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美意識こそが経営を再生する 山口 周さん

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ゴミを作るために働いていたのか?

「スペースコロニーに移住する際、日本の文化遺産から1つだけ持っていけるとしたら、いったい何を選びますか?」

コーン・フェリー・ヘイグループのシニア クライアント パートナー山口周氏の講演は、意表を突いてこんな問いかけから始まった。これを山口氏は20年にわたり自問自答し続けてきたという。自分で考えるだけでなく身近な人々にも尋ね、研修で呼ばれた際には受講者達に書いて提出してもらったりもしてきた。
するとその答えのほとんどが17〜18世紀以前のものだというのだ。山口氏自身も天目茶碗や長谷川等伯の松林図や桂離宮などを想起するという。

産業革命以降の近代社会は、人口も激増し、テクノロジーも高度に進化、生産性を大いに高めた。しかしなぜその時代は、人々が至宝と思う物を産み出せなかったのか。そう思って改めて周りを眺め回すと、景勝地の湖に浮かぶスワンボートや、都市の頭上をグシャグシャと埋め尽くす電線、行楽地のロードサイドを埋め尽くす広告看板など、醜いものばかり。山口氏は嘆息する。「誰が望んでこんなものが存在しているのか」。
そして山口氏は気づいた。「どれも工業製品だ。すべて企業が作ったものだ。みんなで真面目にコツコツと仕事をこなした結果、醜い風景を作り出し、全体として大きな損失を生み出しているのだ」と。

現代人が、膨大なエネルギー資源やコンピュータの力を濫用し、心身を耗弱させながら長時間働いて作って来たものは、誰も子孫に残したいとは思わないようなものばかりだった。財を産み出しているつもりでゴミを産み出していたのだという絶望。
「つまり、世の中を悪くしてきたのは、ごく普通の会社たちだったのでは?」という結論に至ったという。

外れてしまったケインズの予言

経済学者のケインズの予言は今ではほぼその通りになっているが、大きく外した例もあるという。1930年に『孫の世代の経済的可能性』というエッセイで述べた「百年後になると世の中を維持していく労働時間は週に15時間ほどになるだろう」というものだ。ケインズは「週に2〜3日働けば済む社会になる。しかしそれが社会問題を引き起こす。暇をつぶせない人がたくさん出てきて無気力で怠惰な社会になる」と書いている。
しかしその"孫の世代"に至った現在の日本は "怠惰な社会"になるどころか、政府が働き方改革を主導しなければならないほどに長時間労働が常態化している。日本だけではない。労働時間が世界一短いオランダにしても週に29時間は働くという。

20世紀のオートメーション化や21世紀に入ってのICT化のおかげで、企業の生産性は飛躍的に上がり、かつては何日もかかった作業がものの小一時間で終わってしまったりする。では余った時間で人々は何をしているのか...。

企業活動の半分以上は無意味

ケインズの孫の世代の現代人が、週に40時間以上を費やして精励している仕事を"クソ仕事"だと喝破したのが、アメリカでベストセラーになっている『Bullshit Jobs』(2018年5月刊 国内未刊)の著者David Graeberだ。
「技術による生産性の向上が果たされた今なお、ケインズの言った"週15時間労働"は実現していないばかりか、企業活動の半分以上は無意味だ。市場競争が企業の非効率性を根絶するはずなのに、Bullshit Jobsに携わる人のほとんどは民間企業に属している」とGraeberは書いている。

これを読んで、知人の大企業の営業本部長が嘆いていた言葉を思い出した。
「社員たちが幹部への説明資料のパワーポイント塗り絵に夢中になってばかりで本末転倒もいいところだ。そんなものは要らないから今すぐ営業に出ろと言ってるんだが」
この嘆きを聞くと、Bullshit Jobsは会社の命令でやらされているだけでなく、自然発生的に生まれているものもかなり多いのだろう。"忖度"は洋の東西を問わないのかもしれない。

正解のコモディティ化による膠着

一方、海外では名だたるグローバル企業が著名なアートスクールに幹部候補を送り込んだり、有名なコンサルティングファームがデザイン会社を買収したり、という動きが目立ってきた。これは、従来のような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた「サイエンス重視の意思決定」では経営が難しくなってきているからだという。

実際の生産作業は極めて短時間で済むようになった現代、残りの余剰時間を人々は分析的・論理的に情報処理をする時間に充てるようになった。世界中の市場で、多くの企業の多くの人々が分析的・論理的に情報処理を行うことで、他社や他人と同じ答えに至ってしまい、必然的に差別化の消失が起こる。その結果、同質化という罠に陥って身動きできなくなる。

山口氏はこれを「正解のコモディティ化」と呼ぶ。こうした膠着状態から抜け出すため、「正解とは異なる"強くてオリジナルな回答"をどう産み出すのか」。そのカギとなるのが「全体を直感的に捉える感性と、内省的に真・善・美を判断するための美意識」なのだという。

直感・美意識・感性が競争力になる

経営学者のミンツバーグが指摘したように、経営における意思決定にはアートとサイエンスとクラフトの3者がバランスよく組み合わされているべきなのに、現在多くの企業ではアートがないがしろにされている、と山口氏は警鐘を鳴らす。「アート=直感・美意識・感性」の側面を経営の中に復権することが企業に競争力を取り戻すカギなのだ。

スティーブ・ジョブズの没後、動きが鈍っているように見えるApple社がいい例だ。ジョブズが健在だった時代には "WYSWYGインターフェイス""ノート型PC""スマートフォン"などの革命的な新概念を次々と製品化し、瞬く間に世界中の常識を塗り替え続けていたが、それはジョブズがファウンダーにしてCEOという立場から、アート面への徹底的なこだわりを貫き通していたからだというエピソードはあまりに有名だ。
2007年を思い出してみて欲しい。「正解のコモディティ化」で膠着状態にあった携帯電話市場におけるiPhoneの圧倒的な存在感は、今思い出すだけでも胸が躍る。あの時、掌の上にソリッドな未来が輝いていた。

ちなみに私はこの講座冒頭の山口氏の問いかけに、勢いよく「iPhone!」と答えかけて「あ、日本の文化遺産か...」と意気消沈した。いや待てよ...でも、Apple製品に新潟県燕三条の町工場をはじめ多くの日本企業がサプライヤとして貢献してきた事実もある。ここはひとつ、iPhoneでもいいことにしてもらえないものだろうか。

(三代貴子)