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メディアで日本のアップデートを狙う 佐々木紀彦さん

ササキphoto_instructor_941.jpg往年の名画や名作ドラマには、記者たちが主要キャストでよく登場した。かのクラーク・ケントも新聞記者だ。正義感に燃える彼らは社会のヒーローだった。しかしいつの間にかそうした作品はあまり見かけなくなり、昨今新聞記者が話題になるのは"偏向"や"ねつ造"や"盗用"ばかり。ネット界隈では「マスゴミ」などと貶められる始末。かつて「社会の木鐸」を自認する誇り高き存在だったマスメディアは、いつからその権威を失ってしまったのか。

世界に後れを取る日本のメディア

「クイズです。世界最大発行部数の新聞は何でしょう?」

株式会社ニューズピックス取締役CCO・佐々木紀彦氏の講演は、会場への軽妙な問いかけから始まった。

答えは読売新聞だという。2位が朝日、3位が毎日、7位に日経、10位に中日、と、なんと世界のトップ10のうち5紙を日本の新聞が占めている。なんだ、日本の新聞はそんなに影響力があるんじゃないか...と思いきや、クイズの第2問でそのからくりが判明する。

「世界の新聞オンライン版有料会員数のトップは?」

答えはNew York Times。以下Wall Street Journal、Washington Post、Financial Timesに次ぐ第5位にやっと日本の日経がランクインするも、それ以外に日本の新聞は見当たらない。早い話、日本は新聞のデジタルシフトが遅れているというだけなのだ。

「では世界で最もコンテンツに投資している企業は?」

これは想像に難くないところでトップはNBCユニバーサルだったが、それに肉薄する2位がNetflix、3位がAmazon、そしてHulu、Apple、Facebookと、新興の企業ばかりが続く。今般とうとうDisneyの時価総額を上回ったというNetflixのコンテンツ投資額は日本円で8500億円(2018年3月現在)。対する日本ではテレビ局が最も投資が多いものの、各局とも1000億円前後だ。コンテンツ投資においても日本は大きく後れを取っているのだ。

100年に一度の大変化が来る

佐々木氏は「メディアを変えるものは技術・政策・ビジネスモデルの3つ」だという。

活版印刷の例を持ち出すまでもなく、新しいテクノロジーの登場はそのたびに新しいメディアを生み出して来た。近現代の米国に例を取れば、1922年に雑誌TIMEが生まれたのはカラー印刷機の誕生が契機だったし、1927年にCBSラジオが開局したのは放送技術の実用化が、1971年にVIACOMがスタートしたのはペイ・パー・ビュー技術の商用化が、2006年にBuzzFeedが登場したのはソーシャルメディアの誕生が、それぞれ契機になったのだ。

そして今、DIGITAL・SOCIAL・MOBILEという3つのテクノロジーが同時に勃興したことにより、メディアの世界は"100年に一度の大変化"を遂げようとしているという。

メディアの変化のためには、テクノロジーと共に政策やビジネスモデルが不可欠だ。例えば日本のテレビが一大メディアになった理由は、新聞社にテレビのキー局を子会社として持たせるという田中角栄の政策があったからだ。同時に、電通の吉田秀雄がテレビの枠を買い取ってスポンサーに小売りするというビジネスモデルを作ったことが大きかった。新聞でいえば、読売新聞社主の正力松太郎がジャイアンツを作り、メディアと興行ビジネスをくっつけるという最強のメディアミックスを編み出した。

コンテンツ黄金時代がすぐそこに

「ではなぜ日本のメディア業界は変化が遅いのでしょう?」佐々木氏はこう問いかけると「どうぞお隣の人と3分ほど相談して意見をまとめてください」と笑顔で促した。

夕学五十講には何度も参加しているが、受講者同士で話し合うなどという経験は初めてだ。私もおずおずと隣の男性の方を向く。「放送法等の法律で守られているから」というのが私たちの共通意見だったので、佐々木氏から指された隣席の男性はそう答えた。

次々と指された人たちが答えて行く。「人口が多く国内だけで利益が上がるからでは」「日本語の壁があって外資が入って来にくいからでは」「ユーザー視点ではなく広告主に依るビジネスモデルだからでは」等々いろんな意見が出た。佐々木氏は「さすが!どれも正解です。つまりは変わるインセンティブがないということでしょうね」とまとめる。
「日本の3大ガラパゴス業界は、"政・官"と"教育"と"メディア"だと言われています。でもこのところ"政・官"や"教育"のあちこちから歪みが噴出していますよね。そして次はメディアの番です」

5Gの到来で動画が標準になり、既にiPhoneやAmazonで開いている風穴から外資がドッと押し寄せ、人口構成も変わる。そこに大手メディアの倒産やメディア経営者の世代交代、新興メディアの勃興などが同時多発的に起きる。そうしたことで日本のメディアもいよいよ大変化の時を迎える。

これまでのメディアはそれぞれが分断されたムラ社会の職人の世界だった。それが今後はネットとコミュニティを媒介にミックスされ、インタラクティブかつハイクオリティになる。そしてコンテンツ黄金時代がやって来る、というのが佐々木氏の見立てだ。

独自メディアから新たなコミュニティを

そんな中、NewsPicksは経済情報に特化したキュレーションアプリという独自の立ち位置で、現在350万ユーザー、うち8万が有料会員という規模まで来た。会員の86%が男性であり、20歳~44歳までが8割を占めるという。

NewsPicksは他のキュレーションメディアとどこが違うのか。それは"プラットフォーム"と"ソーシャル"と"コンテンツメーカー"という3つの機能を同時に1社で自前でやっているという点だ。これはなかなか真似できないことらしい。

さらに今後は、佐々木氏が尊敬する福澤諭吉がメディア(時事新報)と、教育(慶應義塾)と社交場(交詢社)の3つを融合させたように、NewsPicksもメディアと学びの場とリアルで交流できる場の3つを融合させて行きたいという。

それにより、多様なプレイヤーがオープンに集まる重層的なコミュニティが自律・分散・フラットに交わるような"新しい経済圏"を作り、旧来の日本をアップデートすることを目指すのだという。

「さよなら、おっさん」

今年6月、日経新聞に載ったNewsPicksの全面広告が物議を呼んだ。「さよなら、おっさん」という扇情的なコピーがデカデカと踊るカラフルなデザインで、同じトーンの中吊り広告がJR車内にも並んだ。

「おっさんというのは年齢や性別の話ではなく凝り固まった価値観やルールのことであり、今知るべき情報と生の意見を取り入れることで、人は若返ることができる」との趣旨は、小さな文字の本文を読まない限り分からない。

これが物議を呼んだ時点で、出稿したNewsPicks側の"勝ち"だったのかもしれない。しかしこのダイバーシティ全盛時代に、一見すると対立軸を打ち立てているように見える表現はどうなのか。"多様なプレイヤーがオープンに集まる重層的なコミュニティ"を標榜する端から排除の思想が垣間見えた気がしたのは、"20歳~44歳までの男性"というNewsPicksの会員属性から外れている私の僻みなのか。

「フィルターバブル」の名付け親であるパリサーの言う「アルゴリズムによりもたらされる、情報の個人的生態系」に留まることなく、NewsPicksがこの国の閉塞感を打破するような"新しい経済圏"を生み出すことに大いに期待したい。

三代貴子