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明石ガクト氏に聴く、実践:VISUAL STORYTELLING

明石ガクトいやこれ無理っしょ、この講演レビューするとか。だって相手は明石ガクトさんよ?ワンメディアの代表取締役で、日本の動画制作の第一人者よ?去年バカ売れした著書のタイトルだってズバリ『動画2.0』なんだから。動画1.0どころか静止画すらない文字だけ2500字かそこらでどうやってこの日の講演内容をまとめて紹介しろっちゅうねん。どこまで竹槍精神なんや。

なんなら今回、文章じゃなく動画でレビューしましょか?こう見えても学生時代には若手映像作家の登竜門と言われたぴあフィルムフェスティバルで予選を突破したこともあるんですよ。本選で落ちたけど。え?映像と動画は違う?そこをわかっていない時点でアウトですか。そうですかわかりましたじゃあ潔くテキストだけで玉砕しますよ。メディアとしてのテキストのダメっぷりを全力で証明することで時代は動画だよ!というのを伝えるのが今回の私の役割ってことで。斬られ役か。

でもあれ、まず意外だったのは配布資料ね。最近の夕学の傾向は、100ページとかあるスライドを2イン1両面完コピで全部配るお土産バッチリパターンか、あるいは講演者紹介文のみ配布(いいから講演に集中してね状態)のどちらか、って感じでしょ。でも明石サンの配布資料はそのどちらでもなかった。ワード形式のA4縦一枚に、講演の流れに沿った章題の文字を箇条書きしたペーパーのみ。以下にそれ全部載せとくね。文字数も稼げるし。

"映像と動画"の違いとは?
 -映像から動画への進化
 -Information Per Time
 -動画に求められる3つのS

コンテンツの世代間断絶
 -若者クイズ
 -消えていくマス
 -個人最適化するコンテンツ

続・ヴィジュアル化する世界
 -オリンピックチケット
 -Twitter
 -タクシーの中
 -テキストはオワコン?

動画の始め方
 -オシャレなカラオケビデオの罠
 -@と#
 -Do what you can't

まず明石サンが言ったのは「人類の歴史上、最もカメラとスクリーンが地上に溢れている時代」が現代でありだからこそ「映像は進化する」ということ。何に進化するかって?もちろん動画。家で2時間テレビに向きあってじっくり観るのが映像、満員電車でスマホで音無しで数分単位の細切れ時間の中で観るのが動画。
何しろ最初の数秒で目を奪わなければ観てもらえない。そして飽きさせずに目を奪い続けなければお客さんは次の動画に流れて二度と戻って来ない。そんな過酷な生存競争を勝ち抜くために重要な概念が「単位時間当たりの情報濃度(Information Per Time)」であり、「Smartphone、Speed、Silence」という3つのSだ。

ワンメディアがつくった動画が例として流される。アーティストが創作の背景を語っている。その背景に話の内容を補完するVISUALが入る。アーティストの口から零れるキーワードが文字で刻まれる。そうやって言葉が、音声がVISUALIZEされていく。「そうしないと理解されない。みんな話なんか3割にしか聞いてないんだから」と明石サンが言う。

で、動画の時代。
「みんなが同じものを観ていた時代は、みんな同じ人が好き」
「誰もが違うものを観ている時代は、誰もが違う人が好き」

あるいはこうも言ってたな。
「5000万人が熱狂する、ひとつのコンテンツから」
「5万人が熱狂する、1000のコンテンツへ」

日本で5000万人が熱狂するイベントは来年の五輪が最後、と明石サンは断言してた。今後ますますマスは消える運命。でも5万人の熱狂から数十万人数百万人の熱狂へとうねっていくコンテンツも中にはあるんだね。けみおサンとか300万人のフォロワーがいても丸ビル会場300人のほとんどが知らない有名人とか俺も全然知らなかったよ。テレビの世界と動画の世界、観てる世界によって見える世界がこんなにも違うとは。

いやそもそも動画どころかテレビすらあまり観ない、本と新聞つまりテキスト中心で生活してるような自分にトドメを刺しに来たのが箕輪厚介氏のTweet「言葉オワコン化。」を引用しての「テキストはオワコン化?」。あれ明石サンのほうは「?」がついてる?
「動画は想像以上に言葉からできている。言葉を受け付けない人に、言葉以外の方法で伝えていくには、動画に乗せて言葉を紡がないといけない」。慌てて書き取ったので正確な言い回しじゃないのは勘弁してくれ。大体そんなことを明石サンは言ってくれたのさ。「言語化できない奴がつくるのが『オシャレなカラオケビデオ』。なんとなくきれいな映像が流れてるけどメッセージがないので心に残らない。世の中そんな映像で満ち溢れている。でもライターは、文章構成能力があるから、動画の時代でも喰いっぱぐれない」。

ここで配布資料のことを思いだした。明石サンがつくった言葉だけの素っ気ないレジュメは、「本日は完全新作です」とノッケで宣った今日のこの講演そのものを見事に要約している。いや要約じゃなくて骨格なんだ。構成が完璧だからその組み立て通りに話が流れるんだ。しかもブレない。
情報量は多い。でもメッセージはひとつ。だからONE MEDIAなんだ。
テキストとイメージが一体となってメッセージが物語に生まれかわる。だからVISUAL STORYTELLINGなんだ。

AIの存在が人類を脅かすと言われて久しい。論理計算などの能力は既に人間を凌駕している。でも例えば、AIに絵を描かせるとどこか気持ち悪いものに仕上がる。芸術的なこと、人を感動させることがAIはまだまだ苦手なようだ。
であるなら、画を動か(Move)して人を感動(Move)させる動画制作ってのは、AIにとっていちばん難しい領域なのかも知れない。逆に言えばもっとも人間らしい領域。その裾野を広げ、新しき表現者のためのプラットフォームを創ろうとする明石サンは、人類に残された最後のフロンティアの開拓者といってもいい。

大げさ?
いや、動画の「再生(Play)」ボタンを押すってことは、死んでいるものに「再」び「生」を与えるってことだから。そんな神様みたいなことを、観る者に日々させている明石サンは、神の中の神、グルといってもいいんじゃないかな。ま、ご本人は、ただひたすら愚直にガムシャラに全力で遊んで(Play)いるだけかも知れないけど。

...やっぱテキストじゃこのあたりが限界。どこまで行っても言葉は動画のVISUAL。あとは各自スマホで確認されたし。目と耳と心を奪われんことを。

白澤健志