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貫く 山口絵理子さん

山口絵理子初めから終わりまで夢中になって聞いた。ゼロから何かを立ち上げた人の話はすべてが具体的で活気とエネルギーに満ちて引きつけられる。バングラデシュでの立ち上げ、いや、動機となった山口絵理子氏の子供時代から今日までのストーリーがそのままマザーハウスのブランドになっている。いじめられていた子供時代、おとなしくて授業中手を挙げる事などとてもできなかったという学生時代を過ごした山口氏は現在、日本国内29店舗、台湾6店舗、香港1店舗を構え、バングラデシュを初めとするアジア諸国に生産拠点を持つ。

このマザーハウスを生んだのは「途上国から世界に通用するブランドをつくる」との理念である。強い動機や目的があると人間はためらいや他事に構っていられなくなる。きっと山口氏もそうだったのだろう。自身の経験から教育に強い関心を持ち、大学時代、竹中平蔵先生のゼミで途上国が経済発展する上で教育がいかに大切かを知った。そしてワシントンの国際機関で開発援助のインターンシップをするが「現場を知らなければわからない」とバングラデシュへ飛ぶ。怯えながらも頻発するテロやデモ、洪水に接し、何が一番良いのかを常に考えていた中で「これだけはインドに負けない」といわれる「黄金の糸」ジュート(麻)に出会う。

しかし黄金の糸の実態は輸出用の75セントの麻袋となるに過ぎず、現地の人には斜陽産業だと笑われる始末。ファスト・ファッション製造拠点であるバングラデシュで各国のバイヤーがするのは原材料をいかに下げるかという事だけ。一方、フェアトレードで販売される品物は質が悪く、支援以外の目的で消費者がわざわざ買いたくなるようなものではなかった。

「原材料ではなく、付加価値のある商品を。『かわいそう』だからではなく『かわいい、かっこいい』を。途上国から世界に通用するブランドをつくる。」と、当時スケッチブックにビジョンを書いた。山口氏は「『貧しいからできない』を変えてみたい。矢印が反対になるような、途上国からのものをつくりたい」と思ったという。

「矢印を変える」?驚いた。これはイノベーターの濱口秀司氏が講演で繰り返し言及したイノベーションの核と同じだ。そうだ、山口氏は創業者というより、むしろイノベーターといった方がいいのかもしれない。

「バングラデシュはカントリー・リスクが高い」といって多くの企業が撤退した中で彼女は「カントリー・リスクが高いからこそ、自分たちがコントロールしたい、自由にやらなければならない」と考える。単なるリスク・テイカーではなく、強い理念により人には見えないものが見えていた。あるいは見ようとしていたのではないか。正に矢印を変えて見ていたのだ。

この山口氏の理念と姿勢は当然周囲も動かす。バングラデシュのスタッフが受け身の姿勢から自主的に動くようになった。バッグ製作とは中国製品や雑誌掲載商品のコピーのこと、クリエイティブというものが存在しなかった彼らが山口氏の理念に、働く姿勢に反応する。

さらにお客様の声が届くようになり、彼らのやる気は劇的に変わった。もちろんそうなるための工夫が様々に凝らしてある。サンプル室を見える化して誰でも入室可能にしている事、お客様の現地工場訪問ツアーを開催し、自分の作った「モノ」がお客様の「生活」になった様子をスタッフが目の当たりにしバッグ製作の感動を味わせる事などだ。今ではスタッフが自主的にミーティングや提案をし、昼休みにユーチューブでエルメスの動画を見ることもあるという。(模倣ではなく)上の世界を見ようとしているスタッフの姿に山口氏も嬉しさを感じているそうだ。

こうして書くと、あまりにも上手くいき過ぎて理念と幸運だけで成功したように見えるかもしれないがそうではない。そこには無数の挑戦と失敗があった。明るく話しているのでうっかりすると苦労に聞こえないのだが、ひとつひとつのエピソードに相当の苦労が偲ばれる。

バッグ製作を山口氏は自ら日本で学び、デザイナーとしても製作する。日本流の方法はそのままでは通用しないので現地用に変えていく。スタッフの信用を得るために上から目線での指示は駄目、では仲良しになればいいのではとスタッフとひたすらカレーを一緒に食べた時期があるも、結局「自分は良いものがつくれる」、それがないと馬鹿にされると気付いた。そこで自分の存在意義を見せる、「自分には明確につくりたいものがある。それには皆の助けが必要だ」とアピールしているという。工場探しはどうするか、新たな国の人材や製造工程はどうするか。ひとつひとつが大変な苦労の連続だ。

山口氏は何かとてつもない奇跡をしているのではない。誤解を恐れずにいえば「良い人に会うまで探す」、「現地のやり方・習慣を尊重する」、「スタッフの信頼を得るため模索する」と、ごく常識的な事を貫いているだけだ。しかしその貫きに賭ける情熱と時間がとてつもないものなのだろう。普通の人なら途中で投げ出してしまうことを投げ出さない。それが結果として奇跡を呼び起こしている。バングラデシュの工場長は250人と面接した末に会った人だそうだ。話を伺っていると、昔から言われているのに単純であるが故にあまり実行されていない言葉が真実であることがわかる。「成功するまで続けていれば、それは失敗ではない。」しかしそれを実践している人はどれだけいるのだろう。支えてきたのは哲学・理念だという。

理念というと多くの人はお飾りのように思っているようだが、それは違う。社会起業に限らず一般企業でも理念が浸透している所はスタッフの日々の行動、あらゆるものが違う。そうした現場を私はいくつも見てきた。管理職が「うちの理念?そこの壁に掛かっていると思うけど...。」といった某企業はその後、大規模な違法行為が発覚した。理念は行動の源、皆を繋ぐものだということが山口さんのお話から伝わってくる。

講演後、丸ビルにあるマザーハウスの店舗に立ち寄った。山口氏の話はゴツゴツとした手触りのある、汗も涙も感じさせるものだった。しかし店頭に並ぶ商品はどれも輝いて肌触りが良くお洒落だった。それはとても素晴らしい事だと思う。

(太田美行)