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樺島 勝徳「禅で自然治癒力を高める」

樺島勝徳

身体と精神、この世の不思議


不思議な講演だった。講演というよりもむしろ体操実技と講演が半々のワークショップである。それから頭のワークショップでもあった。配布資料も1枚だけ、映写資料もなし、誠にすっきりしたものなのだ。樺島勝徳師の話は自身のアレルギー性喘息といかにそれを克服しようとしてきたかに始まり、なぜ禅僧になったか、そして身体治癒力を高める体操と話が広がる。

幼少の頃からアレルギー性喘息で様々な健康法や護摩まで焚いたが治癒せず、大学も中退、彼女にも去られて「流されて」禅僧になったと笑われる。その喘息は意外な方法で50歳の頃には完治する。冬に太陽の光を浴びる量が少ないのが原因の一つであったため太陽の光を浴びること。「ニワーナ」という糠とゴマ、きな粉、柚子を粉にしたものに農作物微生物EM菌で発酵させたものを摂取すること、そして健康のための体操をすることだった。そして現在は自身の健康に良かった体操を人にも教えている。「いま世でいわれているアレルギーの治療法なんて国家的な嘘なんですよ。」とまた笑う。ニワーナは約15,000円、安売りで10,000円、自作すればその数分の一の価格だ。ニワーナは茶色で確かに糠の香りがプーンとする。うっかりすると園芸用肥料と間違えそうだ。それと陽光と体操で喘息が治ってしまうらしい。喘息の有無は別としてこれは聞かねばなるまい。

体操に関連して『身体の感覚を味わう』ことを講演の時間でするという。ここで突然禅の、それも深い話になる。出家とは自分の体の中に入っていくことだと。え?どういうこと?坐禅をすると、(樺島師の感じ方でいえば)「自分と他との境がなくなっていく、落ち着いた状態」「自分の皮膚の限界がなくなっていく感じ」で感情の起伏が薄くなる。妄想は流すことができるようになるから安定する。坐禅は本当は楽なものだからこそ2500年ほども続いているのに、商売上(?) 大変なものということになぜかなってしまっている。

ここで樺島師は椅子から立って片足を床から浮かせる動作を聴衆にさせ、同時に考え事もさせた。今度は両足を床につけたままで考え事をさせる。当然両足立ちの方がよく考えられること、喜怒哀楽は筋肉と連動していることを指摘する。最近よく聞く「姿勢が悪いと考え方が暗くなる」「口角を上げると気分が明るくなる」というのを思い出した。いずれも喜怒哀楽と筋肉が関連した話だ。人間が考えている以上に筋肉は精神に影響するというのだ。樺島師は野口三千三が提唱した野口体操を初めて6か月で体が恐怖心を感じなくなっていった。

体操の実技に入り、全員が立ち上がる。「骨盤おどり」は両足の内くるぶしをつけた姿勢からスタートする。そこから片足を90度の高さまで、さらにそれ以上の高さに上げて、10秒間キープ。「微腹圧呼吸」は椅子に座ったまま足を浮かして息を10秒かけて吸い、10秒かけて吐く。これを3分間続ける。うっすらと汗をかく。きつめの服を着てきたことが悔やまれた。骨盤おどりと微腹圧呼吸、上中下(胸、みぞおち、へそ下)の呼吸ともどうも上手くできない。効果がやや薄れてしまったとはいえ体がしなやかになったのは感じる。(体は柔らかい方だが翌日両腕を伸ばしたり肩を回したりすると大きな音でゴリゴリいうようになった。)
この骨盤おどりは中心軸の筋群の選択的な筋トレ、坐禅の筋トレに相当するものだ。禅というのは中心軸をいかに地球の重心と適応させるかということで、良い例として赤ちゃんを挙げた。赤ちゃんは座る時に地球の重心に対して自分の軸を適応させ骨盤を伸ばすことをしており自然に座れる。(だからストレスフリーなのだろうか?)

樺島師の話は不思議だ。とりとめなく話しているようで時々ドキリとするような壮大で深いことをいう。「禅の秘密は『大き過ぎて見えない』ということ。」母の愛、太陽の光。そうしたものが実は私たちが思っている以上に人間に影響しているのだ。バタフライ効果を思い出す。「ブラジルで蝶が飛べばテキサスでハリケーンが起きる」とかいうあの理論。小さなことに見えるが実はまったく無縁とも思える所に影響を及ぼしている。すべてのものは繋がっている。壮大過ぎて見えないくらいに。そして見えないくらい大き過ぎるのにそれは私自身の中に詰まってもいる。とても不思議だ。

講演の始まりからして「禅を語ることは自分を語ること」という言葉そのものの流れであり、この講演自体が身体や自然治癒力をテーマにした禅問答のようで、そこがいかにも禅僧による講演なのだった。

(太田美行)