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相澤孝夫院長に聴く、ビジョン・ミッション・モチベーション

相澤孝夫組織には、求心力と遠心力が働く。

スタートアップに成功し急成長中の企業などは、ほとんど求心力の塊だ。大量の人と金が急速に凝集し、膨張しながら成長していく。その中心にいるのはカリスマ的な創業者か、あるいは磁力の強いビジネスアイデアか。

一方、遠心力が優勢な組織もある。意義不明の仕事、魅力のない上司や同僚、経営破綻の噂。そこから逃げ出したい、という思いが駆動する「ネガティブな遠心力」に満ちた職場。

だがここで論じたいのは「ポジティブな遠心力」だ。高度な専門性が要求される自分の仕事そのものへのモチベーションは高いが、組織としての仕事には関心が薄い。
そんな職場のひとつ「病院」で、懊悩しながら経営改革を進めてきたのが相澤孝夫氏だ。

社会医療法人財団「慈泉会」の理事長として1898名の職員を束ねる相澤氏は、中核部門である相澤病院の最高経営責任者の肩書きを併せ持つ。
相澤病院は、長野県松本市に所在する地域の救急医療の拠点病院である。一日の外来患者783人、救急車来院台数18台という数字から、その規模と日々の様子が窺われるだろう。

創業者一族の四代目として、相澤氏がこの病院を引き継いだのが四半世紀前。その時点で相澤氏は、「病院」組織の特徴を次のように捉えていた。

  • ミッションやビジョンが不明確でも経営が可能な組織
  • 多種・多数の専門職が集まる組織
  • 専門性を有することが権威と運営の基盤となっている組織
  • 専門職員の集団が独自の規範を有して存在する組織
  • 専門力がマネジメント力より重視される組織
  • 職員の組織人としての自覚が乏しい組織

「病院は多種の専門職が多数集まる特殊な組織構造であることから縦割り組織となり、職種間・部署間・部門間の協働・連携が希薄となりやすく、組織としての一体感を持った行動が取れない」。このため、「病院は組織として脆弱であり、変化に適切に対応できない」。

病院に対する否定的な言辞が並ぶ。だからといって「専門性よりも組織を第一に考えろ」などと頭ごなしに怒鳴ったところで、医師をはじめとする専門家は反発するだけだろう。相澤氏はもちろんそんな行動はとらず、代わりにこう考えた。
「病院に働く多くの職員は、単なる労働者ではない。医師を筆頭に、P.F.ドラッカーが唱える知識労働者(knowledgeworker)である。日本語で言えばプロフェッショナル。労働時間や病院組織にではなく、成果・達成に対して忠誠心がある。知識・思考を生産手段とし、問題解決を行うことを生き甲斐として仕事をする人間だ」。

そのような、知識労働者としての医療従事者を集めて、相澤病院は何をするのか。言い換えれば、相澤病院の存在意義とは何か。「医の本質は救急医療」、というところから突き詰めて考えることで、慈泉会と相澤病院のミッション・ビジョンが定まった。これを院の内外に周知し、職員に徹底することで、個々の職員の仕事を組織の仕事の中に位置づけた。

次に取り組んだのは、仕事へのモチベーションを更に掻き立てて組織へのロイヤリティを引き出すことだった。具体的には、部門部署の機能と仕事をプロファイルとして定義し、資格等級制度で個々の役職に求められる要件を定め、それらをイントラネットで公開して、評価と処遇の透明性を確保した。併せて、就業規則を部署ごとの都合に応じて柔軟に定められるようにした。また、各職種がそれぞれの専門性の高い業務に集中できるよう補助的な業務に関する社内資格を適宜設定して業務を再分配したりもした。これは専門家の負担を軽減するだけでなく、非専門家に新しい道を開きモチベーションを湧き起こすことにもなった。

相澤病院の仕組みは、個々の職員からしてみると、目標設定にしろ研修受講にしろ働き方にしろ、相当な部分が自己に任されていると感じるはずだ。と同時に、挑戦もせず成果も出せなければ評価も処遇も低くなる、ある面での厳しさも感じる仕組みとなっている。ここには相澤氏の人財観が現れている。そのような考えがにじみ出ているところを、相澤氏の言葉からいくつか拾ってみる。

「変革の時代に求められる人財は、本物のプロである。プロとは自己経営のできる人である。つまり自立と自律が備わっている人である」
「自立とは課題を自ら創り出すことであり、自律とは仕事のPDCAサイクルを自ら回せることである」
「知識労働者は、自己実現のための自立と自律を個人単位で実践する」
「人は、自ら立てた目標であれば、達成のために意志と意欲を持って自発的に努力する」
「人が頑張り続けるためには、成果が見えること、成果の適正な評価があることが重要である」
「働くすべての人の能力とモチベーションを最大限に高めることで、組織は最大限の効果を上げる」

「組織は、異なる仕事をこなす、異なる技能と異なる価値観を持った多数の人たちで成り立っている」。これは人間の身体も同じだ。個々の異なる器官(臓器、Organ)が、つながりあい、それぞれの役割を果たすことで一人の人間の生存が担保されている。
では地域社会というひとつの生態系において、病院というひとつの組織(Organization)の果たす役割は何か。環境の大きな変化の中でそれを問い直すうちに、これまでの「救急医療」に加えて、「介護」がキーワードとして浮かび上がってきた。救急医療と介護を核に、地域コミュニティの崩壊を食い止められないか。そう相澤氏は考え、ミッションを書き換えて、後者を担う相澤東病院を創設した。

講演の中で、職員、特に若い世代について相澤氏が語った言葉が印象的だった。

「メンタルになる人が昔よりすごく増えた」
「若手の教育は難しい。年々難しくなっている」
「人と人との関係性を上手に保てない」
「きちんとすることと優しさは別なのだが」
そして
「今の若い人は、ほんとうの優しさやほんとうの厳しさに、触れられていないのではないか」。

講演の主題は、相澤病院について相澤氏自身が書いた経営改革の「処方箋」であった。
だがその間には、地域の問題、社会の問題、そして個人の変化の問題が見え隠れしていた。病院、そして高度な専門性が要求される組織は、結局は人が資本である。その「人」への診立てと処方箋も、同時に教えられた講演であった。

白澤健志