« 自分で決める「新しい生き方・働き方」 島田由香さん | メイン | 「Doing well,doing good」が叶えた成長物語 小出伸一さん »

田中康平先生に聴く、「恐竜の残した手がかりに私たちは何を見出すか」

tanaka.jpg世界が変わって見える瞬間、というのがある。
周囲の物理的な構成は同じなのに、自己という鏡面に結ばれるその投影が、唐突に違った像を結びはじめる瞬間。
誰かの教えに導かれて、その新たな世界が見えてくるだけでもじゅうぶん心地よい。今は砂漠にしか見えないその場所に、数千万年前には確かに存在していた巨大生物の営みが、ありありと浮かび上がってくる、それだけでも。
ましてや、その世界像を理論的に創り上げたのが自分自身だとしたら、その喜びの深さは如何ほどか。
今から1億年ほど前、恐竜が跋扈していた時代を舞台に、研究者としてのそのような特権的な愉しみを享受してきたのが、筑波大学生命環境系助教の田中康平先生だ。

悦楽の頂きが高い分、そこに至る道程は遠く険しい。まずは恐竜が化石となって眠る現場に辿り着かねばならない。
成田から夜行便でモンゴルへ。バンで半日かけてゴビ砂漠へ。猛暑と大量の虫に襲われながら、太古の地層が剥き出しになっている発掘地へ。
作業は次のようなステップで行われる。

  1. まずは力仕事!いらない表層をはぎ取る

  2. 表層の土砂をけずって、骨の表面を出す

  3. 骨の周りの土砂を掘り進め、島状にする

  4. 骨の分布を記録する

  5. 石膏を浸した麻布を巻き、ミイラ状にする

華やかさはない。ダイナミックさもない。地味で地道な肉体労働、気の遠くなるような手作業の連続。しかしこの過程を経ずに、謎を秘めた恐竜たちの化石を研究室に持ち帰ることはできない。

ところでこれは恐竜の「骨」の化石採集の話。田中先生の研究分野は、実は更に地味だ。狙うは恐竜の「卵」。巣の化石から、彼らの繁殖戦略を探るのを専門とする。

先生はジャブラント層という白亜紀後期の地層から恐竜の巣を見つけた。卵殻の構造からテリジノサウルス類の卵だと分かる。歩いて1分とかからない範囲に、最低でも15個の巣が集まっている。彼らは集団で営巣していたのだ。でも、なぜ?
どんなに望んでも生きた恐竜の生態を観察することはできない。そこで先生は、現存する他の生物に着目する。
主竜類、という生物区分がある。含まれるのはワニ類、鳥類、そして恐竜類。絶滅した恐竜類に代わり、現代を生きるワニ類と鳥類の生態を観察することで、その中間に存在した恐竜類の生態を推測する。
集団営巣する鳥類は、たくさんの「目」で捕食者を素早く発見し、群れで情報を共有して生存率を高めている。ワニ類も集団営巣はするが、親が巣を空けたりして守りは堅くない。集団営巣のテリジノサウルス類はどちらに近かったのか。
巣化石を調べると、15個中9個の巣で孵化の痕跡があった。営巣成功率は60%だ。現在のワニ類や鳥類では、親が巣にいない場合の営巣成功率は30%前後。親が巣にいる場合はこれが60%前後に跳ね上がる。この事実から、テリジノサウルス類は、現在の鳥のように集団で親が巣を守っていたと推察される。

さらに田中先生は、恐竜の卵の殻に無数に空いた微小な孔を観察する。ワニ類は孔の多い卵を産み、多湿な環境で地面に埋めて温める。鳥類は孔の少ない卵を産み、乾燥した環境で親が自ら卵を温める(抱卵)。だが恐竜類の卵には孔の多いものも少ないものもある。種によって温め方が違うのだ。
それは地域によって利用できる手段の違いでもある。温暖な低緯度地域では卵は地中に埋められ太陽光熱で温められるが、冷涼な高緯度地域ではそれは望めない。そこで、土に帰ろうとする植物の発酵熱を利用するハドロサウルス類のような種もいる。抱卵はどの地域でも可能だが、親は孵化まで継続的に卵の世話を強いられることになる。ただしそのおかげで営巣成功率は高い。

恐竜が地域によって多様な繁殖戦略を採っていたのは、逆に言えば恐竜の分布が世界中に拡がっていたということでもある。先述のハドロサウルス類の卵の化石は北極圏からも見つかっている。従来、恐竜は隕石の衝突による地球の寒冷化で絶滅した、とされてきた。それが最近の研究では、恐竜もある程度の寒さには耐えられたはず、と考えられている。しかし現実に恐竜は6600年前に絶滅している。
研究の進展とともに謎は深まっていく。それを解き明かすため、田中先生は今日も恐竜の卵に想いを馳せる。

恐竜が栄華を誇ったのは2億3千万年前から6600万年前まで。人類の歴史が数百万年であることを考えると、この繁栄期間はとてつもなく長い。これまでに見つかった恐竜はおよそ1200種で、今も年に40ほどの新種が発見されている。発見のスピードから、理論的には恐竜の総数は2000種前後ではないかと推定する研究者がいる。いや、と田中先生は言う。現存する鳥類でさえ1万種を超える。億年を超えて存在した恐竜の種は、本当はもっともっと多いのではないか。
実際、これまで恐竜の化石が発掘されてきたのは、砂漠など地層が露出し発掘しやすい場所が殆どだ(砂漠に恐竜が多くいたわけではない)。これまで発掘してこなかった場所にも、数多くの恐竜が化石となって埋まっているはずだ。そしていつか、田中先生のような研究者によって再び陽光に晒される日を待っている。

今夜の演題は『恐竜研究最前線:恐竜の残した手がかりに私たちは何を見出すか』であった。
恐竜の研究は、突き詰めれば「生物の大量絶滅」という現象の解明に連なっていく。やがて科学が進歩の末に、その答えに行き着くことに疑いはない。しかし、種を絶滅させるほどの隕石の衝突を、人間が不安に思うのは杞憂だろう。恐竜の数十分の一の歴史しか持たない人類にとっては、そのような天文学的問題に直面する確率よりも、自分達の振る舞いで自らを破滅に追いやる可能性のほうが遥かに大きいはずだ。

恐竜の残した手がかりを、ひとつひとつ丁寧に掘り出して、そこに適切な教訓を見出すこと。それができなければ、遠くない将来、私たち自身が絶滅種として後世の知性の謎解きの素材となるだろう。
限られた断片を、想像力と論理の糸で撚り合わせ、ひとつの大きな世界を構想する力。
田中先生が披瀝して下さったその力を、一人でも多くの人間が分かち合うことが、人類絶滅の瞬間を少しだけ未来に押しやる唯一の方法かもしれない。

(唐木田五郎)