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動画配信で真っ当な社会を創る 前田裕二さん

前田裕二夕学五十講に登壇する方々のお話しをうかがっていると、時代が大きく変化する瞬間を、まさにその現場を目撃しているように感じる時がある。今回の前田裕二さんがそうだった。これまで私が聞いた中では、西野亮廣さんや石黒浩さんの回でも似たような感覚を持った。

前田裕二さん。「IT業界の成功者」と聞いただけで私は、頭は良いけど世の中をナメていて、ギラギラした野心家とでもいうような、どこかいけ好かない人物像を想像してしまう。自分はそうした成功者にはなれないという嫉妬の裏返しかもしれない。
しかし、講演を聞いた直後の私の感想は「なんていい人なんだ!」というものだった。前田裕二さんは、真っすぐで、正直で、頭はクールだけど心は超熱い。一昔前なら「青臭い」なんて思われそうな理想を泰然と掲げ、それを実現するために能力も労力も時間も惜しまず注ぎ込む。理想を実現させる戦略と、圧倒的な熱量を持つ人だ。そして愛情深い人だと感じた。

前田さんが会社を立ち上げたのは「努力がフェアに報われる社会をつくる」ためだそうだ。努力がフェアに報われる社会。大学生が口にしそうで、40を過ぎた私が聞くと少し気恥ずかしくなるような言葉だ。
この理想を実現するために、2013年、前田さんは「SHOWROOM株式会社」を立ち上げる。誰もが無料でライブ動画を配信でき、また視聴できるサービスを提供する会社である。
動画配信サービスと聞けばいくつものサービス提供会社が思い浮かぶが、SHOWROOMには他社と差別化を図るいくつかの特徴がある。

まず「ライブ(リアルタイムの配信)」であること。これにより、配信者(演者)と視聴者とは必ず同じ時間を共有する。となると演者はごまかしがきかず、ミスをすることもあり、成功も失敗も生で配信される。つまりはドキドキ感を視聴者と共有する。視聴者からのリアクションがリアルタイムで演者に届き、双方向のやりとりも可能。これにより、両者のエンゲージメントが強固になる仕組みだ。

次に視聴者が可視化されていること。通常の動画配信であれば基本的には視聴者が誰かはわからないが、SHOWROOMでは可視化される仕組みが作られている。動画を視聴するための画面は、通常はその大部分が動画配信のためのスクリーンとしてデザインされるが、SHOWROOMはスクリーン部分が小さく、代わりに視聴者の参加が見える仕組みが大きくとられているのだ。これは前田さんの当初からのこだわりで、視聴者には「受動的」ではなく「能動的」な参加態度であることを求めるからだそうだ。
さらに視聴者には、演者を「投げ銭」形式で応援できる"GIFTING"という仕組みがあり、これをもとに演者には一定の報酬が支払われる。今では月に1000~1500万円の収益を実現できる演者も出現しているそうだ。

こうした仕組みは、前田さん自身の体験を基にデザインされたものだ。幼少期にギターの弾き語りをしていた前田さん。路上で彼のライブを聞き、投げ銭をしていく人たちの笑顔はみな幸せそうだったという。別に置いていかなくても良いお金を、わざわざ置いていく人々の嬉しそうな表情に素晴らしさを感じ、お金を出す人も、受け取る人も、両者が幸せを感じる空間をバーチャル世界で作り出そうと考えた。

また大学生でインドを旅行した時には、両足のない男の子が一生懸命にドラムを演奏してお金をくれと迫ってきた姿に感動し、所持金をすべてあげたというエピソードも。もしこの姿を世界中にライブ配信できれば、少年の努力はもっと報われるに違いない、そのための仕組みを作ろうというのが常に前田さんの原点だ。

前田さんは、SHOWROOMがつくりだすバーチャル空間を「共感経済圏」と呼ぶ。何らかの強い共感によって、自分以外の誰かのためにお金や時間を使う「共感消費」が作り出す新市場、それが共感経済圏。自分以外の誰かのためにお金を使うことが自分の幸せとして跳ね返ってくる、そんな空間だ。

他人のためにお金を使うことを幸せに感じるという感覚は、私にもある程度理解できる。
数年前から私はある団体を細々と応援している。行政も企業もカバーできない領域で苦しむ家族を助けようとしている、小さな団体にささやかな寄付をしているのだ。金額はわずか数千円。普段ならちょっと豪華な食事一回分にもなるだろうか。そんな程度の応援だが、寄付することで私が得る満足は極めて高い。

まず、寄付をした直後に「これで誰かが少し幸せになるのかも」と想像する時間は幸せだ。さらに、寄付へのお礼メールが届いた時も嬉しい。活動後にレポートをもらえたりすると、少しでも役に立てたのかなと再び満足させてもらえるし、その団体の活動の素晴らしさに心打たれて時には涙したりもする。また寄付したいし、その活動が続く限りは見守りたい。こんな風に、お金をもらう側も嬉しいだろうが、出す側も嬉しいというの感覚は実感として確かにある。

私はクラウドファンディングを通してこの団体を知ったのだが、クラウドファンディングはどちらかというと社会貢献性の高いものが対象になりやすい。素晴らしい仕組みだと思うのだが、これとは別に、もっと単純に、面白いとか、強烈に好きとか、めちゃくちゃ楽しいとか、そういうことにお金を払う=投げ銭できる仕組みがあるというのなら、それはとても素敵なことだ。前田さんはそんな空間=共感経済圏を世の中に創り出しているのだ。

前田さんの話を聞きながら、リアルとバーチャルの境目なんてもはやないんだなと思った。バーチャルな世界だからこそ素直に表現できる自分というのがあって、それはある意味ではリアル以上にリアルな自分・・・・・・・・・・・・であり、それに対してバーチャルな空間にいるリアルな他人が評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・してくれるのであれば、それは正当な評価としか言いようがない。いや、より本音が出る分、リアルな世界で評価される以上に正確な評価と言っても良いくらいだ。
匿名性の高いバーチャルな空間では、ネガティブな書き込みや「荒らし」と言われる現象に嫌な気持ちになることも多いのだが、それはバーチャル空間のデザインの問題かもしれない。個人名を明示しなくても、ネット上の「自分」にアイデンティティを注ぎ込むような仕組みを構築すれば、バーチャルな空間は今よりも体温のある、より善なる空間へと変容するのだろう。いや、すでにそんな風に変わってきているのかもしれない。一部のSNSに私はある種の気持ち悪さを感じるが、前田さんが作り出す世界には、もっとカラリとした気持ちのいい空間の広がりを感じた。

以前石黒浩さんのお話しをうかがった際、「人間とアンドロイドの境目とは実は極めて曖昧かもしれない」という感想を持った。私たちは、アレとコレとは別、というように違いを強調して線引きを好む傾向があるが、不要な線引きは目の前の現実をゆがめて見せる。リアルとバーチャルを分けることには、今はほとんど意味がないのだろう。

前田さんのお話しをうかがっていて感じるのは、「性善説」とでもいうような考え方に立つ明るさだ。バーチャルな空間で「努力がフェアに報われる社会」を創出しようとされ、実現もしている。そして、バーチャル空間で生み出された真っ当な精神文化がリアルな世界をも巻き込み、牽引していく強さを覚える。そういう明るくて軽快な空気がジワジワと、社会に確実に根を伸ばしていくのを感じる。
私も努力がフェアに報われる世界の住人でありたいと、講演を聞いて強く思った。

松田慶子