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疑いながら、見直しながら、その先に 川上全龍さん

川上全龍「当たり前のこと」を当たり前のこととして実践している人はどれだけいるのだろう。早起きや電車で席を譲ることが良いことなのは誰でも知っているものの、いつもその通りにしている人はそう多くない。新しいものが「科学的に」紹介されると効能があるようだとすぐ受け入れがちだが、それは本当ですか?と疑ってよく見て考える人は実際どれだけいるのだろう。

川上全龍氏は講演テーマのマインドフルネスの置かれている状況を危ぶみ、具体的な数値や事例を挙げながらマインドフルネスというものの位置づけを様々な角度から見せようとした。なぜだろう。

マインドフルネスについて書かれた論文の多くが検査のコントロールグループがない、あるいはランダム化されていないデータ抽出などのため十分な条件下で実験が行われているのは実に3%程度だということ、マインドフルネス先進国のアメリカでの文献が日本に翻訳を通して紹介される時にも、業界関係者が翻訳するがゆえに(自分にとって)都合の良いものしか翻訳されていないなど、マインドフルネスを推奨する本人が問題点を敢えて指摘している。もしかすると推奨する立場であるがゆえに、問題や限界も当然あるマインドフルネスが実際以上に盲信され、もてはやされているとの不安を感じているのだろうか。人が物事を判断する時の基準とされるものの頼りなさを次々に指摘していった。

「常識」と呼ばれるものがいかに短命であやふやなものなのか、これもまた具体的な数値を挙げて説明していく。このプレゼンテーションの手法はグーグルを始めとする海外企業での講座を担当しているからか。形のないもの、精神的なもの、とりわけ異文化に由来するものについて説明する時の説得材料として数値は威力を発揮する。川上氏も気づいているかもしれないが、恐らく数値も本当は絶対的なものではなく、一時的な仮の尺度に過ぎないけれども共通言語としては有効だ。

「感覚」もまた不確かだ。自分の現実の見方すらも大変に頼りないものだと。1秒間に126 bitしか集中していられない、つまり針の穴程度のところからしかものを見ていないということらしい。それでも私たちはそれを以て物事の判断材料としている。いやいや、何ともまあ信頼のできないものに私たちは依拠していることか。ならばどうすればいいのか。川上さん、ぜひ教えて下さい。

そこで話は講演の初めで紹介した言葉「封禅」の意味に戻った。これはすなわち「安定した土台を作る」ことだ。もとは天からの声を聴くためだったが、同時にそれは自分と素直に繋がるため、落ち着いた状態で世の中を見るためでもある。興奮した頭では物事を冷静に見ることはできないから呼吸を整え、自分自身の感情を観察することが大事だという。感情日記をつけるという面白い提案もここであった。本講演は本筋も良かったが質疑応答でのちょっとしたひと言に講師の思想や日常的に考えていることが反映されていて(「働き方改革はジェンダー・バイアスの問題」「日本の庭には中心がない」など)、それも味わいがあり、興味深い。

講演を通して川上氏がしようとしていたのは、マインドフルネスの位置づけを様々な角度から見せることだけでなく、私たちが依拠しているものがいかに頼りなく、儚いものかということを論証することだったように思える。その頼りなさ、脆さを理解して、一度そこから離れる、そのための手段が瞑想であり、感情日記であるのだろう。

そしてその先が本講演で大変良かった点で、感情の行き先を自分の大切な人が幸せであること、安らいでいるようにとの祈り、次に自分自身が幸せであり、安らいでいるように、そして自分の隣人が幸せであり、安らいでいるようにとの祈りに向かわせたことである。この祈りの順番は大変良いし、自分が入っていることも良い(多くの場合、謙譲の精神から自分は後回しにされてしまいがちだ)。

川上氏はいう、自分を大切にしない人はどこかで無理が生じてしまうと。大いに賛同する点だ。自分を置き去りにした滅私奉公的な働きが期待されることが残念ながら世の中には多いので、自分を忘れずに入れることは大事だと思う。それはエゴイズムとはまったく違った意味で、誤解を恐れずに言えば、受け取ることができない人間に与えることができるのかという問題に繋がる。

受け取ることは、与えられたものに感謝して慈しむことだ。そうした受け取ることができてこそ、他者へ与えることもできて循環が生まれる。どちらか一方だけでは流れは止まってしまう。感情もまた同様ではないか。電車で座席を譲り合うように。立ち続けるだけでも座り続けるだけでもなく、席を譲られたら御礼を言って座り、次に譲るべき人が来たら、あるいは自分が降りる駅が来たら次の人に譲る。そうして循環が生まれる。きっとすべてがそうだろう。それがどうか幸せの循環でありますように。

(太田美行)

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