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松村真宏教授に聴く、人を動かす「仕掛学」

photo_instructor_905.jpg現在は大阪大学大学院経済学研究科に所属する松村真宏教授だが、元々は人工知能を研究していた。人工知能に何かを考えさせるにはデータが必要だ。だが、データを扱う研究には限界がある。データにできるのは既に起こった事象のみであり、データがない全く新しい事象は扱えない。そして観察対象となるのもセンサーで検知できることのみで、人の経験や考え方は不可知である。
データで解決できる問題にはデータを活用すればよい。ではデータで解決できない問題はどうすればよいか?というところから、松村教授の「データなき世界」へのアプローチが始まった。

松村教授が「仕掛け」と出会ったのは2006年、天王寺動物園の象舎でのこと。柵の上に何気なく設置された筒。望遠鏡を連想させるそれをついつい覗いてみた。視線の先にあったのは「ゾウの糞」と書かれた名称版と、その実物。「筒」がなければ気付くことも意識することもなかったゾウの糞を、見ろとも見てくださいとも言わずに見させてしまう力。それが「仕掛け」であった。そして松村教授は「仕掛学」を創造するに至った。

それから「仕掛け」の事例収集が始まった。よく見れば世界には様々な「仕掛け」が隠されていた。例えばゴミ箱。日本のある公園の入口と思しき一角に設置された「ごみのポイ捨て禁止!ごみは持ち帰って下さい」という巨大看板の周りに、無残にポイ捨てされたゴミの写真。ここには仕掛けがない。仕掛けがないから、ポイ捨てがポイ捨てを誘発する。
一方、スウェーデンで行われた実験の例。一見何の変哲もないゴミ箱の内部に機械的な細工をして公園に置く。ゴミを投げ入れると数秒間に渡りゴミが落下するような音が流れ、最後には底にぶつかるような衝撃音がする。題して「世界一深いゴミ箱」。音を面白がり、人々は自ら進んでゴミをゴミ箱に入れていく。
まるでイソップ童話の「北風と太陽」のように対照的な両者のアプローチ。もちろん有効だったのは後者の太陽だった。これが「仕掛け」の好例であると松村教授は言った。

講演ではこのように収集された仕掛けの事例が、写真やビデオで多数紹介された。吸い殻や焼き鳥の串を投票券に見立てて回収する箱。男子の小便を思いとどまらせる鳥居と、飛び散りを最少にさせる器内の目標。歩くことを促す、ピアノのように音が出る階段。相場や安心感といった情報を与える寄付や募金の見せ金。自転車置き場の区分白線。シリーズ本を順番に並べた時に背表紙に現れる大きなイラスト。上履きの左右が正しいと意味をなす手描き絵。ディズニーランドの手洗い場で手をかざすと出てくるミッキーマウスのシルエットの泡。
以上はすべてすでに世界にある仕掛けだが、これらを参考にした松村ゼミでの最近の取り組みには、天王寺動物園で実験的に設置した(ローマの「真実の口」を思わせる)手指殺菌消毒器「勇気の口」や、バスケのゴールを冠したゴミ箱などがある。

「仕掛け」は行動の選択肢を増やすもの。その要件は3つ、1.公平性(Fairness)、2.誘因性(Attractiveness)、3.目的の二重性(Duality of purpose)。
公平性は、誰も不利益を被らないこと。仕掛けの持続性(何度もしたくなる)、宣伝効果(他の人に言いたくなる)に影響を及ぼす。仕掛けのタネがバレた時に「笑顔」になるものが良い仕掛けである。
誘因性は、行動がいざなわれる(ついつい~したくなる)こと。
目的の二重性は、「仕掛ける側」と「仕掛けられる側」で目的が異なること。

仕掛けの原理をツリー構造で展開した図では、まず「物理的トリガー/心理的トリガー」に分かれ、前者は「フィードバック/フィードフォワード」、後者は「個人的文脈/社会的文脈」に分けられる。さらにそれぞれは、「視覚/触覚/嗅覚/味覚/視覚」、「アナロジー/ アフォーダンス」、「挑戦/不協和/ネガティブな期待/ポジティブな期待/報酬/自己承認」、「被視感/社会規範/社会的証明」に細分される。

仕掛けには境界がある。近隣分野との関係で言えば次の4点で仕掛けは特徴づけられる。
1.行動経済学(ナッジ)との関係
ナッジは心理的バイアスを使って「意識させないで」行動を誘導するが、仕掛学は仕掛けを使って「意識させて」行動に誘導する。
2.アフォーダンス(ノーマン)との関係
アフォーダンスは「~できる」ことを示すが、仕掛けは「~したい」と思わせる。
3.アーキテクチャ(ローレンス・レッシグ)との関係
アーキテクチャの環境管理アプローチ(例;マクドナルドの硬い椅子で回転率を高める)は「行動を強制する」が、仕掛けは「行動の選択肢」を用意する。
4.行動分析学との関係
オペラント条件付けやレスポンデント条件付けは「行動を強化する」(行動が起こりやすくなる)が、仕掛けは「行動を強化しない」。

仕掛けには限界もある。仕掛けは行動の選択肢なので、仕掛けに興味を持たない人の行動を変えることは難しい。その場合は仕掛け以外のアプローチを考える。具体的には、デフォルトを入れ替える、アーキテクチャを導入する、「いつもの行動」を引き起こすCueを除く、である。

仕掛けの発想法としては、「仕掛けの事例を転用する」、「行動の類似性を利用する」、「仕掛けの原理を利用する」、「オズボーンのチェックリスト」、「馴質異化と異質馴化(前者は見慣れたものが見慣れないものに見えること、後者は見慣れないものが見慣れたものに見えること、両者を同時にもたらす仕掛けは一目見ただけで興味をひき使い方も伝わる)」などが紹介された。

仕掛学を学問として定着させていくための「仕掛け」を、今後どのように繰り出していくのか、松村教授のアイデアに期待したい。

(唐木田五郎)