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社員たちよ、ハゲタカのように生き延びろ。 小説家・真山仁さん

真山仁

 この講演前日の2021年11月1日、東京都の新型コロナ新規感染者数はとうとう9人にまで収束。2020年5月31日以来の1ケタとなった。同日の全国の感染者数も86人と、2020年6月以来の2ケタ。わずか2ヵ月半前の8月13日、東京都の新規感染者は5773人とピークを迎えていたというのに(全国のピークは8月20日の2万5876人)。

 でも誰ひとり楽観してはいない。第6波はいつやって来るのか、再び医療崩壊して入院もできなくなるのではないか。救急搬送もされず自宅で亡くなる人が8月には250人にも上った。そんな、憲法25条の生存権すら脅かされるディストピアが記憶に生々しいからだ。

 講師の真山仁氏は言う。「このコロナ禍は結末が見えないドキドキハラハラで、もしこれがサスペンス映画なら最高の場面ですよ。でもこれは実社会ですからね。これを警鐘だと思って、我々は目覚めないといけないんです」

コロナは警鐘だった

 言わずと知れた真山氏は、累積発行部数240万部を誇る経済小説『ハゲタカ』でデビューして以来、毎年のようにメガヒット作を繰り出して来た。最新作の『レインメーカー』では医療過誤問題の矛盾や不条理に斬り込み、発売後わずか1週間で売れ筋ランキング23位に躍り出た(大型書店系通販サイトhonto日本の小説ランキング2021年11月4日現在)。

 そんな稀代のストーリーテラーである真山氏にも、今般のコロナ禍の展開は予想し得なかった。

「誰も責任を取らない政府の行き当たりばったりに、国民の疑心暗鬼がジワジワ高まっていく状況は、まるで第2次世界大戦の開戦前のよう」と評する。「コロナで経験した、こういう国民を不安にする社会を生き抜くには、流されているのではなく自分でハンドルを握ること。それには、常に考えて、備えることが大事。何もしないから不安になるのです」と、鋭い目つきで真山氏は説く。

「もう以前の社会には戻れないかもしれない。地震や豪雨等の異常気象を見ても地球はおかしくなっているし、企業と社員の関係ももう以前とは全く違ってしまっているのだから」

誰も守ってはくれない時代

 戦後高度成長を成功させた日本は純粋な資本主義国家ではなかった。本来、資本主義において自由になるのは資本家だけで社員はコマに過ぎない。だが当時の日本企業は大きなファミリーだった。あるいは社会主義に近いムラ社会だった。企業こそが日本の宗教だという人もいた。

 それがバブル崩壊により、日本企業は初めて資本主義に目覚める。不良債権をどんどん抱える中で人を切り始めたのだ。高給取りの代表だった銀行では一般職を派遣に替え、後に雇い止めにした。同じく高給取りのテレビ局は社員全部を子会社に移籍させた。会社が生き残るために人件費をどんどん減らして行ったのだ。

 そうして日本がやっと本物の資本主義国家になり、"失われた30年"を経た2018年6月、この日本でもとうとう司法取引制度が施行された。

 司法取引と聞くと、アメリカ映画などでよく見るような、泥棒が自白と引き換えに減刑してもらうといったパターンを想像するが、日本の司法取引はそれとは違う。全ての犯罪に適用されるわけではなく、汚職や横領、詐欺といった企業犯罪や経済犯罪、反社会的勢力が絡む組織的犯罪だけがその対象となる。この制度の施行により、日本企業は組織防衛のために "人を切る"どころか、"人を売る"手段を得たのだ。

自分が会社で働くことの意味を考える

 日本版司法取引制度が施行されて早々の2018年7月、東京地検特捜部がタイの発電所建設をめぐる贈賄事件で大手発電機メーカーの幹部ら3人を起訴。一方、司法取引に応じ捜査に全面協力した見返りとして、会社のほうは起訴を免れた。わが国初の司法取引が、企業が社員を「人身御供」に差し出す形の事案となったことでビジネス界に衝撃が走った。

 事件は、火力発電所の建設資材を港に下ろさせてもらえないというトラブルを解決しようとした幹部らが、タイ運輸省港湾局長に4000万円相当の賄賂を渡したというもの。当然のことながら、幹部らは自分のためではなく会社のために渋々お金を渡したのは明らかなのに、結果、会社側は企業罰を避けるために社員を売ったのだ。

 コンプライアンスや働き方改革の流れの中で一般社員の滅私奉公は減って来たものの、反面、エリートたちは以前にも増して会社に尽くしている。仕事ができて出世する社員ほど会社の暗部に関わる機会も増えるが、一旦そのことが問題になれば、トカゲの尻尾として斬り捨てられるのだ。バブル崩壊以前も同様の事案はあったが、かつての企業であれば身を挺して犠牲になってくれた人の面倒は後々までしっかり見た。しかし今はもうそれはできない。コンプライアンスがあるので普通にクビになるだけだ。

 会社に隷属して、尽くして、出世を極めるのか、ほどほどにしておいて自分の良心と正義を貫くのか。ただ漫然と会社に勤めるのではなく、自分が会社で働く意味をしっかり考えなくては身を守れない時代になった。

良心は沸騰させたら負け

 司法取引は日産自動車のゴーン元会長の摘発にも使われた。それに絡んで真山氏がNHKのクローズアップ現代に出演し、前述のような見解を述べたところ、インタビュー後に女性キャスターが「会社員として身につまされます。どうすればいいのか」と憂えていたという。

 "身につまされ"る人は、今回の講演会場にもたくさんいたようだ。講演後の質疑応答の際、挙手した人はみな企業人で、「自分も生保でハゲタカファンドと関わったが...」とか「労働組合の幹部をやっているが企業内労組の意義とは...」とか「人事部でパワハラ対応をしているが...」といった自身の現状への悩みについて、率直な相談が相次いだ。

 「組織の論理と個人の良心とがせめぎ合えば、個人が負けるに決まっている」と、真山氏は言う。「今や組織も余裕がないから、弱者である社員をつぶしにかかる。会社とはもはやそういう物。ただし組織と相容れない場合、良心を沸騰させてはダメ。個人が熱くなってしまっては組織には勝てない。ただひたすら、ブレないでいること」という真山氏の忠告をどう受け止めればいいのか。ニューノーマルなどと小洒落た言葉の裏側で、企業と社員との関係に地殻変動が起きている。令和時代をビジネスマンとして生き抜くには、自らハゲタカになるくらいの覚悟が求められているのかもしれない。

(三代貴子)