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自分を変えるために異分野から学ぶ 平野早矢香さん

平野 早矢香気づいたら卓球がメジャースポーツになっていた。
石川佳純選手や伊藤美誠選手、張本智和選手などなど卓球界では多くのスター選手が世界レベルで活躍している。日本の卓球選手はなぜこんなにも強くなったのか。ロンドンオリンピック銀メダリストの平野早矢香さんは次のように分析する。

  1. 自分のスタイルにあったプレーをしている
  2. 海外でのプレー経験が豊富
  3. 目標意識の高さ

以上の3つが、若手選手の特徴であり、それが故に世界で戦える実力を持っている。特に目標意識の高さでは、現代の若手実力者たちはジュニアの時にすでに日本制覇をしており、その目標は世界に向けられている。ここが平野さんのジュニア時代と違うところだ。

両親が卓球をしていた影響で5歳から卓球をはじめた。家に卓球台がある環境ではなく、地元栃木県鹿沼市の卓球クラブに週2~3回通う程度であった。小学校2年生の時に全国大会バンビの部で第2位になって皆が褒めてくれた。しかし、1位になれなかった悔しさのほうが大きかった。親の反対を押し切り、中学は県外の仙台育英学園秀光中学校に進学したが、中学生時代も1位になることはできなかった。高校はそのまま仙台育英高校に進学、高校1年生の時に初タイトルを獲得した。

泣き虫愛ちゃんこと福原愛さんや石川佳純選手のような「天才肌」ではなく、「不器用なタイプ」であると平野さんは自分自身を評する。性格は意思が強いといえば聞こえはいいが、頑固で試合になると勝ち負けを気にして緊張するタイプ。そこで自分とまわりを比較することからやめた。「成功より成長が大事」と、日々小さなことを積み重ねていくことに集中した。

高校卒業後は、「世界に出たい」と、スカウトもされなかったミキハウスに入社を希望した。当時、野村忠宏選手や福原愛選手という世界レベルで戦うアスリートが多く所属している会社だから選んだ。ミキハウスの卓球部は四天王寺高校出身者、いわば平野さんの出身校である仙台育英のライバルに当たる選手が多い。そんなところに乗り込んでくるなんて、当時のコーチも驚きを隠せなかったという。だが、平野さんは自分自身を世界で戦える選手に変えるために、ミキハウスに入社した。

入社後は次の4つを変えた。

  1. ラケットやラバーなどの用具
  2. サーブなどの技
  3. 身体の使い方
  4. 自分自身の精神

ここで面白いのは、「身体の使い方」も「精神」も、まったく卓球に関係ない人達に指導を求めたことだ。
平野さんの身長は158cmと日本の卓球選手の中では平均的であるが、世界では170cmぐらいの選手が多く、高い位置から打たれれば、勢いで負けてしまう。そこで、合理的な身体の使い方を覚えるために、古武術を学んだ。
また、精神的な勝負強さを手に入れるために、20年間無敗で「雀鬼(ジャンキ)」の異名を持つ、雀士桜井章一氏に教えを請うた。ここでのエピソードがかなり面白いのだが、雀荘でいきなり桜井氏に素振りを見せてくれと言われてやってみたら、

「左手が上手く使えてない」

と、まったく卓球を知らない桜井氏にアドバイスされたという。そして、「頭でプレーをしないで、試合の流れ、相手の流れ、全体の空気を感じろ」と。
 
これら「全く違う分野から学んだことを、自分の分野に応用させる」ことはスポーツ選手だけではなく、どんな世界でも重要であり、この応用ができる人は「学ぶ力が高い」と個人的には思っている。話は逸れるが、最近「大学教育は役に立つか」という問題があちこちで議論されているが、学ぶ力が高い人はどんなことでも自分の仕事に応用できる力があるので「役に立つ」が、それができない人には「役に立たない」のではないかと思う。そんなホットイシューを日々考えていたので、平野さんの異分野に学ぶ姿勢は腑に落ちた。

自分を変えることで、自身を強化した。2008年の北京オリンピックで代表選手に選ばれ、取材がそれまでの2倍以上に増えた。インタビュアーに「獲りたいメダルの色は?」と聞かれ、正直銅でも良いと思っていたが、そんなことは言えないので「金メダル」と宣言するしかない。仕方なく言った「金メダル」という言葉にどんどんプレッシャーがかかっていった。

そのまま北京オリンピック団体戦を迎えたが、格下のオーストラリアにサーブを打つ手の震えが止まらなかった。結局は韓国に3-0で負けて、メダルすら獲れなかった。「オリンピックに出るか出ないかで人生が変わる」と聞いてはいたが、「メダルを獲るか獲らないかで人生が変わる」ことを平野さんは感じた。そして、次のロンドンオリンピックでは「絶対に勝つ」と決めた。

勝つために最重要課題である相手選手の分析に集中した。卓球で強豪国と言われるのは韓国、香港、シンガポール、中国の4カ国である。対象の選手達の弱点を徹底的に分析した。私たちはより上を目指すときには、自分の力を高めようと思うが、相手の力を100%出させない戦術も重要であることを知った。相手が打たれたら嫌なゾーンに打ち込んで、50%の力しか出させない。一見意地悪な感じであるが、そうでないと勝つことはできない。ロンドンでは福原選手と石川選手と一緒に戦った団体戦で銀メダルを獲得することができた。25年の卓球人生の中で、はじめて試合を楽しむことができた。そして2016年には引退を決意。この卓球人生で学んだことは、「昨日の自分より一歩前へ」ということだ。大きな目標を立てると、遠すぎて達成できない。それよりも日々少しずつでも前進し続けることが大事。

そんな平野さんは、卓球選手を引退した後も前進し続けようとしている。今は英語、中でもTOEICの勉強を学んでいる。きっと卓球で学んだことが英語獲得にも役に立つのではないだろうか。次回もまた異分野から学んだことを活かす話を聞いてみたいと思った講演であった。

ほり屋飯盛