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「羽生善治さんと阿刀田高さんが考えるAIとの付き合い方」

羽生善治阿刀田高「AI(人工知能)は単なるブームではないか」。私のまわりの経済学者たちのあいだでは、そんな説が濃厚である。だいたい最近になって思うのだが「AIが人間の仕事を奪う」という代替説自体が、人々の不安や恐れを煽るような、ちょっと"アレ"な感じの話題な気がしている。恐怖心はあるものの、結局のところ、私を含めてAIがなんだか理解してる人ってそんなにいないのでは?って感じである。AIがもたらす漠然とした不安。そんなAIについて「AI時代の人間の行方」という題目で、本日は将棋棋士の羽生善治さんと、作家の阿刀田高さんのお二人の見解を対談形式で存分に伺った。

前半一時間は羽生さんのお話。将棋棋士の観点からすると、AIと人間の違いは次の三つに集約される。

一、 直感
二、 読み
三、 大局観

この三点を使って人間は考えて将棋を指している。
打って変わってAIは、次の三つを使っての勝負だ。

一、 データ
二、 計算
三、 画像認識

なんとなくだが、似ている感じをご理解頂けるだろうか。

直感とデータ。人間はこれまで培ってきた数々の経験や知識から、直感的に二三手を選択する。反対にAIは読み込まれた膨大なデータから、一番良さそうなものを選択する

読みと計算。人間もAIも先を読んで、打つ手を考える。AIは評価関数を使用する。評価関数とはプログラミング技術のひとつで、ゲームの局面の状態を静的に評価し数値に変換する関数である。例えば一手先は+100、二手先は+200というような感じだ。ただしAIは、三手先に-300という数字がくると、つまり自分が不利になってしまうと意味のない先延ばしをしてしまう。

大局観と画像認識。人間は全体的な状況や成り行きを見て判断を下す。しかし、AIは画像認識でその配列パターンはいくつも理解しているが、一つ一つの意味までは理解していない。
以上の三点が人間とAIの主な違いである。そんななか羽生さんは将棋棋士として、人間はどのようにAIと付き合うべきかを一つの言葉で表してくれた。

「AIは人間の才能を開花させるツールであって欲しい」

人間にはどうしても恐怖心や感情が邪魔をして、リスクが高いものを排除する傾向があり、大胆な一手を打てないことがある。AIにしかできない創造性。膨大な量のデータ、組み合わせを人間に示して、それを人間が教科書、メソッド的に使用することで、サイバー空間で完結していたことが、リアルの世界にでていくことが可能となる。これが羽生さんの考えるAIとの付き合い方だ。AIが人間より優れているところはAIがすれば良い。楽観的にも悲観的にもならずに、上手くAIと付き合えばよいのだ。

後半は阿刀田高さんを迎えての対談形式であった。私は阿刀田さんの文学講座にも何回か参加したことがあるので、よく存じ上げているが、やはりそこはさすが小説家といわざるを得ないぐらいに、インタビューの切り口が小説、そして言葉であった。おまけに「藤井聡太にはわざと負けたのでは?」と羽生さんに聞いてしまうのは、阿刀田さんにしか出来ないことであったろう。

阿刀田さんが語るAIの脅威について印象に残った言葉は次の二言。

「小説家は生き残る」
「人間がAIに勝てることは、死ぬことができることである」

AIは言葉の意味を理解することができない。迷惑メールなどを言葉で振り分けることは可能であるが、その意味までは理解していない。二進法のAIに言葉を理解させるのは難攻不落である。例えば、芭蕉の俳句一つとっても、なぜ「古池や」を「古池で」では風情がなくなるのかが理解できない。やはり、小説は人間にしか書けないというのが阿刀田さんの考えだ。また、人間は死ぬことができるから、どう生きるかを考える。死ぬから想像を働かせ、美しい文学、小説を書くことが出来る。

それを聞き、「AIに暗黙知を認識させることは難しい」と羽生さん。
例えば、人間であっても、同じレシピを持っていたとしても、プロの料理家と素人では味に差がでる。さらに興味深い話だが、「AIに接待将棋はできない」とのこと。単に負けるだけでは、接待される相手にバレてしまう。最初は勝っていても、上手い具合に絶妙なタイミングで負けてあげることはできない。つまり、相手のことを思いやるAIは難しいということだ。

今回のお二人の講演は、対談形式であったが、このように一人が話したことに対して、その場で意味を理解し、話をさらに広げていくようなこともAIにはできない。ペッパー君やShiriが可愛いく感じるのも、彼らの返答がどこか的外れだからだろう。私はAIの脅威についてはあまり心配していなかったが、今回、お二人の話を聞いて、「人間の限界を超えるツールとしてのAI」をはじめて感じた。人間の想像力は限定的だ。そこに将棋のAIは斬新な手を与えてくれる。文学の世界でも、あり得ないストーリーを与えてくれるのではないか。AIが創作したものをそのまま使用することはない。こんな小説はないというところから、生まれることもあるはずだ。それはきっと、将棋や文学という特異な世界だけではなく、ビジネスシーンや教育などにも恩恵を与えるだろう。AIは脅威ではなく、私たちがより創造的になるツールとして使用するべきなのだ。

(ほり屋飯盛)