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「考えることをやめるな!」池上彰さん

池上彰.jpg今回の講師は「わかりやすい解説」でおなじみの池上彰氏。テレビでは見ない日がないほどの活躍ぶりだが、本人によると「現在の本業は大学で学生に教えることと、本を書くこと」。テレビはそれらに支障のない範囲でやっているそうだ。
東京工業大学をはじめ複数の大学で授業を持ちながら、抱える締め切りは月に25本というから凄まじい。

池上氏のこの熱は、一体どこから湧き、どう維持されているのだろう?

この日の講演は米英仏のシリア攻撃の話から始まった。
シリア攻撃を開始する2日前、ツイッターで「ミサイルを飛ばすからロシアは準備しておけ」とつぶやいた米・トランプ大統領。軍事機密を漏らしたとして問題になったというが、単に軽率な発言だったのか?

実はこれ、ロシア軍は安全なところに退避せよというメッセージであり、露・プーチン大統領への配慮だ、というのが池上さんの解説だ。なおかつ、シリアの軍隊もロシアと同じところに逃げれば安全だ、というメッセージでもあった。その結果、今回の軍事行動による死者はゼロ。プーチン大統領も成り行き上「怒ってみせている」だけという。
いかにも軽率に思えるトランプ大統領の言動だが、真意を読み取ろうとすると見え方が違ってくる。

また、今回のシリア攻撃を軍事的な視点から見ると別の側面が見えてくるという。
ロシアはシリアに最新鋭の迎撃ミサイルシステム「S400」を配備しているが、現時点ではその軍事的な能力が未知数だ。今回の攻撃はそのS400の威力を知る機会になったというのだ。
このS400だが、ロシアはイランにも配備している。米・安全保障担当の補佐官となったボルトンは、イランへの軍事攻撃を主張しかねない人物。S400の能力を事前に知ることにより、彼によるイラン攻撃の計画が立てられるようになる、今回はその機会だったというのだ。

池上さんの話を聞いていると、トランプ大統領の側から見るいわば「トランプ・ビュー」、プーチン大統領の側から見る「プーチン・ビュー」など、世界を見る視点が順に切り替わっていくような印象を受ける。そして、それぞれのファインダーから覗く景色の焦点がカチリと合い、どんどん鮮明になっていくのだ。

池上さんはこの後、アメリカのメディアが共和党寄りと民主党寄りとに明確に分かれていること、その結果アメリカ社会の分断がますます進んでいることに言及された。さらに、共和党の見識あるスタッフのかなりの人数がトランプ政権には参加していないこと、国務省の職員がトランプ大統領に失望してどんどん辞めていること、世界各国の大使が空席のままであることなどから、「アメリカ外交の空洞化」が進んでいることなども説明された。
一つひとつのお話はいずれも極めて歯切れよく、明快であった。

さて、私事で恐縮であるが、現在の自分は3歳児の育児に追われ、新聞を読むこともなければテレビをゆっくりと見る時間もない。社会のニュースはスマホである程度キャッチしているつもりだが、どうしても下世話なほうにばかり関心が向いてしまい(芸能ネタとか)、社会情勢からは取り残されている感がある。深く読みこんだり考えたりしないのは、育児に追われて時間がないというよりは、考えること自体が面倒になっているからだ。シリア攻撃の記事は見出しだけは眺めても、正直、読む気が沸かなかった。

今回の池上さんのお話をうかがいながら、いつだったかとあるバラエティ番組で知った情報をふと思い出した。
9割のことを理解するために必要な言葉の数は、英語やフランス語だと3,000語で済むのに対し、日本語では10,000語が必要だという。使われる言葉の数が多いということは、私たち日本人はそれだけこまやかな表現をしているということだろうが、別の言い方をすれば、日本語とは多くの言葉を覚えなければいけない効率の悪い言語である。

ここから連想したのが自分の子どもの頃の記憶。私がまだ幼い頃、ぼんやりテレビを見ながら、「外国の人(=おそらく欧米人)というのは、街でインタビューされても堂々と自分の意見を言うんだな」というようなことを感じた。比べると日本人の受け答えは、意見というよりは感覚や印象を述べているように映り、それもどこか恥ずかし気で、みな印象が薄かった。最近でははっきりと意見を述べる日本人も増えたような気もするが、しかしどうだろう。大きくは変わっていないようにも思える。

少女時代の私が感じた日本人に対するこの印象は、言葉の数の問題と関連するのかもしれないと頭の中で初めて結びついた。3,000語で足りる言語と、10,000語が必要な言語。もしかすると日本語では、全体の情報を、あるいは深い情報を把握し切るのが難しいのではないか。難しい用語が多く、面倒になってそれ以上踏み込むのをやめてしまったり、専門用語にぶつかって思考停止に陥ったり。自分自身が全体を理解していないことを知っているから、自分の意見を述べる自信がなく、なんとなくの印象や感想を述べてお茶を濁してしまう。私が子どもの頃に、外国人と比べて日本人の受け答えが「弱い」印象に映ったのは、このせいではないだろうかと思い当たった。

そして、池上さんのお話がわかりやすいのは、10,000語どころかその数倍の言葉を知っていながらも、人に説明する際にはごく限定された言葉だけを使って説明しているからではないかと感じた。専門用語は極力使わず、わかりやすい言葉に置き換える。誰もが知っている平易な言葉で難解な世界を紐解いていく。ご本人は「自分の中には『小学5年生の池上くんがいる』」とおっしゃっていたが、「池上くん」がわかるように話が進められていく。

池上さんは、普段なら入り口で引き返す私に、シリアの話をクリアに解説してくださった。今なら新聞紙面上のシリアの記事を読んでみようという気持ちも湧いてくる。「シリアへの軍事行動をどう思うか」と街で問われても、何かしら自分の意見が言えそうな気がしてくるのだ。


池上さんの活動は凄まじい。6つの大学で教鞭をとり(※配布されたプロフィールによる)、月25本の締め切りを抱え、テレビにも多数出演中。その熱はどこから来るのだろう。

「考えることをやめるな!」というのが、池上さんの腹の底にあるメッセージではないかと思った。
世の中の問題はなかなかに複雑で、しかも相互に影響を与え合っていて、簡単には理解できそうもない。考えることをつい放棄しそうになるが、ではみんなが考えることをやめるとどうなるか?
世界を乱暴に単純化したモデルに踊らされたり、威勢の良いキャッチフレーズに引きずられたり、排外的になったりというのが歴史的な事実だろう。ポピュリズムが横行したり、時に極論が支持されたりしたこともある。これでは望ましい未来が遠のく。

考えることをやめるな!考えろ!考え続けろ!!
池上さんが徹頭徹尾わかりやすい解説で難しい世界を説くのは、私たちにそう訴えているからではないかと思った。
未来を誰かに委ねるな。自分たちの手で未来を作れ。それが一番良い未来を創ることになるのだから。
池上さんはこういう思いなのかな...と考えを巡らせていたら、ステージ上の池上さんの姿がさらに凄みを増したように見えた。

松田慶子