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志村 祥瑚「マジックと精神医学を融合した<脳の固定観念の外し方>」

あの子はクイーン、私もクイーン

志村 祥瑚
今回の講師の志村祥瑚先生は、企業経営者やスポーツ選手のメンタルサポートをされている精神科のお医者様である。と同時に、ラスベガスの世界大会で優勝した経験を持つマジシャンでもある。
プロフィールを見て、全く違う分野の二足の草鞋を履いているのかと思いきや、二つの仕事を融合させてお仕事をされている。マジックを使いながら、私たちの「固定観念の解放」に取り組んでおられるのだ。

固定観念とは何か。思い込みである。なぜ思い込みをするか。個人のごく限られた経験から、狭い視野で世界を見ているからである。しかも、自らの視野が狭いこと、自分の経験がごく限られた乏しいものであることに、私たちは気づかない。いや気づけない。だからこれが正しいと、自分の見ている世界がすべてだと思い込む。
思い込みを捨て、「自分のものの見方がすべてではない」と心の底から思うことは、過去の成功体験がゆるぎない人ほど難しいと志村先生は言う。しかし、この固定観念を解放しないことには、組織は停滞したままだし、個人としてのwell-being(幸福、健康)に近づけないのだ、とも。

固定観念を外すために志村先生が見せるのがマジックだ。今回の講演ではいくつかのマジックを実演してくださったのだが、とりわけ面白かったのが以下のマジック。
ギャラリーの中から任意に選ばれた一人の女性Aさんがステージに上がる。志村先生は、Aさんに対してトイレットペーパーを消すというマジックを見せる。彼女の掌の上に載せたトイレットペーパーのロールから紙をちぎっては丸め、それを瞬時に消してみせる。驚くAさんは「え?え?なんで?」と声を上げるのだが...。それを見ているギャラリー、つまりAさんを除く全員には、種も仕掛けも丸見え。しかも、驚くほど単純。志村先生は、丸めたトイレットペーパーをステージ後方(Aさんの背後)に放り投げているだけなのだ。それでも、Aさんはまったく気づかない。放り投げたトイレットペーパーが床に落ちるときに発生する音にさえ、まったく気が付かないのだ。

マジックの実演を通し、志村先生は「思い込んでいると見えない。音さえも聞こえない」という様子を私たちにリアルに見せてくれた。Aさんは「トイレットペーパーが後ろに放り投げられる」とはまったく予測していない。予測しないから見えない。音も聞こえない。「脳には盲点がある」と先生は言う。脳が予測しないことは、まさに盲点なのだ。
「脳の盲点」は一人一人違う。経験も違えば知識も違うのだから当然なのだが、私たちはそのことに気づかない。同じ世界を、同じように見ていると思ってしまう。私たちは世界を直接見ているのではなく、思い込み=それぞれの「脳の予測」を通して世界を見ているのだ。

脳の固定観念を外すにはどうすれば良いか。志村先生はいくつかの方法を教えてくださった。

一つは、自分とは違う他者が、どんな目で世界を見ているのかを好奇心の目で見ること。精神医学の世界には「どんな人のどんな行動でも、必ずその人にとっては肯定的な意図がある」という言葉があるそうで、ならばその人にはどんな肯定的な意図を持つのかを考えてみること。他人から見れば理不尽にしか思えないようなことでも、当の本人には何らかの意図がある。自分が見ているのとは別の世界を他者は見ているのだという視点を持ち、他の人の視点から世界を眺めようと試みる。違う世界が見えるだろうか。そしてこれができれば、何かを提案したり、誰かを説得したりするときの話題選びも、話しぶりも、変わりそうだ。

次に、情報や知識を増やすこと。知識が増えれば世界の見え方が変わる。これには私も身に覚えがある。ある時、焼きものに詳しい義理の両親と食事に出かけたのだが、目の前に出された器を見て「これはいい京焼だ」と義父が言ったことがある。私はと言えば、「はあ...」と返事するしかなかった。その時に、同じものを見ているにも関わらず、見えているものが違うのだと痛感した。知らないことは、見えないのと同じである。
デザインの知識のある人が街を歩けば看板のデザインや色彩などを興味深く見るだろうし、音楽の知識が豊富な人なら、カフェのBGMにだって深い感想を持つのかもしれない。知識や情報、あるいは多様な経験が、脳の盲点を小さくして固定観念を外す手助けをしてくれる。すべてを知ることなどできなくても、一つでも多くを知ることは、思考をより柔軟にしてくれるはずだ。そう思えば学習の意欲も湧いてくる。

そしてもう一つ、「レッテルの貼り方」にも要注意だ。「あの人は幸せそう」「あの人は頭がいい」と他人を評価する(=レッテルを貼る)とき、実は無意識に、自分には正反対のレッテルを貼っているそうだ。「あの人は才能がある」と思う時、脳は勝手に「僕には才能がない」とレッテルを貼る。「あの人はいつも楽しそう」とレッテルを貼れば、「比べて自分はつまらない」というレッテルを自分に貼る。脳とは、常に「比較をする」癖があるという。

この癖に気づき、レッテルを貼り直す。「あの子はクイーン」なら、「私もクイーン」。これでいいじゃないですか、と志村先生は言う。ああそうだな、と私も思う。「あいつは優秀」と思ったときには、「オレも優秀」と自らのレッテルを貼り直し、セルフイメージを塗り替えていくこと。これが大事なのだ。無意識の脳のクセを、意識的に修正していくのだ。

時に自分自身に誇大なレッテルを貼り、セルフイメージを自ら上げる。そうすることで、ポテンシャルも変わっていく。最初は根拠なんてなくても良いのだと志村先生はおっしゃった。根拠のない自信をもとに、何かを達成する。それを繰り返す。それはいつしか、根拠のある自信へと進化する。組織内での行動も、発言も、変わっていくことだろう。
こうした一人一人の変化が、組織を、社会を、刺激して変容させる。そう期待したい。

私も早速、才能に溢れた自分を想像してみた。私もクイーン。なんとなく、自分を取り巻く空気が明るくなる感じがする。我ながら単純だが、いいかもしれない。誰に迷惑をかけるわけでもない。私はクイーン。一日のうちにそう何度も唱えながら、街を歩いてみようと思った。

(松田慶子)