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中竹竜二氏に聴く、「もしも高校ラグビーの女子マネージャーが中竹コーチの講演『誰よりも学ぶことができるリーダーが組織を育てる』を聴いたら」

中竹竜二

「今日、皆さんは、何を期待してここに集まったのでしょうか?」

講師の声が会場に響き渡る。

私の期待は、はっきりしている。それは、ラグビー部のマネージャーとして必要な心構えを、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターの中竹竜二さんから直接教わることだ。
コーチングディレクターとは、コーチたちを束ねる存在、コーチのコーチ。その初代の日本代表。すごい。

一言一句も聞き漏らすまいとメモを取る手に力を入れた時、意外な言葉が聞こえてきた。

「今日の期待を、隣の人と話し合って共有してください」

ん?話し合う?共有?って、どういうこと?
思いがけない言葉に、一瞬、アタマが真っ白になる。
周りの人たちもしばし戸惑っていたが、じきにざわざわとした話し声が起こり始めた。
横を向くと、隣の席の人がこちらを見ていた。見知らぬ人だ。挨拶もそこそこに、お互い、ぎこちなく、それぞれの「期待」を話し出す。

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万葉に輝く 里中満智子さん

里中満智子和歌の世界。百人一首は誰でも一度は学校で習うけれどどうも平板になりがちで当時の社会情勢や人間関係、歌が詠まれた状況を知らないと「ふ~ん」で終わってしまう。子供の頃、百人一首を漫画で解説する本と出会ったおかげで和歌は私の中で生き生きとしたものになる。さらに里中満智子さんの『天上の虹』『女帝の手記』『長屋王残照記』のお蔭で、万葉集の歌のみならず持統天皇を中心とした時代がより立体的なものとなった。皇子の名前一つ見ても「ふ~ん」ではなく「ああ、あの意気地がなくて密告しちゃった皇子様ね」、何ともリアルになっている。その作者による講演なのだ。万葉集の人達がどのように語られるのか今回の夕学五十講を大変楽しみにしていた。

意外なことに講演は歴史的な、それ以上に外交的な観点から語られる事が多かった。重要な歴史書である日本書紀は外向き(外交用)の歴史書として、古事記は内向き(国内向け)の歴史書として作られたものだと。なぜそのような面倒なことをしたかというと、当時の日本を取り巻く国際情勢があった。白村江の戦いで壊滅状態になった危機感。そして大国を間近にする後発国の日本は、ともすれば「お前の所は未開の地で遠く離れているから気づかないだろうが実は我が国の一部なのだ。」と正統性を主張されかねない。そのためには独自の歴史書を持ち自らの正統性や根拠の主張が必要という、現在の領土問題と変わらぬ状況だったらしい。国内向けには各氏族についての記述が必要などの事情がある。こうした中で2種類の歴史書が編纂された。

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結婚は、探検だ 角幡唯介さん

角幡唯介探検家として知られる角幡唯介さんは、言葉による表現者でもある。年のだいたい半分は世界各地を探検し、あと半分はその記録をひたすら家に籠って、書く。半々の比重とはいえ、両者には両極と呼べるほどの激しいギャップがある。書くために探検するのか、はたまた探検するために書くのか。おそらく角幡さんの人生にはどちらも必要で、相互に絶妙なバランスが保たれてきたのだろう。膨大な著作のうちの多くが名だたる賞を総ナメにしている事実からも、それが窺える。

近年はもうひとつの極、「結婚」が加わった。探検家と結婚はどうみても相容れないもののように思えるが、実際、事あるごとに「なんで結婚したんですか?」と訊かれ続ける。しかしその前は「なんで探検なんかやるんですか?」と訊かれまくっていた。言葉のひとである角幡さんはムカつきながらも、結婚と探検について論理で道筋をつけられないか考え続けた。ところの結論が、「結婚は探検である」。何を大げさな、と思うなかれ。年の半分を死と隣り合わせで過ごし、もう半分をひたすら考え書いて過ごし、トータルで常にだいたい実存を思って生きている。そういう角幡さんの言葉に真理がなくてどうする。

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渋澤 健「渋沢栄一の発創力」

渋澤 健

売れる商品やサービスとサステナビリティの統合

渋沢栄一は『論語と算盤』で、「その経営者がいかに大富豪となっても、そのために社会の多数が貧困におちいるようなことでは、その幸福は継続されない」と説いた。すなわちそれは、サステナビリティ(=論語)が経営や金儲け(=算盤)に統合されていなくてはその企業は長続きしないということである。どちらかが欠けてしまっても合理的経営は成立しない。渋澤健氏はこの一見関係性のない論語と算盤を結びつけることを"「と」の力"と称した。

渋沢栄一は、明治6年に日本における資本主義の原点である銀行を設立した。また、600社近くの法人や現在のNPOにあたる組織、病院などの設立に携わった人物としても知られている。銀行の設立にあたり、日本における資本主義は、共感・共助・共創の精神が整った合本主義に基づき、銀行に集まった多くの人々からの預金を循環させ、今日よりよい明日の創出に使うことだと示した。ここでも銀行の役割について、共生と資本の両立である「と」の考え方が用いられている。

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柔よく剛を制す。女性活躍のニューモデル 中川順子さん

中川順子今夜の講師は今年4月に「一般職で野村證券に入社し、野村初の女性執行役員を経て、グループ中核子会社で初の女性社長に就任!」と話題を集めた中川順子さん。企業の女性社長というと、いかにも才媛然とした切れ味鋭いタカラヅカの男役風のイメージか、サービス系業種であればゴージャスなマダムっぽいイメージが強い。しかし中川さんはそのいずれでもない。

「きれいなお母さん」のような社長

中川さんは、もしPTAの集まりで座っていれば周りの主婦たちの中にしっくり馴染んでしまいそうな感じの、清楚でフェミニンな印象。話し方にも押し出しの強さは全く感じさせない。
スラリと細身のスタイルに上品なヘアスタイル。鮮やかなエメラルドグリーンのセーターの上にグレーのジャケットを着て、黒いタイトスカートにハイヒールを美しく履きこなした姿は、授業参観で学校にやって来た「きれいなお母さん」といったイメージだ。

実際に中川さんは野村證券時代に、ご主人の海外転勤に帯同するため会社を辞めて専業主婦をやっていた時期が4年ほどあったという。 そして退職後も社員時代のお仲間と連絡を取り合っていた縁で、同じ野村グループに新設会社ができた際に声をかけてもらって仕事に復帰。当時は復職制度もなかったので、完全なる「再就職」だ。その後はトントン拍子に輝くばかりの昇進を遂げる。

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AIとか、ビッグデータとか。 宮田裕章先生

宮田裕章大変失礼ながら、私は宮田裕章先生のことを存じ上げないままに今回の講演に出席したので、登壇された先生のビジュアルに驚いた。銀色の髪。オシャレな服。ブーツ。まるでミュージシャンのような雰囲気の宮田先生の姿に、一瞬、自分は別の講演に来てしまったのかと思ったほどだ。
先生曰く、これは多様性の表現の一つ。多様性と言葉で言いながらアカデミックの世界の人間は同じような服装ばかりしている、だから自分は少し違う服装をしているの、とのこと。

さて宮田先生のご専門は、ヘルスデータサイエンス、医療の質、医療政策。
私はというと、まったくもって門外漢。今回の濃密な講演を聞き終えての率直な感想は、果たして何割理解できたかな?いやほとんど理解できなかったというのが正しい認識ではないかな?というもの。
なので以下のレビューは、かなり私のバイアスがかかっていることをあらかじめお断りしておきます。ごめんなさい。

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