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21世紀を"つくる"ソーシャルな巫女 林千晶さん

林千晶今宵の講演タイトルは「人と人をつないで化学反応を起こす」。
今、確かに私の中に何らかの反応が起きつつある。講演を聞き終えて、少し混乱しながら会場を後にした。

虚業か実業か

これまで、いわゆるソーシャルビジネスというものには、一抹の胡散臭さを感じてきた。
例えば、「ネットがざわついた」などと表される巨大な人数での井戸端会議で無責任な噂が広がったり、イナゴの大群のように人々が我も我もと押しかけて「映えるスポット」が流行ったり廃れたりする、ああいう事象が、マーケティングだのコミュニケーション戦略だのに使われたりしている現状は、もちろん承知している。

そうした風評的なふわふわした基盤の上に何らかのムーブメントを起こすことがソーシャルビジネスだとの認識で、所詮、虚業といったような世界の話に過ぎない気がしていた。少なくともここ当面はその範囲の話に留まるだろう、と。
今回の講師の林千晶さんが経営する会社は「クリエイティブカンパニー」だという。この言葉にもまた「ソーシャルビジネス」に通じる危うげな空気を感じた。

さまざまなクリエイターを知っているが、クリエイターを自称しつつ、ちっとも創造的ではないルーチンな作業をしている人もいれば、創造的すぎて浮世離れしてしまい、他者にとっては何一つ有用性を見いだせないような珍妙な物を生み出し続けている人もいる。
しかしそうした予断が、まるでオセロゲームの逆転劇のように次々と塗り替えられていく。林さんの話を聞いていると、どうやらロフトワークという会社の「ソーシャルなクリエイティブ」は、リアルの世界に着々と形や実態を創り上げて来ているというのだ。

18年間で世界は変わった

現在世界8ヵ所に拠点を持つ株式会社ロフトワークの代表取締役であり、MITメディアラボ所長補佐や経産省・産業構造審議会の分科会委員まで務める林さんだが、2000年に起業した時点では家賃11万円の2DKアパートにオフィスを構え、デスクを買うお金がないからと押し入れの中段にPCを置いて仕事をしていたという。"偉い人"に会うたびに「クリエイティブなんてお金にならない」「スケールしないベンチャーなんてやってても無駄」と面罵され、泣きながら帰ったこともたびたびだったという。

そんな起業から18年を経た今、ロフトワークは25,000人が登録するクリエイターネットワークを核に、Webサービス開発、コンテンツ企画、映像、広告プロモーションなどクリエイティブサービスを提供。学びのコミュニティ「OpenCU」やデジタルものづくりカフェ「FabCafe」などの事業も展開する一方、地域産業創出を目指す官民共同事業体をも持つまでに成長した。
こうしたロフトワークの歩みと軌を一にするように、今やクリエイティブ産業はどの国でも確かな競争力を担う領域として国家戦略の柱になっている。

概念をデザインする

従来「デザイン」というのは、インダストリアル業界のプロダクトに強く結びついた概念だったかと思う。それが林さんの手にかかると、ビジネスや地域コミュニティ、コミュニケーションや働き方、あるいは"概念"すらもデザインしてしまうという。
「概念をデザインする」というのは、つまり哲学だ。古代ギリシアで万物の姿や本質を規定しようとしていた、その時点から人類は連綿と文明を発展させながら2500年程が過ぎ、そして今また哲学に戻ろうとしているというのか。
7月にこの夕学五十講でコーン・フェリー・ヘイ グループの山口周さんの講演を聞いたが、そこでも「美意識こそが経営を再生する」といったテーマの話を聞いた。世界中の名だたる企業が「経営にはサイエンスだけでなくアートが必要となってきた」と考えているという。そういったこととも連動する話なのかもしれない。

刺激的で哲学的なコンセプト

講演では、「21世紀のルールはますます変わる」として、林さんが進めるプロジェクトの4つのコンセプトが順に紹介された。

「1.他者をつくる」では、「キャリア構築のドーナツ理論~自分を取り囲む360度の他者との間に自分の営みがある~」や、他者からの誘いと自分のやりたいこととの真ん中に巻き上がる「活動の上昇気流」などについて説明された。

「2.つくるをつくる」では、人とサービスとをつなぐバリューチェーンの中に位置づけられるデザインを、「リサーチを通じた発見」「新しい価値の創造」「体験としての実装」という使い手の体験プロセス全体として捉えていることが説明された。また座右の書だという川喜多二郎の『発想法』(1967年)によるKJ法や、早稲田大学大学院経営管理研究科の入山章栄准教授に教わったというカール・ワイクの「センスメイキング理論」なども紹介された。

「3.働くをつくる」では、環境が働き方を規定するという実例や、働き方をデザインするという発想が紹介された。

「4.明日をつくる」では、森林再生とものづくりを通じて地域産業創出を目指す官民共同事業体「株式会社飛騨の森でクマは踊る」通称・ヒダクマでの取り組みが紹介された。
いずれについても、既成概念を根底から揺るがすような刺激的かつ哲学的な提案にあふれていた。とてつもなく多岐にわたっているその関心領域は列挙することすら無理だ。興味のある方は林さんのブログやFacebook、Twitter等をご覧いただきたい。

自然体で人を巻き込む巫女

講演内容もさることながら、私が強い印象を受けたのは林さんの風貌だ。一般に成功した女性経営者というと、語弊を恐れずにいえば、派手で押し出しのある雰囲気の人が多い。やはり男性社会で伍していくためには強さが必要だからだろう。また一般にクリエイターといえば、その服装は極めて奇抜だったり過度にラフだったり、あるいはサステナビリティの体現なのか全身自然素材づくしというタイプが多い。

しかし林さんはそのどれでもない。鮮やかなショッキングピンクのカットソーに黒いパンツを合わせたシンプルなスタイルや、ショートカットの髪とナチュラルなメイクからは、メッセージ性や気負いのような物は一切感じさせない。さらに物腰や声のトーンは非常に柔らかく、相手を包み込んでしまうような雰囲気だ。その瞬間瞬間で、あどけない少女にも優しいお母さんにも見えてしまう、不思議と警戒心を抱かせない自然体で、林さんは会う人会う人を引き寄せ、魅了し、巻き込み、つなぎ合わせて来たのだろう。年間に300ものプロジェクトを走らせており、そのうちの一つに過ぎないヒダクマですら、359人ものクリエイターを呼び込み、20もの事業者と組んでいるというのだ。

人と人をつないでビジネスへと止揚している林さんは、自身が媒介(メディア)なのだ。メディアの原語はmedium、巫女という意味でもある。
極めて21世紀的に見えるビジネスを司っているのが巫女であり、そのめざす所が哲学、という不思議な情景。それを目の当たりにして混乱をきたした私の脳内に、これからどんな化学反応が起きるのかが楽しみだ。

三代貴子