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"リアル未知子"に見る強さとしなやかさ 内山聖子さん

内山聖子これまで夕学五十講にてさまざまなスピーカーによる講演を聴いてきたが、講演の冒頭には特に、スピーカーの個性があらわれるような気がしている。

大いにくつろいだ雰囲気で話し始める方、登場した瞬間に会場を惹きつけるチャーミングなオーラをまとった方、闘いのような厳しい顔で臨む方----内山さんはいずれのスピーカーとも違い、あたかもビジネス・プレゼンのごとくアジェンダの説明から講演をスタートした。
このアジェンダがまた魅力的で、会場の人たちが知りたい・聴きたいであろうことをしっかり見抜いている。さすがヒットドラマのプロデューサー、1話目から視聴者の心をガッチリつかむ術を心得ていらっしゃる。

今回の講演は、『失敗しないドラマ創り』というタイトルから想像されるとおり、あの大ヒットドラマ『ドクターX ~外科医・大門未知子~』(以降、『ドクターX』)の話が中心だった。企画やキャスティングなど作品誕生の背景から撮影時の裏話まで、全シリーズを鑑賞してきた『ドクターX』ファンとしては終始ワクワクの90分間だったが、講演で披露されたエピソードを列挙するのは芸が無いので、本レポートでは内山さんのお話から私が勝手に感じたことを書いてみようと思う。

「おもしろい」を見つける才能

講演全体をとおしてもっとも印象的だったのは、内山さんがたびたび口にした「おもしろい」というワードだ。

テレビ朝日へ入社直後、希望に反して秘書科に配属されてしまったことを「でも、社長あてに訪れたお客さまとの話はおもしろかった。そのときの会話は今のドラマづくりに役立っている」と振り返り、昨今のコンプライアンスを重視した番組制作現場について「社会常識や倫理観とドラマの楽しさは必ずしも一致しないけれど、その制限の中でヒット作品を創るのがおもしろい」と語る。

おそらく内山さんは、自分を愉快にしてくれたり幸せな気分になれることだけをおもしろがるのではなく、辛いことや不満な状況においても「おもしろい」を見つける才能を持っている人なのだ。

この「おもしろ感受性」の強さは、内山さんの作品の質を引き上げる原動力につながっているような気がした。
プロデューサーという立場上、物事を決定しなくてはいけない局面に立たされることが少なくない。でも内山さんの内部には常に「おもしろい」に裏打ちされた強さがあるから、迷うことなくブレることなく高みを目指してぐいぐい進んでいける。

そして、「おもしろい」をキャッチする力はときに"困難を乗り越えるエネルギー"にもなり得るのかもしれない。
内山さんがドラマの現場に配属された当時、現場の女性はご自身だけだったそうだ。男性ばかりの職場で、内山さんが歩んで来た道は決して平坦でなかっただろう。女性プロデューサーのパイオニアとしてしなやかに乗り越えてこられた理由のひとつも、内山さんのこの才能にあったように思う。

未知子の正体!?

『ドクターX』の脚本家である中園ミホさんは以前、夕学五十講で講演したことがある。そのときに語られたあの名ゼリフ「私、失敗しないので」が生まれた際のエピソードは大変印象的で、今でもよく覚えている。

中園さんは徹底的に取材してキャラクターを創りあげていくタイプの脚本家だが、あのセリフが降りてくるまでは何度も初稿を書き直し、かなり苦しんだ。しかし「私、失敗しないので」以降は見違えるようにキャラクターが生き生きと動き出した----というお話だったと記憶している。
内山さんは今回の講演で「中園さんからこのセリフを聞いた瞬間、"いける!"と思いました」と語っていたが、ヒット作品の裏側にはこうした奇跡がいくつも積み重なっているのだろう。

いずれにせよ、あまりに強いパワーを持ったあのセリフの影響で「未知子=中園さんのパーソナリティが投影されたキャラクター」と思いこんでいたのだが、内山さんのお話を聴くうちに「未知子は(中園さんだけでなく)内山さんでもあったのだ」と認識をあらためることになった。

失敗しないために事前準備を怠らない仕事ぶりも未知子と大いに重なるのだが、私は特に、講演終盤で語られた「経験が悲劇を生む」という言葉が強く心に響いた。仕事に慣れることを嫌い、経験則でモノを創ることを否定する内山さんは、常に目の前の患者のことだけを考えて突き進む未知子そのものだ。

そして、未知子を未知子たらしめているもうひとりの重要人物。それは主演の米倉涼子さんである。講演では米倉さんの仕事にかける情熱やスタッフへのきめ細やかな配慮などが語られた。
あたりまえのことだが、米倉さんなくしては未知子のキャラクターは絶対に完成しない。つまり、あの大門未知子というキャラクターを形づくっているのは希有な才能にあふれた3人の女性、ということになる。なるほど、そりゃあ魅力的に映るわけだ。

憎たらしいほど強くて、「これ」と信じた正義を曲げず、高みに向かって全力で駆け上がるエネルギーに満ちた未知子の痛快なストーリーをまた観たいものである。
内山さん、「いったん終了」などと言わず、ぜひ『ドクターX』続編を制作してください!

(千貫りこ)