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ストッパーのはずし方 太田光代さん

太田光代今回の講師である太田光代さんは、爆笑問題などが所属する芸能事務所の社長さん。言わずと知れた太田光さんの奥様である。会場に入ってきた太田さんを見てまず思ったことは、「美しい人だ」ということ。スッと立つ姿も、ゆっくりと歩く姿も自然に視線を持っていかれてしまう。話しはじめると声もゆったりと落ち着いていて素敵だ。

今回のテーマは「タイタンの学校のすすめ」。太田社長が経営されている株式会社タイタンでは、2018年に学校を開設した。この「タイタンの学校」には芸人をめざす「芸人コース」と、一般向けの「一般コース」という二つのコースが用意されている。

芸人コースはその名のとおり芸人志望の人たちが入学してくる。会社の側から見ればこれは人材育成であり、また人材を発掘する場所でもある。実際、一期生の中から事務所の「預かり」となったいわば"芸人の卵"が11組も出たそうだ。
一方の「一般コース」には様々なバックグラウンドの人たちが入学してきたそうだ。こちらの一般コースは、太田社長のお話しを聞く限り、当初は「タイタンが持つノウハウを社会に還元する」という社会貢献的な意味合いが強かったらしい。

太田社長は、若い子達を見ていて「インターネットやSNS上では話が進むのに、実際に人と話すのが苦手。コミュニケーションの取り方がわからない子が多い」と感じていたという。タイタンが芸人を育ててきたノウハウを提供することで、コミュニケーション力の向上につながる、それがタイタンの社会貢献というわけだ。
しかし実際は、「一般コース」を設けたことはタイタンにとっても大きな意味があったと太田社長は言う。ご本人の言葉によると、「WIN-WINの関係」とのことだ。

お話しを聞いていてユニークだと感じたのは、この芸人コースと一般コースでは多くの授業が共有されているということ。配られたカリキュラムを見ると、芸人コース全276コマ、一般コース全204コマのうち、184コマは両者が共通して受講することになっている。
太田社長によると、「お笑いの観念とは『恥ずかしい』を捨てて伝えること」。この哲学に基づく密度の濃い授業が行われた結果、最終的には「芸人志望者よりも一般の人たちのほうがより芸人らしくなった」という。

私はタイタンの学校の授業風景を想像した。一方には必死で芸人を目指す人たちがいる中で、一般コースの人たちが変化していく様子が目に浮かんだ。人々を笑わせるために、「恥ずかしい」という思いを軽々と超えていく芸人の卵たちの姿は、どれほどの刺激になったことだろう。もちろん、芸人コースの人たちもまた、ビジネスの世界で日々戦っている一般コースの人たちから大いに影響を受けたに違いない。
184回もの授業を共にする中で、両者の間には化学変化が起きたことだろう。私は「一般枠」の人間なのでどうしてもそちら側からの視点で見てしまうのだが、彼らの変化は、固いものが柔らかく溶けていくようなものだったろうと想像する。

「恥ずかしくないように」というのは、自分に課しているフレームの中でも結構強固なものだ。恥ずかしくない服装。恥ずかしくない食べ方。恥ずかしくない立ち居振る舞い。恥ずかしくない言葉遣い。恥ずかしくない持ち物。恥ずかしくないあれやこれや...。
意識的な部分もあるけれど、多くは無意識のうちに、あるいは時に過剰に、自分に課してしまう「恥ずかしくないように」というフレーム。時にはこれを超えてみたい、その先には少し違う風景があるのかもしれないという思いは、心の奥のほうにひっそりと、でも確かに存在していることに今回の講演を聞いて気が付いた。皆もそうではなかろうか。

フレームという言い方をしたが、これを別の言葉に置き換えるなら「ストッパー」である。今回のお話しをうかがって、自分の中にあるストッパーを外したいと思うときの一つのヒントを得た。
そのストッパーを軽々と超えている人々に近づけばよい。時間・空間を共にする機会を持てば良い。ストッパーを超えた言動が許容される環境の中に身を置くうちに、あるいはその環境の中にいる人を真似するうちに、自分のストッパーが溶けていくことを感じることになるだろう。
こう感じるのは、これまでにも似たような経験を知らず知らずにしてきたからだ。自分には到底できないと思っていたことを軽々とやってしまう人々と偶然知り合ったことで、気が付けば自分の能力も伸びていたなんていうのはよくある話。
これを、偶然を待つのではなく計画的に行うのだ。自分のストッパーを外すため、あるいは殻を破るため、あるいは自らは脱げない鎧を捨て去るため。言い方はいろいろあるけれど、そのために相応しいコミュニティを探し勇気をもって参加すること。
それこそ、インターネットやSNSがある現代だからこそコミュニティ探しはそれほど難しいことではない。今回の講演では「ストッパーの外し方」の重要なヒントを教えていただいたように感じている。
 
講演中は終始美しいたたずまいの太田社長だったが、優雅に話をされる姿には何か凄みを感じていた。そのことを語らなくとも、どれほど大変な経験があり、日々のご苦労があり、大きな喜びもあれば悲しみもあり、成功も挫折も経験されながら濃密な時間を積み重ねてこられたのだろうと想像したら、か細い体に宿る強い魂が見えた気がした。
これから益々のご活躍を心からお祈りする。

松田慶子