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知性と情熱に彩られた「道」 池田理代子さん

池田理代子この日の客席は圧倒的に女性が多い印象。「ベルばら」世代の40代、50代が目立つ。いつもよりも柔らかな期待感に包まれる中、壇上にあらわれた池田理代子さんはビビッドなピンクのワンピース姿。お年のことに触れるのは無粋と知りつつ、つい言いたくなってしまう。72歳とは到底信じられない華やかさ、美しさだ。

講演タイトルは「私の歩いてきた道」。
「わたしの話を聴きたい人なんて居ないんじゃないかと思って」と、少女漫画の巨匠に似つかわしくない謙虚な第一声から始まった講演は、夕学五十講では珍しいインタビュー形式。漫画家の他に声楽家の顔も持つ池田さんは、人前に立つことには十分に慣れておられるはずだが、両手でマイクを持つ姿からは少しの緊張が伝わってきた。

物語を書くことは、人間を描くこと

歴史物に取り組む理由は、ご自身が歴史に強い興味を持っているから、というのはもちろんだが、そこには「歴史をムダにしたくない」「歴史には、昔の人たちが身をもって教えてくれたことが詰まっている」という思いも含まれている。
だから、池田さんは記録された事実を淡々と描くようなことはしない。史実をベースに、架空の登場人物が生き生きと動き回ることで繰り広げられる壮大な世界観が池田作品の真骨頂だ。

フランス革命で捕えられたルイ16世が残した「安全な場所から人を非難するのはたやすい。今まで誰も、私と同じ立場に立たされた者はいなかった」という言葉に衝撃を受けたエピソードを紹介し、「彼は決して愚鈍な王様ではなかった。勉強熱心で優しい心を持っていたと思います」と結んだときに、無機質な史実からリアルな人物像が立ち上がる瞬間を見た気がした。

いくつかある歴史ロマン大作の中で、代表作はなんといっても『ベルサイユのばら』だが、わたしにとって漫画原作は(世代的に)なじみが薄い。でも、アニメの再放送は夢中になって見ていた記憶がある。「ダンソウノレイジン」という、ときめきと背徳感とを兼ね備えた主人公オスカルの姿は、子どもだったわたしの目にとびきり魅力的に映ったのを覚えている。

それにしても、今でこそ漫画やテレビドラマのテーマとして「性のグラデーション」がふつうに取り上げられているが、1970年代に発表された「男装した女性が主人公の少女漫画」はかなりセンセーショナルに受け止められたことだろう。

オスカルはトランスジェンダーではないが、池田さんが描いた短編作品の中には、LGBTに正面から向き合ったものもあるそうだ。講演の中で紹介された『クローディーヌ...!』は1978年に発表された作品だが、「性同一性障害」という言葉すら知らない人がほとんどの時代に、こうしたテーマを描く先見性と視野の広さに驚かされる。

講演の中で何度か語られた「時代も場所もおかれた立場すらも超えて"人"を描こうとする姿勢」に、池田さんの作家としての矜持を感じ、感銘を受けた。

チャンスを見逃さず、努力を惜しまない

幼いころから読書家だった池田さんは、まずは小説家を目指すものの思うような結果が出ず、「ならば」と漫画家修行を始めたそうだ。東京教育大学(現在の筑波大学)を出た才媛だけに作家以外の選択肢もあったのだろうが、学生時代のアルバイト経験から「人と接することの無い仕事をしたい」という理由で漫画家を選んだ、というお話は意外だった。

その後、数年の下積みを経てデビューすることになるのだが、漫画家としての道のりは決して平坦ではなかった。というのも当時、漫画はあくまで「女・子どもの娯楽」だった。「しょせん漫画家」と扱われ、さらに女性の社会進出に対する理解が欠如していた時代に、若くして良くも悪くも注目を集めてしまった池田さんのご苦労は想像を絶する。漫画批判の矢面に立ち、経済的に自立した女性に対する差別を一身に受け、逆風と闘い続けた。

苦難を乗り越えながらも多くのヒット作品を世に放つ一方で、ドイツに留学したり、47歳で東京音楽大学に入学したりと、池田さんの"学び"を追求する生き方はエネルギーに満ちたもののように見える。ご本人は「わたしはエネルギッシュではありませんよ」と頑なに否定していたが、その根本には「後悔の無い人生は絶対に無い。でも『あのときにやろうと思えばできたのにやらなかった』という後悔だけはしたくないんです」と語るだけの強い思いがある。
エネルギーの大小はともかくとして、「今を逃したら、二度と無い」という覚悟を推進力に換えることで、常人離れした生き方を貫いてこられたのだろう。

現在は、音楽を志す若者を支援するための活動の一貫として「池田理代子とばらのミューズたち」の運営に奔走しているそうだ。このオペラカンパニーのために「老後の資金を使い果たしました」とさらっと語る池田さんは、大輪の花を背負ったオスカルに負けないくらいキラキラと輝いていた。

あたりまえのことだが、時間が有限なのは池田さんだけではない。にもかかわらず、ほとんどの人は池田さんのように生きられない。
「人生でじぶんの夢を叶えられる瞬間は一生に何度も無い」という池田さんの言葉を胸に深く刻みつけて、その瞬間を逃さないように「私の道」を歩いていかなくては、と強く思った。

千貫りこ