに応えつつ、一番儲かる商品を自社ＰＢで抑える。そのバランスの妙がアスクルのコアコンピタンスである。

もうひとつは、シーズ（希少性にある技術）を起点にした極。「開発力協調型マッチング」である。
池尾先生は、新潟燕市の研磨加工技術の例を挙げたが、私は、昨年夕学に来ていただいた元グー-グル日本法人代表の辻野晃一郎さんがはじめた「<a href="http://www.alexcious.com/products/">ALEXCIOUS</a>」というビジネスを想起した。
九谷焼で作ったワイングラス、漆で描いたネールチップ、曲げわっぱのランチボックス、和紙のスタンドグラスetc。日本の伝統工芸が守ってきた職人技に価値と競争優位性を見いだし、「グローバルマーケットに売る」というターゲティングの革新性と組み合わせることで、イノベーションを目指そうというものだ。

「オープン型マッチング」と「開発力協調型マッチング」、二つの極の間のどこに軸足を置くかということがマーケティング戦略の根幹になる。
更に言えば、いずれの場合にも、ＩＴ技術の使い方が決め手になる。

池尾先生は、ネット販売の特性として「98％の法則」を紹介してくれた。
デジタル・ジュークボックスに入った一万枚のアルバム中、三ヶ月間に少なくとも一曲は売れたアルバムの数は98％。
人の好みは実にさまざま、ロングテールは想像以上に長いようだ。やり方次第では「しっぽ」だけもビジネスが成り立ちうる。

もちろん、ネットマッチング特有の問題もある。最近起きた「食べログ」やらせ問題のように、不届き者の参入を入口で排除するのが難しい。
サイト側でも監視を強化しているが、中央制御には限界があるだろう。
その代替機能としてソーシャルメディア等の「集合知」による選別効果が期待されているが課題も残っているのが事実であろう。

ネットマッチングにおいて、ＩＴ技術が生きるもうひとつの分野が、顧客データベースの精緻化である。
かつて、富山の薬売り達は「大福帳」と呼ばれる顧客管理・購買管理台帳を大切に受け継いできた。高額売買されることもあったと聞く。現代の「大福帳」はＩＴ化によって、もっと精緻に、大規模に、便利になった。いまや消費者の個別識別・個別対応が可能にあった。

これによって、熟練した営業マン、販売員にしか任せられなかった、顧客を見極めたうえでの値引きや大胆なサービスの付与が可能になる。

そう考えると、ネット時代のマッチングビジネスが、まだまだ黎明期であることがわかる。
出来たらいいなあ。　出来るかもしれない。　ということがたくさんあるが、実際に出来ていることは少ない。だからこそビジネスチャンスがある。

変化は、終わったのではなく、渦中である。
しかも、これからの変化は、これまでの変化より大きく、そして加速される。

先週お聞きした夏野さんの話が改めて思い起こされた。
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    <title>変化は、終わったのではなく、渦中である　 夏野剛さん</title>
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    <published>2012-01-12T02:52:23Z</published>
    <updated>2012-01-14T03:04:11Z</updated>
    
    <summary>夏野剛さんが、夕学に登壇されるのは3年振り（2008年10月以来）である。 20...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_596.jpg"><img alt="photo_instructor_596.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/photo_instructor_596-thumb-150x180-137.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>夏野剛さんが、<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2008/10/5_1.html">夕学に登壇されるのは3年振り（2008年10月以来）</a>である。
2008年10月というのは、夏野さんがＮＴＴドコモを退社して4ヶ月、iPhone3Gが日本で発売されて3ヶ月というタイミングであった。

当時、「ガラケー」という言葉が盛んに喧伝されていた。
日本という特殊な環境に適応すべく、高度に進化してしまったばかりに、世界のマーケットニーズに適合しない。日本企業の視野狭窄性、閉鎖性を象徴するビジネスモデルとして、「ケータイ」の将来性には疑問符がつけられていた。
iモードを世に送り出し　ガラケー化の先鞭をつけたと言われた夏野さんには、過ごし心地のよい時期ではなかったのかもしれない。
あの時の夏野さんには、表層的な事象をみて、後付けの理屈を使って、もっともらしく「ケータイ」を論じる世の中の風潮にモノ申したいといういらだちがあったように思う。

「ケータイに出来ることはまだまだたくさんある」
Iモードが出来てまだ10年しか経っていない。ＩＴ革命の恩恵は、大企業を中心としたビジネス界とネットを所与に成長してきた若者層にすこし広がっただけ。まだまだ未開拓領域が圧倒的に大きい。「ケータイの未来」は無限に近い。
それが3年前の夏野さんのメッセージであった。

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        <![CDATA[改めてその時のブログを読み直してみると、「ケータイの未来」を予測するキーワードとして夏野さんが語ってくれた言葉のひとつが目に留まった。

<strong>「For Ordinary People」
全てはフツーの人々のために。高機能化がユーザーのオタク化を招いたらダメ。iPhoneはその先駆として素晴らしい道を示してくれた。</strong>

いまにして思えば、見事な慧眼であった。
当時、iPhoneがここまで浸透すると確信していた人は多くはなかったろう。スマーﾄフォンという言葉さえ一般化はしていなかった。

あれから3年、ケータイは大きく変わった。
11月の実績では、携帯電話全体の販売台数に占めるスマートフォンの割合は7割を越えたという。しかもなお急増中である。

<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/20111110keitai_01.gif"><img alt="20111110keitai_01.gif" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2012/01/20111110keitai_01-thumb-300x250-133.gif" width="300" height="250" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a>


ガラケーからスマフォへというメインプレイヤーの変化は、単なる機種の世代交代ではない。
<strong>電話の延長上であった「ケータイ」から、ＰＣの延長線上にある「ケータイ」へという業界構造パラダイムチェンジである。</strong>
夏野さんは、そう断言する。

・テクノロジーは、通信技術ではなくＰＣ技術に
・業界の覇権者は、通信業者、端末メーカーからAppleとグーグル（アンドロイド）に
・ビジネスモデルは水平分業から垂直統合へ
・発展の方向性を決めるのは、業界の都合や思惑からユーザーニーズへ
業界の力学、モデル、発展の方向までも変わってしまった。

これは、日本だけでなく、世界規模で起きたことである、日本のガラケーもダメになったが、3年前に繁栄を謳歌していたNOKIAも青色吐息になった。

夏野さんが語る近未来の予測は次のようなものだ。
<strong>まもなく、モバイルとＰＣは実質上完全融合する。
デバイスの主役はソフトではなく、ブラウザーになる。
ケータイ、モバイルＰＣ、タブレット端末の壁はなくなるだろう。</strong>

要は、インターネットをどう使うかというシンプルな課題に戻っていくことのようだ。15年前インターネット黎明期に予告された「いつでも、だれでも、どこでもネットに繋がる」という環境が、より一層、しかも急速に進化するということだ。

Iモードは、ケータイをネットにつなげることで通信トラフィック量を増やした。
Googleは、利用者をひたすら増やすことに邁進し、webサービスの広告収入を極大化している。
Appleは、端末からサービスまでの一体型垂直統合で、ユーザーを囲い込んでいる。
「インターネットをどう使うか」ということは、「どんなものをつくるか」ではなく、「何で儲けるか」という発想としかけづくりの勝負である。

<strong>変化は、終わったのではなく、渦中である。
しかも、これからの変化は、これまでの変化より大きく、そして加速される。
変化に適応して自分を変えていくのか、適応するのを放棄して田園暮らしに帰るのか。</strong>国家も、企業も、個人も、その選択を迫られている。

夏野さんが突きつける問い掛けは、前にもまして過激になった。
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    <title>森は、いのちの生産工場である　　宮脇昭さん</title>
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    <published>2011-12-20T02:45:20Z</published>
    <updated>2011-12-27T02:09:44Z</updated>
    
    <summary>宮脇昭氏　83歳、世界各地で植樹を推進する現場主義の植物生態学者である。 「木を...</summary>
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        <name>shirotori</name>
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        <category term="00100000現在の夕学五十講" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[<img alt="photo_instructor_592.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_592.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />宮脇昭氏　83歳、世界各地で植樹を推進する現場主義の植物生態学者である。

<strong>「木を三本植えれば、"森"に、五本植えれば"森林"になります。まずは出来ることからはじめましょう。あなたの家族、あなたの子孫のため。いのちの森を育てましょう」</strong>

小さな身体から、湧くが如くに迸りでる言葉にはとにかく説得力がある。
そうやって、賛同者を募り、国や企業を説得し、国内外1700カ所以上で植樹指導をしてきた。植えた樹木は4000万本を越えるという。

宮脇方式はシンプルな原理である。
<strong>「潜在自生植生」にこだわる</strong>
「鎮守の森」等、僅かに残る痕跡を探り、その土地に本来生えていた自然の樹木を見つけ出す。その樹木のドングリを拾い集め、発芽させて小さな「ポット苗」を作る。しかも一種ではない、複数種の「ポット苗」を作り混植して、競わせる。

<strong>深く根が張る土壌づくり</strong>
植えるべき場所の土を掘り返し、ガレキと混ぜて、ホッコリとしたマウントをつくる。これにより根は隙間を探して深く伸び、呼吸がしやすくなる。

<strong>森の当事者と一緒に植える</strong>
実際に植えるのは、森の当事者でなければならない。社長や行政のトップが、「ポット苗」を持ち、子供達や市民・社員と、人が足りなければ宮脇先生が組織するボランティアと一緒に植える。これによって「自分たちの森」になる。

わずか30センチほどの苗木が、2～3年で人の背丈ほど、10年もあれば十数メートルの森に育つ。その間、ほとんど手入れを必要としないという。

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        <![CDATA[宮脇方式を使って、<a href="http://www.nsc.co.jp/eco/warming/forest.html">新日鉄は国内の製鉄所の周囲に森を作ってきた</a>。<a href="http://www.toyota.co.jp/jpn/sustainability/social_contribution/society_and_culture/v_forestation/">トヨタは海外で宮脇方式のよる植樹を進めている</a>。

宮脇先生は、このメソッドで、津波の被害を受けた東北沿岸部に<a href="http://www.iges.or.jp/en/news/event/isap2011/pdf/day1/Miyawaki.pdf">「森の防波堤」</a>をつくろうという活動を始めている。
幅10メートル以上の帯状の土地を掘り返し、震災で出たガレキと土と混ぜてマウントをつくる。そこにタブノキ、シイノキ、カシノキ等の常緑広葉樹を植える。タブ、シイ、カシはいずれも深根性、直根性の樹木で、地中深く根を伸ばし、ガレキを重しとして包み込んで頑強に根を張るだろう。
高さ30メートルに育てば、「森の防波堤」が完成する。万里の長城のごとくに沿岸を回らせれば、いつか再び襲ってくるかもしれない巨大津波をクッションのように吸収するはずである。しかもほとんど手入れは必要としない。

宮脇先生によれば、先史時代の日本列島には、東北南部から関西まで、幅広い地域に渡って沿岸の平野部にタブ、シイ、カシの常緑広葉樹が生い茂っていた。内陸の高地にはブナやナラが密集し、松や杉などの針葉樹は、険しい岩山や尾根筋にわずかにあるだけであった。日本人は、照葉樹林に覆われた森林山岳で暮らす民であった。

海岸の白砂青松も、街道の杉並木も、里山の雑木林も、現在、我々が守るべき対象とされている自然は、人間が作ったもので、本来の姿ではない。維持するのに手間やお金がかかる。だから守られなくなったとも言える。

本来の森は、人間が守らねばならぬほど「やわ」なものではなかったようだ。宮脇方式で出来た自生植生森は、ほとんど手入れを必要としない。多層群落というバイオダイバーシティの中で複数の樹木が混ざり、競い合って自生している。
人間がつくった森よりも、逞しく生命力に満ちている。

自生植生の森は、生態系の生産工場でもある。昆虫、動物を育み、腐葉土の養分が溶け込んだ川の流れは魚を育てる。二酸化炭素や酸素を生産し、数十万年単位で見れば、石炭・石油といった化石燃料さえも製造してきた。森は<strong>「いのちの生産工場」</strong>であった。

森の製造物のひとつでしかなかったはずの人間が、文明的な生活を営むために、自生植生森を壊滅してしまった。
だとすれば、新たに森を育て直す責任は人間にある。それは後世のために、いのちを育てることでもある。

「木を三本植えれば、"森"に、五本植えれば"森林"になります。まずは出来ることからはじめましょう。あなたの家族、あなたの子孫のため。いのちの森を育てましょう」
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    <title>歌人が語る歌人の妻　永田和宏さん</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.keiomcc.net/cgi-bin/mt5/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=2228" title="歌人が語る歌人の妻　永田和宏さん" />
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    <published>2011-12-15T03:54:18Z</published>
    <updated>2011-12-20T03:12:59Z</updated>
    
    <summary>「二足の草鞋」、しかも、いずれも、とびっきりの「金草鞋」をはく心境は、一足の草鞋...</summary>
    <author>
        <name>shirotori</name>
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    </author>
    
        <category term="00100000現在の夕学五十講" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[<img alt="photo_instructor_595.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_595.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />「二足の草鞋」、しかも、いずれも、とびっきりの「金草鞋」をはく心境は、一足の草鞋も満足にはけない我々凡人には想像しにくいことである。
古くは、森鴎外（陸軍軍医総監と小説家）、少し前までなら堤清二（経営者と小説家）、今なら石原慎太郎（政治家と小説家）が二足の草鞋の先達であろう。

前三人ほどの派手さをないものの、細胞生物学者と歌人という二つの金草鞋をはいてきた永田先生の40年は、凡人には分からない葛藤を抱えるものだったという。
同僚やライバルからの冷たい視線、自分自身のうしろめたさとの戦いであった。

それでも短歌と科学の両方の道を歩んできたのは、二つの道を歩くことで、一方の道を行く自分を相対化できたからだと、永田先生は言う。
ひとつの道で立ちすくんでいても、もうひとつの道では前に進んでいる。落ち込んではいられない道がもうひとつあり。
それが、永田先生の力になってきた

いまひとつの理由は、昨年夏に亡くなられた妻、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E9%87%8E%E8%A3%95%E5%AD%90">河野裕子さん</a>の存在であろう。（ちなみに永田先生は講演中に、妻は、とは言わずに「河野」と呼ぶ。ここでも相対化が出来ている）
永田先生にとって河野裕子さんは、恋人、妻、歌のパートナー、ライバル等々多義的な意味を持つかけがえのない存在であった。

ふたりが終生にわたって交わした相聞歌は、互いに500首近くに及ぶという。

<strong>きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり</strong>
<div style="text-align: right;">（永田和宏）</div>
<strong>たとへば君　ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか</strong>
<div style="text-align: right;">（河野裕子）</div>
世の中を見る際の座標軸として、夫（永田さん）に全幅の信頼を寄せつつ、現代短歌の旗手として夫よりも早くに世に出た妻（裕子さん）を、永田さんは慈しみ、歌人として、目標にして生きていた。

]]>
        <![CDATA[10年前に見つかった裕子さんの癌は、二人の関係に大きな揺らぎを与え、それゆえ強い絆を結ぶことにもなった。

<strong>何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない</strong><div style="text-align: right;">（河野裕子）</div>
<strong>一日過ぎれば一日減ってゆく君との時間もうすぐ夏至だ</strong>
<div style="text-align: right;">（永田和宏）</div>
命の終わりを意識化したことと、歌人としての立場が逆転するのではないかというあせりから裕子さんのこころは不安定となり荒れる日々が続いたこともあった。細胞学者として癌の恐ろしさを知る永田先生も、それ以上の不安定状態に陥った。
その不安定さをも歌に詠み合うことで、歌人夫婦の関係は更に深いものになっていたようだ。

<strong>今日夫は三度泣きたり死なないでと三度泣き死なないでと言ひて学校へ行けり</strong>
<div style="text-align: right;">（河野裕子）</div>
<strong>歌は遺（のこ）り歌に私は泣くだらう　いつか来る日のいつかを怖る</strong>
<div style="text-align: right;">（永田和宏）</div>

裕子さんが死に際して願ったのは、妻であり母として死にたいということであったという。
にもかかわらず、死ぬ間際まで歌を作った。
「死ぬまで歌を作るのが歌人だ」という夫の言葉に従おうとしたのかもしれない。裕子さんにとって、永田さんは、最後まで人生の座標軸であり続けた。

裕子さんは、息をするように、最後の最後まで歌をつくった。
それが、自分が自分らしくいられることであり、妻であり母であることであった。
永田さんはいま、そう振り返っている。

<strong>手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が</strong>
<div style="text-align: right;">（河野裕子）</div>

歌人河野裕子の最高傑作として永遠に残るであろう一首をつくり、「これでよし」の一言を残して裕子さんは息を引き取った。

永田さんは、言う
「いま私に出来ることは、「河野」のこと、「河野」の歌を憶えていてあげること、そのために語り続けること、そしてなによりも長く生きることです」

亡き妻を「かわの」と呼びし歌人をり その哀しみにペンは凍れり

最後は駄作である。


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<img alt="51BCh6PadFL__BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/51BCh6PadFL__BO2%2C204%2C203%2C200_PIsitb-sticker-arrow-click%2CTopRight%2C35%2C-76_AA300_SH20_OU09_.jpg" width="300" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />]]>
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    <title>哲学の遠望鏡で現代を見る　　竹田青嗣さん</title>
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    <published>2011-12-13T10:56:07Z</published>
    <updated>2012-01-11T07:10:17Z</updated>
    
    <summary>この仕事をやっていると、「これは秀逸だなぁ」と感心する講演タイトルに出会うことが...</summary>
    <author>
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        <category term="00100000現在の夕学五十講" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[<img alt="photo_instructor_591.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_591.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />この仕事をやっていると、「これは秀逸だなぁ」と感心する講演タイトルに出会うことがある。
今回の「哲学の遠望鏡で現代を見る」というタイトルはその典型と言えよう。
現代とはどういう時代なのか、哲学という思考ツールを使って考えてみよう。それが今回のテーマであった。

竹田先生がこのタイトルを付けた理由のひとつには、近代哲学と近代社会の関係性があるようだ。

<strong>「近代哲学が近代社会のブループリント（青写真）を描いた」</strong>

竹田先生は、そう言う。
近代を語る代名詞としてあげられる「資本主義」「民主主義」「自然科学」は、いずれも近代哲学から生まれ落ちた。デカルト、ホッブス、ルソー、カント、ヘーゲル等がいなければ存在しなかったかもしれない。

しかして視線を現代に転じた時、現代社会の基底となる「哲学」はあるだろうか。
脱近代が叫ばれて久しいにもかかわらず、そこにはブループリントと呼べるものがない。
講演タイトルは、いまこそ、現代社会のブループリントたりうる「哲学」が必要だ、という竹田先生の問題意識の裏返しである。

竹田さんの考える<strong>「哲学」とは、絶対真理・究極原因の探求ではない</strong>。<strong>社会の「共通理解」を創出するための思考の「原理」である</strong>。
絶対真理は、宗教教典のごとくにアンタッチャブルな存在だが、「原理」は、時代に合わせて絶えず前に進むべきものだ。スパイラルに進化するものである。
「哲学」とは、オープンな議論のテーブルで揉まれて、民族・文化の枠を越え、その時代の世界を説明する言語ゲームである。

]]>
        <![CDATA[さて、竹田先生は、現代という時代は、歴史上5つめのエポックを迎えていると言う。農耕の開始（1万年前）、世界宗教の誕生（2千年前）、近代社会（2百年前）先進国協調体制（70年前）に続く、五つ目のエポック＝「現代社会の困難」（2001 9.11から）の渦中にあるという認識である。
エポックをくぐる度に人間社会は混乱し、戦争によってそれを治めようとしてきた。
部族間闘争、宗教戦争、帝国主義の戦争、東西冷戦と続き、いまは経済戦争を戦っている。

経済戦争は、物理的な被害や対立軸が見えないだけに、その被害は加速度的に広がりつつある。いまこそ、現代社会のブループリント足りうる新しい「哲学」が求められている。

近代哲学が育んだのは、<strong>「相互承認と自由」の原理</strong>であった。
その有効性はいまも変わらないと竹田先生は言う。

必要なのは、「相互承認と自由」の原理を、マネーが瞬時に世界を駆け巡る時代、限られた資源を巡って最後の争奪戦がはじまろうとする現代の文脈に乗せて、編み直すということであろう。

近代が生んだルール（資本主義、民主主義、科学技術）の制度疲労や暴走は誰の目にも明らかになった。
いまこそ、「新たな相互承認」と「新たな自由」の原理と、それに沿った新しいルールが必要である。


この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
・<a href="http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月13日-竹田-青嗣/">http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月13日-竹田-青嗣/</a>]]>
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    <title>アリが教えてくれるもの　　　長谷川英祐さん</title>
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    <published>2011-12-09T13:49:48Z</published>
    <updated>2011-12-20T03:09:26Z</updated>
    
    <summary>遺伝子工学がもたらした成果のひとつは、「地球上のあらゆる生命体は、共通の祖先を持...</summary>
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        <category term="00100000現在の夕学五十講" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[<img alt="photo_instructor_590.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_590.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />遺伝子工学がもたらした成果のひとつは、<strong>「地球上のあらゆる生命体は、共通の祖先を持つ（起源はひとつ）」</strong>という事実を明らかにしたことにある。

DNAの暗号解読研究によって、目に見えない微生物も、大海原を泳ぐクジラも、大腸菌もヒトも、まったく同じ遺伝子暗号を使っていることが分かった。
地球上のあらゆる生命体は、同じ生命から枝分かれしていった。38億年前の生命誕生時に遡れば、同じ親を持つ兄弟である。

それを本能的に知っていたのか否か、人類は有史以来、他の生命体の形態や振舞いから多くのことを学んできた。
武術家は動物の動きから新たな技を考案し（ツバメ返し）、発明家は熱帯の植物の形状にヒントを得てグライダーを作った。災害ロボットのメカニズムは、へびの動きを参考にしていると言われる。

アリ、ハチといった集団（コロニー）を作って生きている社会性昆虫の生態を研究している長谷川先生の話を聞くと、アリの生態を知ることも、人間社会にとって、実に示唆的だということがわかる。

例えば長谷川先生はこのように言う。

<strong><big>個体の利益を最大化できない集団（コロニー）は滅びる。</big></strong>

アリに限らず、およそすべての生命進化の大原則は、<strong>「生き物は、個体の利益を最大化する」</strong>ことにある。
アリやハチも、他者のために、自分が犠牲になることはない。
巣を襲う外敵に立ち向かう無数の働きハチの映像は、一見すると、他者のため我が身を犠牲にしているかのように見えるけれども、実は、彼らは自分のために戦っている。
「自分たちの遺伝子を後世に残す」という利己的な本能に忠実なだけなのだ。

ハチの集団（コロニー）は、親である一匹の女王とその子供である多くの働きバチたちで形成されている。彼らは、ハチという種を守っているのではない。自分たちと同じ遺伝子を持つ家族を守ることで、自分たちの遺伝子をより多く、効率的に残そうとしているのである。
利他的行動と利己的本能が一致することで、アリの集団は維持されている。

彼らは、人間のように、歴史や文化といった抽象概念を共有する組織（国家や会社）のために身を犠牲にすることはない。人間が作りだした美しき倫理は、生命の原則には一致しない。

]]>
        <![CDATA[長谷川先生によれば、アリの集団（コロニー）には、突然変異的に、集団への貢献活動を一切しない、過度な利己的個体も出現するという。（この点は人間と似ている）
英語の「だます（cheat）者」の意から、組織チーターと呼ばれている。
組織チーターが出現してしまった時、集団内には健全なアリたちによる相互監視システムが機能して、皆で組織チーターを排除しようとする。
しかし、排除に失敗した集団は、組織チーターに侵食され尽くし、集団そのものが滅んでいく。身につまされる話である。


あるいは、長谷川先生は次のようにも言う。

<big><strong>現在の効率を最大化することと長期的な集団の存続を両立することは出来ない。</strong></big>

アリの集団（コロニー）を入念に観察すると、ほとんど働かないアリが一定割合存在していることがわかる。彼らは、組織チーターのように、働こうとしないのではない。働き者のアリたちに、先に仕事を奪われてしまうのだ。
目の前に必要な仕事が発生した時に、即座に反応して働きだす速度には固定により差があるという。これを反応閾値と呼ぶ（低いほど働き者）
反応閾値の高いアリは、働こうにも働けず（働く機会がなく）ウロウロとして日々を過ごす。

なぜ、彼らは存在しているのか。
全員で一斉に働く方が短期的には組織効率は上がるはずである。えさも多く採取できるし、巣の中も綺麗になる、卵も多く育てられる。しかし、そうはなっていない。

長谷川先生は、この理由を「疲労モデル」を使って説明している。
全員が一斉に働いて、全員一斉に疲れると急激に効率が落ちる。全員が疲れて、労働効率が落ちると集団の維持には危険が増す。一定の稼働が継続的にあることが集団の維持には不可欠なのだ。

だとすれば、いざという時のために、控え要員を抱えておく必要がある。
働かないアリは、そのためにいる。つまり集団の長期的な存続のために働かないでいるのである。
実験によれば、よく働くアリがいなくなれば、働かないアリも働き出すという。けっして根っからの仕事嫌いというわけではないのだ。

短期の集団効率の最大化と、長期的な集団の持続性は両立しない。
アリは、長期的な集団存続を優先して、働かないアリを抱えておくという非効率性を抱えているのだ。

さて、人間がやっていることはどうだろうか。
組織の論理を掲げて、個人に犠牲をしいてはいないだろうか。
過度な利己的人間が増殖し過ぎて、社会がそれを制御できなくなってはいないだろうか。
現前の利益を優先することで、長期的な利益を失ってはいないだろうか。

小さなアリが教えてくれることは、深くて重い。


この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
・<a href="http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月9日-長谷川-英祐/">http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月9日-長谷川-英祐/</a>

この講演では感想レポートコンテストへの応募を2件いただいています。
・<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-report/archives/2011/1215_112854.html">「理屈ではなく自然科学のすごさを実感」（つるみじんさん／会社員（営業職）／５０才台後半／男性）</a>
・<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-report/archives/2011/1219_121751.html">「地表のフラクタル　～アリとヒトをつなぐもの～」（白澤健志さん／会社員／42歳／男性）</a>]]>
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    <title>「制約」の上手な使い方　　本田直之さん</title>
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    <published>2011-12-08T03:38:15Z</published>
    <updated>2011-12-14T08:39:26Z</updated>
    
    <summary>私は、書店で過ごす時間が長い。丸善丸の内店には、週に2～3度は立ち寄り、時間があ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[<img alt="photo_instructor_589.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_589.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />私は、書店で過ごす時間が長い。丸善丸の内店には、週に2～3度は立ち寄り、時間があれば2時間近くいることもある。
当然ながら、この数年、書店での本田直之著作本の存在感には気づいていた。「レバレッジシリーズ」は次々と刊行され、どれもよく売れているようだ。

しかし、本を手に取ることはあっても、買うことはなかった。
「できるだけ少ない労力で、より多くのリターンを得よう」というレバレッジの考え方には違和感があった。
私は、「投じたエネルギー量の多さが達成感に比例する」という古いタイプの考え方を持つ人間である。（むしろ、本田さんの奥さんの価値観に近いかもしれない）

今回は、「是非、呼んで欲しい」という元スタッフの熱望もあって、違和感の正体を確かめるのもよいかもしれないと思った次第である。

一年間のうち、6ヶ月をハワイで、4ヶ月を東京で、2ヶ月は世界を廻って過ごすという本田さんのライフスタイルは、多くの人が思い描く夢の体現者である。
そのライフスタイルをつかみ取るために本田さんがこだわったのは「制約にしばられない」ことだったという。
　「時間」「場所」「人」「お金」「働き方」「服装」「思考」
私たちの仕事、生活、モノの見方・考え方をしばる、さまざまな「制約」を取っ払う生き方である。

では、どうすれば「制約」から逃れられるのか。
「考え方」「スキル」「実践方法」の３つの切り口で提示してくれた、本田さんの体験的方法論が、講演のキモに当たる部分であった。

最初は中国古典の「荘子」によく似ているな、と思った。
「多くのものにとらわれて、不自由に生きている自分を発見せよ」
「不自由を脱ぎ去ることをせよ」
「こだわりを捨て、かみしもを外せ」
それが「荘子」のメッセージである。

本田さんの口からも、「捨てる」「減らす」「止める」「使わない」「持たない」「残さない」といったキーワードが次々と出て来た。

でも少し違う。
本田さんは、絶対自由の境地を求め、隠遁的な「無」を生きようとはしていない。
アイアンレースはやるし、ワインも大好き、ペンには凝るし、ファッションにもこだわりがありそうだ。
断じて「無」ではない。

荘子は、全ての「制約」から自由になることを希求したが、本田さんは違う。
実は「制約」を上手に使っているのではないか。
複業を持つという「制約」、留学時代に1日2.5ドルで生活しようと決めた「制約」、タイムマネジメントという「制約」etc。
本田さんの人生や生活には、自分をドリブンするための「制約」がいくつも埋め込まれているようだ。

本田さんが捨てたのは、他者が決めた「制約」、自分にはストレスになる「制約」である。そして、それらを捨てた代わりに、自分で決めた「制約」、自分にとって意味のある「制約」を取り入れている。
「制約」に動かされるのではなく、「制約」を使って自分を動かしている。
本田さんにとって、重要なのは、「制約」を自分で決めること、自分で使うことではないだろうか。

そう考えると、本田さんの生き方は、エドワード・L・デシが説いた「内発的動機づけ」の理論にピッタリと一致する。
何事も自分で決めるという感覚（自己決定感）
こうすれば上手くやれるという感覚（有能感）
「内発的動機づけ」に必要なのは、この二つの感覚を得られるかどうかだとデシは言う。
本田さんの生き方は、まさにこれである。

違和感の正体を確かめようと聞き始めた話であったが、いまは、違和感が随分と的外れであったなぁと反省している。


この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
・<a href="http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月8日-本田-直之/">http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月8日-本田-直之/</a>]]>
        
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    <title>工藤公康氏のＤｅＮＡ監督就任騒動に思う</title>
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    <published>2011-12-06T10:54:05Z</published>
    <updated>2011-12-07T09:10:09Z</updated>
    
    <summary>皆さまご承知のように、「工藤公康氏が、横浜ＤｅＮＡベイスターズの監督に就任確実」...</summary>
    <author>
        <name>shirotori</name>
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    </author>
    
        <category term="00400000 番外編" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/">
        <![CDATA[皆さまご承知のように、「工藤公康氏が、横浜ＤｅＮＡベイスターズの監督に就任確実」
という見込報道から一転。交渉中断となりました。

つい<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/10/post_458.html#more">二ヶ月前に夕学に登壇</a>いただいたこともあって、このニュースは特に関心をもって推移を見守っておりました。
実は、講演の中で、受講者の方から「将来監督をやってみたいという希望はありますか」という質問があった際に、工藤さんの返答は次のようなものでした。

<strong>「私が監督をやるとしたら、余程生活に困った時だと思ってください（笑）」</strong>
あの日の講演内容と、間髪入れずの返答から思い浮かべても、日本のプロ野球の監督という仕事は、工藤さんにとって、まったく魅力がないものだと思えました。
いくら子沢山とはいえ、たった二ヶ月で工藤家の生活が逼迫したとは考えられず、「就任に前向き」「監督確実」という報道を見る度に、「ホントかな？」という疑問が拭えませんでした。
口幅ったい言い方ですが、個人的には、きっとこうなるだろうと思っていた通りの結果になりました。

]]>
        <![CDATA[スポーツ新聞の論調は、「野球の素人」を自認するＤｅＮＡのフロントの先走った行動とそれに乗せられた工藤さんという図式で語られているようですが、工藤さんが、前言を翻して（二ヶ月前に講演で話したことなど忘れているでしょうが...）監督をやる気になったのは、まさにその「素人さ」に掛けたということではなかったかと思います。

夕学の講演から推察すると、工藤さんが、日本の「プロ野球ムラ」に対して、ある種の「見切り」をしていたことは間違いないと思います。
「プロ野球ムラ」には、現場の監督やコーチ、フロント、評論家含めてあらゆる人々が入りますが、個人としてどうこうということではなく、ムラが所与のものとして疑わない伝統的な考え方、価値前提のようなもの対する「見切り」でしょう。

端的に言えば、よい選手を「探すこと」「使うこと」には熟練していても、「育てること」「長持ちさせること」の専門性を蓄積しようとしない「ムラの組織文化」を見切っていたといってもよいかと思います。

プロ野球のみならず、日本の野球指導者の多くの人が、工藤さんが「当然持っているべきだ」と考える科学的な指導理論を有していないという事実は、夕学の中で具体的な事例を使ってお話いただきました。

<strong>「日本のプロ野球の監督なんて、誰だってやれますよ」</strong>

そんな刺激的な言葉も発していました。
実際に、選手時代に、"そこそこ"の実績を残して、ある程度の人望があれば、かなりの確率で監督やコーチになれるのではないでしょうか。
やや過激な言い方をすれば、監督、コーチ、評論家は「プロ野球ムラ」の発展に一定の貢献をした人にとって、天下り先のようなもので、既得権益を持ち回っているという面もあります。

<strong>「プロ野球の選手は作ることができます」</strong>

とも言っていました。
工藤さんは、並外れた探求心があり、スポーツ科学の研究者を尋ね、動作解析のビデオを取り、生理学の本紐解いてきたと言います。自らを実験台にして形成してきた確固たる育成理論やトレーニング方法に自信を持っています。

素人なりに推察すれば、ＤｅＮＡフロントは、「新鮮でフレッシュな人材」というただひとつの理由で、工藤さんに目を付けたのでしょう。
工藤さんは、ＤｅＮＡの「素人さ」を逆手に取る形で、自分の哲学を実践するために、従来の「プロ野球ムラ」の常識を越えた価値観の転換を条件提示したのかもしれません。トレーナーシステムや投手コーチの指名といった事柄は、表層的な条件で本質ではないような気がします。
工藤さんも、伝統チームからの誘いなら、にべもなく断ったのでしょうが、ＤｅＮＡに対して、「ここならムラの色に染まらないのではないか」という淡い期待を抱いたということはあるかと思います。

「監督は誰でもできる」ということを、逆の意味で熟知していた高田ＧＭは、「新鮮でフレッシュな人材」にこだわる親会社の意向に沿って、工藤さんと接触したのでしょう。
しかし、「監督：工藤公康」が、「新鮮でフレッシュ」なだけにとどまらずに、ムラの文化をを否定して、イノベーションを起こそうとしていることに早い時点で気づいていたようにも思います。
親会社の顔を立てるために工藤さんと交渉を続けながらも、裏では別の準備（中畑氏への要請）を進めていたに違いありません。出なければ本命案が頓挫してすぐに代替案が登場するはずがありません。
なにせ、高田ＧＭは「プロ野球ムラ」でも飛びっ切りの優等生ですから。

いまから思えば、「プロ野球ムラ」の優等生とそれを壊そうとする革新者を組み合わせようとした時点で、この話は「木に竹を接ぐ」ような愚かな試みでした。

ＤｅＮＡフロントが、工藤公康氏を「新鮮でフレッシュな人材」としか見なせなかったことが、失敗の始まりではなかったでしょうか。

もし、春田会長が、夕学で工藤さんの話を聞いていれば、彼が「新鮮でフレッシュ」に止まらず、「プロ野球ムラ」の破壊的創造を夢見るイノベーターであることに気づいたのになあと思いますが、これはちょいと我田引水でしたか．．．。

ただ、これは根拠のない予想ではありますが、「プロ野球ムラ」が工藤さんのようなイノベーターを迎え入れる（迎えざるを得ない）日も、そう遠くないのではないかという気もします。
]]>
    </content>
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    <title>「結び」に込められた持論　　佐山展生さん</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/11/2003midc_exit_2004_2004_182.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.keiomcc.net/cgi-bin/mt5/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=2215" title="「結び」に込められた持論　　佐山展生さん" />
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    <published>2011-11-30T03:36:12Z</published>
    <updated>2011-12-14T08:51:02Z</updated>
    
    <summary>佐山展生氏に初めてお会いしたのは、2003年の秋頃と記憶している。ＭＣＣで『実践...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2011/12/photo_instructor_600-thumb-150x180-122.jpg"><img alt="photo_instructor_600.jpgのサムネール画像" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2011/12/photo_instructor_600-thumb-150x180-122-thumb-150x180-123.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>佐山展生氏に初めてお会いしたのは、2003年の秋頃と記憶している。ＭＣＣで<a href="http://www.keiomcc.com/program/man/index.html">『実践Ｍ＆Ａ』</a>というプログラムを共催しているMIDCの酒井雷太氏が、講師の一人として紹介推薦していくれた。

当時、佐山さんは、ユニゾン・キャピタル代表として、勃興期にあった日本のＭ＆Ａ業界でも注目される存在であった。バイアウトファンドという新しい投資形態を日本に持ち込み、東ハトやアスキー等への投資とEXITが成功したことで話題になっていた。
2004年秋には、夕学にも登壇していただき、「Ｍ＆Ａと企業再生」という演題で講演をしていただいた。

佐山さんは、その後Ｍ＆Ａアドバイザリーという、これまた日本では聞き慣れない業務に特化したＧＣＡを立ち上げた。
阪急・阪神買収騒動では、阪急・阪神側のアドバイザーとして、あの村上世彰氏と真っ向対峙した。　ワールドのアドバイザーとして、非上場化という斬新な企業再建策を成功させた。　ほどなくして一躍、時の人となり、テレビ等でお顔を拝見するようになった。

]]>
        <![CDATA[昔から、佐山さんの講演・講義資料には、必ず「結び」が付いていた。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E4%B8%80%E6%96%8E">佐藤一齋</a>ではないけれど、言わば佐山版<a href="http://www.amazon.co.jp/%E8%A8%80%E5%BF%97%E5%9B%9B%E9%8C%B2%EF%BC%881%EF%BC%89-%E8%A8%80%E5%BF%97%E9%8C%B2-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E8%A1%93%E6%96%87%E5%BA%AB-274-%E4%BD%90%E8%97%A4-%E4%B8%80%E6%96%8E/dp/4061582747">「言志録」</a>のようなものである。
今回の夕学で、久しぶりに資料をみて、随分と「結び」の量が増えていることに驚いた。
2004年の夕学資料を引っ張り出してきて、比較してみた。

当時の「結び」は18個。シート2枚に収まっている。

<strong>「ど真ん中の直球はストライクと判定されているか」
「知らないうちに富士山の山頂に登った人はいない」
「ジャンプする前は精一杯しゃがみ込む」</strong>

といった名言は当時から入っていたが、いまから思えば実にシンプルである。

7年振りになる今回の「結び」は118個。　増えた100個は、この間の佐山さんの「キャリアの軌跡」でもあろう。

<strong>「"いけいけ"のときは、ノーアウト1,3塁でヒットエンドラン」</strong>
ＧＣＡを起業からわずか2年で東証マザース上場まで持っていたチカラ技を思い浮かべてしまう。

<strong>「障害は、いつまでも不動ではなく動くことがあり、一瞬隙間ができた時が勝機」</strong>
クリティカルな交渉場面で、緊張感溢れるやりとりを繰り返してきた人ならではの言葉である。

<strong>「優秀な経営者は"せっかち"　次から次に片付けないといけないことが入ってくる」</strong>
これまた、ひと筋縄ではいかない社長達を相手に切り回しをしてきた人の実感であろう。

佐山さんのキャリアや、手がけた案件の一覧と見比べながら、じっくりと読んでみると、実に味わい深い。

改めて思うのは、佐山さんは世に出るまでの時間の長かった人だということだろう。
銀行を辞めてユニゾン・キャピタルを立ち上げたのは45才の時。起業家としては、遅いスタートである。
しかし、それがハンディではなく、強みになっている。

「この世界（Ｍ＆Ａ業界）で、工場の三交代勤務を3年間もやったことのある人はいない」と誇らしげに断言する佐山さんの姿は、他の人とは違う人生を歩んできたことへの自信に漲っている。

なぜなら、一見、回り道のように見えるがプロセスの中で<strong>「lesson of experience（経験から学ぶ）」</strong>という、リーダーシップにとってもっとも重要だと言われる課題を達成してきたことを自覚しているからではないだろうか。

118個の「結び」は、佐山さんが多様なキャリアを経て培ってきた、リーダーシップ、モチベーション、経営の「持論」である。

<a href="http://www.amazon.co.jp/%E8%A8%80%E5%BF%97%E5%9B%9B%E9%8C%B2%EF%BC%881%EF%BC%89-%E8%A8%80%E5%BF%97%E9%8C%B2-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E8%A1%93%E6%96%87%E5%BA%AB-274-%E4%BD%90%E8%97%A4-%E4%B8%80%E6%96%8E/dp/4061582747">「持論」アプローチの重要性を説く神戸大学の金井壽宏先生</a>は、リーダーの役割を次のように言う。

<strong>まずは何かひとつ「持論」を持つ。
次いで、状況や課題に合わせて「持論」のバリエーションを広げる。
最後には、「持論」を他者に語ることで、その人の「持論」形成を促す。</strong>

佐山さんの「結び」は、私たちが「持論」を形成することを促すメッセージに他ならない。


この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
・<a href="http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/11月30日-佐山-展生/">http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/11月30日-佐山-展生/</a>

この講演には感想レポートコンテストへの応募がありました。
・<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-report/archives/2011/1207_165236.html">「自身今後の「考えるヒント」、及び共感・共鳴・共振極めて多き好講演」（Mesirowさん／研究員・コンサルタント（野村総合研究所）／38歳　／男性）</a>]]>
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    <title>「顔の見える人」が担うエネルギーシフト　飯田哲也さん</title>
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    <published>2011-11-29T04:14:15Z</published>
    <updated>2011-11-30T05:06:27Z</updated>
    
    <summary> 「起きて困ることは起きない」 「起きないと信じよう」 「起きないことにしよう」...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/photo_instructor_588.jpg"><img alt="photo_instructor_588.jpg" src="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/assets_c/2011/11/photo_instructor_588-thumb-150x180-120.jpg" width="150" height="180" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a>
<strong>「起きて困ることは起きない」
「起きないと信じよう」
「起きないことにしよう」</strong>

昭和史研究で知られる作家の<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2008/03/post_229.html">半藤一利氏</a>は、近代日本のエリート層が陥る通癖的思考をこのように表現する。
自分達にとって都合の悪い危機から目をそらして、いたずらに時間を消費し、発生した時には手遅れになる。最後のつけは、立場の弱い人々（国民）が一身に背負う。

ペリー来航を予見していながら手を打っていなかった江戸幕府の幕閣。勝てないと知りながら泥沼の戦争にのめり込んでいった陸海軍の高級参謀。皆同じ陥穽に嵌っていたという。

飯田哲也氏の話を聴くと、いわゆる「原子力ムラ」の住人達も同じ思考に陥っていたことがわかる。はからずも、それが露呈したのが3.11であった。

飯田氏は、官邸の災害対策本部が、地震発生当日の夜に発表した資料を示した。

<small><strong<a href="http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/20110311miyagi/201103112235.pdf">【東京電力（（株））福島第一原発　緊急対策室情報】</a>2011/3/11 22:35
 ○2号機のTAF（有効燃料頂部）到達予想、21時40分頃と評価。
  炉心損傷開始予想：22時20分頃
  ＲＰＶ（原子炉圧力容器）損傷予想：23時40頃
 ○1号機は評価中　</strong></small>　　
※現物は<a href="http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/20110311miyagi/201103112235.pdf">こちら</a>

京大大学院の原子核工学専攻を出て、自らも「原子力ムラ」の一員として仕事をした経験を持つ飯田氏は、これを見て「とんでもないこと（メルトダウン）が起きた」と即応した。原子力のプロなら皆同じ危機感を持ったはずだと、飯田氏は言う。

ところが、原子力安全委員会の斑目委員長を筆頭に「原子力ムラ」の指導者達が見せた脊髄反射的な反応は、冒頭の通癖そのままであった。

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        <![CDATA[世界の歴史に残る原発事故は三回目である。
1979年のスリーマイル島事故は、米国と北欧の原発建設を中止させた。
1986年のチェルノブイリ事故は、旧ソ連の崩壊の一因になった。
フクシマの悲劇から日本が学ぶべき教訓のひとつは、先を行く海外諸国と同じように、エネルギー政策の大転換を決断する時期が来たという認識であろう。
飯田氏によれば、折しも、21世紀初頭の10年間は、人類史における「第四の革命」を迎えている時期に重なるという。

フクシマを踏まえて、いち早く脱原発を決定したドイツは、すでに10年以上前から自然エネルギーへのシフトを始めていた。
技術革新と政治判断、政策的支援のマッチにより、00年6％だった自然エネルギー比率は、→10年には17％を越え、20年には35％に達する予測だという。
例えば太陽光発電でいえば、初期段階のコスト増は、固定価格買取制度などの支援政策により賄っているが、テクノロジーラーニング効果が働いて、劇的にコストは下がりつつある（7年間で1/3に）。あと5年～10年で上乗せ価格は必要なくなるだろうと言われている。
風力、太陽光などの自然エネルギーをベース電源として、火力や原発をピーク時に対応する調整弁電源と位置づける新たなエネルギー構造が出来上がりつつある。

一方で日本では、「自然エネルギーは高い」「実用段階には時間がかかる」という声をよく聞く。つくば市の<a href="http://www.yomiuri.co.jp/feature/kankyo/20060808ft0d.htm">「回らない風車」</a>といった象徴的な失敗例もある。

なぜこうなっているのか。
飯田氏は、自然エネルギーそのものが悪いのではなく、やり方が悪いと一刀両断する。
お金の出し手（行政）とそれに群がる受け手（受託企業・コンサル）はいるが、責任をもって運用を担う主体的責任者がいない。新たなことを始める際に付きものである障害を丁寧に取り除く、泥臭い仕事を担うプレイヤーがいない。
ハコモノ行政や三セク方式の産業振興が上手く行かないのとまったく同じ図式がある。

自然エネルギーの推進は、<strong>「顔の見える人間」</strong>が真ん中にいないと上手く回らない。

そう確信している飯田さんチームは、意識の高い小さな自治体と組んで<strong>「地域で顔の見える人」</strong>を主役にした自然エネルギー事業推進に挑戦している。
<a href="http://www.ohisama-energy.co.jp/diary/index.html">・おひさま進歩エネルギー</a><a href="http://www.ohisama-fund.jp/contents/fund_about.html">・立山アルプス小水力事業</a>
先進海外事例の成功例を見て言えることは、「決め手は人間」だというシンプルな本質である。
自分の地域のエネルギーをどうするか、産業や雇用をどうするか、環境をどうするか。
それを真剣に考えている地域の人が主役になった小さな取り組みが、自生的に発生し、結果的に大きな産業に育っているのが理想なのだろう。
官僚が精緻な絵を描き、政治家をおだてながら物事を決め、予算のついでに天下り組織もセットで作って、「いっちょ上がり」という従来パターンでは絶対に上手くいかない。

「人の役に立つことが、人間の喜びにつながる」という原理に軸足を置いて、個の志を集め、民の力を集約し、ＩＴを活用して人力では出来なかったサービスを実現する。それは、規模の大きさを競うイノベーションではない。たとえ小さくとも、キラリと光るイノベーションである。

<a href="http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2011/10/post_460.html">金子郁容先生が、「協働のイノベーション」と称した</a>、新しい公共という形が、ここでも求められている。
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