« 歴史には未来のシナリオが潜んでいる 本村凌二先生 | メイン | 琴坂将広先生の考える経営戦略の未来 »

明るい未来がやってきた!? 西野亮廣さん

ニシノphoto_instructor_937.jpg3歳の息子の子育てばかりに関心が向いている私でさえ、世界が劇的に変化していることを肌で感じる今日この頃である。今回の西野亮廣さんの講演では、今起きている大きな変化の一つの面を、クリアに、かつ軽やかに、見せてもらったように感じている。

2001年、と改めて書くと随分時間が経ってしまった感が強まるが、私はこの年に「地域通貨」と出会った。地域通貨とはその名のとおり、特定の地域で限定的に使われるお金のことで、この地域通貨の考え方は当時の私にとって衝撃だった。

その考え方とは、お金とはモノやサービスを交換するための尺度であり、それは誰もが自由に生み出すことが可能で、そのお金の価値を信用する人々の間(=コミュニティ)では流通させることが可能だ、というものだった。「お金は自分達でつくればいい」という発想はシンプルながら極めて大胆で、そして何より、それまで感じたことのない「自由」を感じさせてくれるものだった。

ただ残念だったのは、この当時の地域通貨はいわゆるボランティア活動と結びついたものが多く、人々の善意で運営されている実情が人間的で温かな印象を与える一方で、どこか頼りなく、一時的な「活動」あるいは「ムーブメント」という印象が強かったことだ。根底にある思想の強烈さに比べるとその存在はふんわりとしていて、心もとなかった。
きちんと調べたわけではないが、当時流通していた地域通貨の多くが現在は活動を終了していると聞く。いつしか私もこの地域通貨から離れていた。

今回の講演で私は、地域通貨に出会ったときのあの感覚を思い出した。当時は圧倒的に新しいと感じたものが、知らないうちに、世の中のスタンダードになりつつあるのかもしれない。新しいお金を作ればいいじゃない、的な。そのためのツールだって随分出そろっているでしょう、と。
それと同時に感じたのは、目には見えない空気のような存在だった「信用」というものが、ある部分では可視化され、ある部分では定量的に測られながら、手触り感のある確かなものへと変質してきているということだ。

例えばこの日はクラウドファンディングのことが語られた。私も何度か寄付をしたことがあるのだが、西野さんによると「クラウドファンディングは『集金装置』ではなく、信用をお金にかえる『両替機』だ」とのこと。

面白い発想だと思ったが、言われてみるとちょっとわかる。
クラウドファンディングには同じようなテーマが並ぶがその中で募金するものとしないものとが混在する。私の場合はまず、知人のプロジェクトは比較的優先順位が上がる。それから、自分が親しみを持っている場所に関するプロジェクトもそうだ。
同じプロジェクトをリピートで応援する傾向もある。応援したいプロジェクトをたまたま発見し、少額ながら寄付をする。すると活動の様子がSNSで紹介されたり、報告書が届いたりする。寄付をして良かったなあと満足すると、同じプロジェクトが次の活動を始めたときにもまた寄付をしたりする。なんなら知人にもちょっと紹介してみたりもする。
寄付をする金額は一回3千円前後。私からすると、懐がすごく痛む金額ではないけれど、それなりに価値のある金額だ。それでも年に何度かは寄付をする。

そこには何らかの信頼がベースにあると言えるかもしれない。
信頼できる相手、信頼できる(というか価値を感じる)土地、信頼できるプロジェクト。クラウドファンディングは信頼をお金に換える両替機だと言われれば、そうかもしれないと頷きたくなる。私は、相手に対する信頼を、ささやかなお金に換金することで表現し、応援しているのだ。

となれば、寄付を募りたい側からすると、寄付を募る前の段階でいかに信頼を築けるかがキーになる。たくさんの人と実際に会うことでも良いだろうし、正確で親しみやすい情報を発信し続けることでもよいのかもしれない。一度寄付をもらった相手に対するフォローも信頼につながる。
信用が築けていれば、いざお金が必要というときに現金への両替が可能となるというのが西野さんのお話だ。

お金を貯めるのではなく、信用を貯める。たくさんのお金を所有するのではなく、必要なときにお金に換えられる信用をいかに持つか。
クラウドファンディングだけでなく、信用をお金に換えるためのツールは増えつつあると西野さんはいう。ユニークな視点だ。

思い返せば、2001年頃はまだfacebookもtwitterもなかったし、クラウドファンディングの仕組みもなかった。
その頃の「信用」は空気のようなものだった。見えない。触われない。測ることも比較するのも難しい。存在しているのはわかるのだけど、なんともとらえどころのないもの。
それが今は、友達やフォロワーの数が見えてしまう。「いいね」やリツイートの数も明確に出る。これらが「信用」とまったくイコールだとは思わないけれど、それなりに相関はするはずだ。

嘘を書けばすぐにばれるというのも、考えてみればすごい時代だ。嘘をつけば損をするということは、逆に言えば、誠実であること、正直であることが価値が生むということ。これって素晴らしいことじゃない!と、西野さんの話を聞きながら、ふと気持ちが明るくなった。ある部分では、理想的な未来の姿が到来しているんじゃない?みたいな。

西野さんは90分の講演時間も、そのあとの質疑の時間も喋り倒し、今回の講演はとにかく濃密だった。このレビューではそのごく一部にしか触れていないが、ご興味のある方は西野さんの著書『革命のファンファーレ』を読まれると良いと思う。今回の講演に書かれていることの多くが、こちらの本に書かれているはずだ。

ここまで書いてきて何なのだが、私自身は現在SNSから少し距離を置いている。自ら発信することがほとんどないのは強い理由があってのことではなく、なんとなく面倒になったからであり、「いいね」の数をつい気にしてしまうのが自分の小ささを見るようで若干嫌気がさしたからでもある。発信だけでなく他の人の投稿を見る頻度も落ちているが、他人の幸せっぷりがキツく感じた時期があり、なんとなく遠ざかったというのもある。

そんな私が言うのはいかにも説得力が欠けるのだが、SNSが世界を変えたことは間違いない。信用の価値も高まった。ネガティブな側面もあるのだろうが、それでも結構、良いほうに変えたのではないかと今回の講演を聞いて素直に思った。

地域通貨に出会ったあの頃に想像した未来。信用する者どうしがゆるやかに結びつき、ないものは自分達で作り出し、気軽にシェアする。多くのモノを所有しなくても、仲間がいれば幸せに暮らせる。重たいものからはさっさと離れ、フットワーク軽く自由に動き回る。そんな未来。
そんな未来が私たちの「現在」かもと思ったら、視界がパッと開けた。

(松田慶子)