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ワクワクする「デザイン」で産業を復活させよう 鷲田祐一先生

鷲田祐一「蛇 長すぎる」と断じたのはルナールだが、私は「デザイン 安すぎる」と不満に思っている。それどころかデザインは、そのままでは価値を認めてもらえないことすら、ある。
企業に見積りを出す際、工程にデザインが含まれる場合はいつも悩まされる。「デザイン行為そのものに値段をつけても監査が通らないから、データのファイル数だとか人日(にんにち)だとか、数えられる費目にせよ」と指示されるケースが多いからだ。
著作権の問題もそうだ。写真やイラスト、創作的表現の文章には、作られた時点で自動的に著作権が発生するが、デザインやアイデアには著作権は認められないとされている。
このように長年不当に日陰者扱いに甘んじてきた「デザイン」だが、それこそが日本の産業を復興させる原動力となるのだ!と熱く説くのが本日の講師、鷲田祐一・一橋大学大学院経営管理研究科教授である。

早い者勝ちのネットワーク効果

数年前、とあるICT系コンソーシアムのメンバーから聞いた愚痴が今でも忘れられない。「米国事情を知れば知るほど日本はもう追いつけないと判る。周回遅れ、いや軽く2周は遅れてしまった」。痛恨の表情だった。今や「GAFA」が世界を席巻していくのを放心したように見つめるしかない日本のICT業界。かつてINSやiモードで世界を先駆けていた栄光の記憶も歴史の彼方だ。

Google、Apple、Facebook、Amazonはいったい何をやって成功した会社なのか。鷲田教授の分析によれば、
1)すべて「インターネット付随サービス」業である。
2)技術革新もあったが、いずれも「発明」ではなく「既存技術の組み合わせ」である。
3)強いネットワーク効果を最大限に発揮し利用してきた企業である。
4)顧客体験を「デザイン」することで支持を得てきたデファクト企業である。
とのこと。これを見ただけで彼我の差に絶望的な気持ちになる。
例えば「インターネット付随サービス」に携わる技術者は日本にはたった5万人しかいないという。日本の情報産業を担う人材は100万人。人材不足が叫ばれて久しいが、その数は長期横ばいで一向に増えない。そのうえ、ほとんどがSIベンダー産業に3K労働力として吸収されてしまっており、たった5%しか成長分野に投入できていないのだ。
また日本企業が革新的な技術での市場参入をめざして愚直に研究開発を重ねている間に、GAFAは「既存技術の組み合わせ」やアジャイル型開発でスピーディーに市場に飛び込み、見る見る間に「ネットワーク効果」で独占を果たしてしまった。ネットワーク効果というのは、ある種の商品では普及すればするほど価値が高まる現象を言う。例えば電話やメールなどは通信できる相手が増えれば増えるほど便利さが増していくように。

複雑系経済学のパイオニアであるブライアン・アーサー教授が1994年に"予言"した「収穫逓増の理論」「経路依存仮説」は、「技術が普及する時系列的な順序によっては、必ずしも優れた技術が勝つわけではない。かつ、それが収穫逓増型商品で発生した場合は、その後に競合技術が登場しても、すでにネットワーク効果が働いているせいで市場は永遠に均衡を迎えない可能性がある」というものだった。つまるところ「収穫逓増型商品では早い者が必ず勝ち、最終的には自然独占が起きる」という身も蓋もない結論なのだが、GAFAはまさしくそれを現実化して見せたのだ。

顧客はどちらにワクワクするか

"彼我の差"のうちで最も大きいのは、4番目に挙げられた「顧客体験のデザイン」という発想だろう。
鷲田教授は2015年に出した『イノベーションの誤解』という本の中で、日本企業の研究開発現場に渦巻く「技術革新型のものづくり幻想」を指摘している。世に言うプロダクトアウト発想というヤツだ。だから日本では、AppleのiPhoneに代表されるような「とにかくカッコいい」と顧客を惹きつける製品づくりができないのだ。

鷲田教授は「かつては世界を席巻した日本の家電は韓国などの企業に大敗している。商品を見れば一目瞭然に、日本製品は『機能はいいけどカッコ悪く、しかも高い』ということがわかる」と説明しながら、前面の大型モニターに国産の薄型TVと韓国サムスン社の薄型TVを並べた写真を映し出した。講演会場に溜息が充満する。続いて教授はMacBookの真っ白でオシャレな外箱と、国産PCの無骨な段ボール梱包とを並べて映し出す。再び会場を満たす溜息。「顧客はどちらにワクワクするでしょう。どうしてこうなってしまったのか」
顧客体験にまで目が行き届かないのが日本の「技術革新型ものづくり」の最大の敗因なのだ。

2018年5月23日、経済産業省と特許庁は、約15年ぶりのデザイン政策提言を発表した。そこでは「デザイン経営」宣言が謳われ、意匠法の改正をテコにして、企業がデザイン力をもっと生かせるようにデザイン政策を転換してゆく方針が示された。提言をまとめたのは、著名デザイナー、有名メーカーのデザイン担当役員と知的財産担当、経営コンサルタント、学者からなる「産業競争力とデザインを考える研究会」。その座長を務めたのが鷲田教授だった。
遅ればせながら国がデザインに舵を切ったことで、今や周回遅れとなってしまった日本の産業が復活できるのだろうか。

デザインがコストカットの対象に

続いて映し出されたのは、鷲田教授が日米中3カ国のデザイナーを実態調査した研究結果のグラフ。その無残さには戦慄さえ覚える。3カ国のうち日本のデザイナーだけが近年のICT導入によっても「仕事の増加はみられない」「仕事の質の向上もみられない」「仕事のスピードアップもあまりない」、それどころか「デザイン価格はむしろ低下している」という。

デザインがコストカットの対象とされてしまっている日本のものづくり現場。米中のデザイナーはイノベーション実現を目指して成功と失敗を積み重ねているが、日本のデザイナーのうち約4割がそもそも「イノベーションを目指してはいない」といい、その平均成功回数は米中の半分以下だ。
世界の産業界を席巻しつつある「インターネット付随サービス」では顧客接点を「デザイン」する能力が期待され、欧米や中国ではそれをデザイン人材が担っている。日本だけがデザイン人材と情報技術人材がほとんど融合していないうえ、デザイン人材に情報技術やマーケティングを教育する体制もなく、デザイン人材は戦略会議に同席すらさせてもらえない。

ものづくり大国・技術立国と標榜してきた日本では、伝統的に理工学部卒の幹部が技術戦略を決め、それ以外の社員は黙って従うだけ。イノベーションはデータや数式を操れる人達にしか起こせない物と信じられてきた。顧客に至ってはプロダクトアウトな製品やサービスを「技術者が決めた正しい使用法を守るように」と下げ渡されるだけ。「GAFA」が繰り返し取り入れてきたユーザーイノベーションなどは全く認められない風土なのだ。

デザイナーを経営陣に迎え入れよ

こんな絶望的な日本企業に起死回生の可能性はあるのか。しかし鷲田教授は諦めてはいない。「簡単です。デザイナーを経営陣に迎え入れるのです!」無邪気なまでの笑顔で教授は断言する。実際に教授は今いろんな企業にそれを説いて回っているという。
教授は「経営の最上流工程でのデザインとは単なる色や形という意味ではなく、"社会の中で何がどのように必要とされているのか"を見抜く洞察力。経営陣はそうしたデザイナーの仮説生成能力を信じて、アジャイルでいいから拙速にリリースしてみる。それが後に強力なネットワーク効果を発揮する源泉となるのです」と熱く説く。

確かに、デザイナーを常務に据えたマツダは売上を伸ばし続け、世界市場で存在感を急上昇させている。これこそが経営における「デザイン」の力なのか。
鷲田教授の講演を聞くうち、死屍累々の日本企業たちがカンフル剤を打たれたかのように次々と立ち上がるイメージが脳裏に浮かんできた。
うん、きっと大丈夫!だって日本は葛飾北斎や平賀源内など稀代のデザイナーを生んだ国だもの。既に江戸時代に和時計やからくり人形、天体望遠鏡などで世界をあっと言わせた国だもの。顧客体験をデザインし、ユーザーをワクワクさせるものづくりのDNAが、日本には必ずあるはずだ。そのDNAを目覚めさせるべく日々奮闘されている鷲田教授の"伝道行脚"に、日本の未来がかかっている。

三代貴子