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評価の軸を自分の内に 安田秀一さん

安田秀一今回の講師である安田秀一さんは株式会社ドームの創業者であり、代表取締役CEOである。同社は「スポーツを通じて社会を豊かにする」というミッションを掲げ、スポーツ用品やサプリメントの販売などを手掛ける会社だ。同社が展開するアメリカのブランド「アンダーアーマー」は、スポーツとほとんど接点がない私でさえもロゴを見れば「ああ、あれか!」とわかるものなので、多くの人によく知られた存在であろう。

安田さんは大学時代、アメリカンフットボール部の主将をつとめられた。その安田さんは、大学3年生の時に合宿に行ったハワイで、ファシリティや用具の供給に対する日米の差に驚愕したという。
例えばハワイの学生は、まるでティッシュを使うかのようにテーピングを大量に使い、体じゅうを保護していたそうだ。片や日本人学生はというと、湿布に包帯。これでは勝てるわけがない。「B29に竹槍で立ち向かうような感覚だった」とその時の心境を安田さんは振り返る。

当時、日本はバブル真っ盛り。もはや世界中で買えないものなどないと言わんばかりに栄華を極めていたはずなのに、大学のスポーツの現場では、日米には天と地ほどの差があった。ハワイ大学の広々としたグラウンドも、ミーティングルームも、すべてが日本とは違い過ぎた。
この時の衝撃が、安田さんが会社を設立する原点になった。
1996年に会社を設立された安田さんは、テーピングの輸入販売からスタート。アメリカでは99セントで売られているテーピングが、日本では1本400円もした。ドームではこれを200円弱で販売。各方面から随分と感謝されたという。
そこから扱う内容を増やしていき、ビジネスの領域を大きく広げ、現在に至るという訳だ。

安田さんは興味深いデータも示された。日本のスポーツ産業の規模は、1994年で3兆円だったものが2014年では4兆円まで縮小。一方のアメリカでは、18兆円から55兆円と3倍に増えたという。

こうした安田さんの話を聞きながら、日本人は何にお金を使っているのだろうと私は考えてしまった。私たちは正しく、というより、豊かなお金の使い方をしているのだろうか?
例えば、ブランドが大好きとされる日本人。かくいう私も嫌いではない。
なぜ私がブランド品をほしいと思うのかを考えてみた。デザインの良さ?それもある。クオリティの高さ?勿論それもある。でも「高価なものを持っていることを、他人に羨ましがられたい」という欲求が結構強烈にあることを、恥ずかしながら認めざるを得なかった。
コツコツ節約しながらブランド品を買い求める姿は、客観的に眺めればどこか滑稽だ。その滑稽さを理解しているのに、ブランド品を買うことをやめられない私たち。これが日本人特有のものかどうかはわからない(最近の外国人観光客を見るとアジア圏の人々に共通して見られる傾向のような気もする)が、自分が海外を旅行した時、あるいは日本を旅行する外国人観光客の姿を見たときに、少なくとも日本人にブランド好きという特性が強くあることは事実だろうと思う。

何が言いたいかというと、スポーツで大盛り上がりしたところで、他人からはたいして羨ましがられないだろうなと、日本におけるスポーツ産業が大きくならないことの大きな要因がここにあるのかもしれないと私の思考が行きついたのだった。
スポーツ観戦に出かけ、好きなグッズを買い、贔屓のチームに声援を送り、大いに飲み食いする。「カープ女子」を筆頭にそういう楽しみをしている日本人がいることはテレビを通しては知っているけれど、私の周りにはほとんどいない。ハイブランドのバッグを持っている人の名前は何人も挙げることができるが、スポーツに熱狂する人と言って思い浮かべられるのは、せいぜい一人か二人というところだ。

「生活の必要はもはや十分満たされたのだから、次は成熟した豊かな暮らしをしよう」。そんな趣旨のことは随分前から言われてきたことだ。物質的豊かさから精神的豊かさへ、なんて言葉も今では手垢にまみれ、口にするのはバツの悪い感じすらしてしまう。
であるにも関わらず、いまだに物質的な豊かさを求めてしまう私たち。多くを手にしたら満たされるどころか、さらに一つでも多く、もっとたくさんのものを、と欲しがるその根底は、評価軸がいつまでたっても他人にあるからではないか。他人に褒められたい。羨ましがられたい。周りより高価なものを手に入れたい。皆からスゴイと思われたい...

そんなステージを抜けた先にある、次のステージとは何だろう。
好きだから。とにかく楽しいから。応援したいから。そう自分の気持ちに素直になって、物や時間を購入する。つまりは、評価の軸を自分の内に持つ。他人がどう思うと、自分が良いと思うものにお金もパワーも使うというライフスタイル。好きなチームを、選手を心置きなく存分に応援し、その時間を家族や友人と楽しむといった文化がそれではないか。4年に1度のオリンピックやワールドカップの時だけではなく、日常的にスポーツで熱くなる人々が増えていく。その延長線上にスポーツ産業の明るい未来が開けてくるように思った。
これは勿論、スポーツだけでなくいろいろな分野で同時多発的に進行していく動きなのだろう。仕事でも、アートでも、何でも。そう考えると、これまで夕学で講演をされた西野亮廣さんや前田裕二さんの話とも符合する。今、本当に、価値観の転換点なのだ。

安田さんのようにスポーツ産業の供給サイドにいる方たちには、こうした気持ちに応える仕組みや仕掛けをどんどん構築してほしいと願う。私たちは恐れずに、そうした波に乗っていきたい。人目を気にせず楽しむこと。好きなことを気持ちよく応援すること。
好きという気持ちだけで十分、誰に羨ましがられなくたって良いじゃない?という態度が、これからの明るいスポーツ界を、未来を、つくるパワーになると感じた。

松田慶子