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強父(きょうふ)に向ける娘のまなざし 阿川佐和子さん

photo_instructor_873.jpg今回の講演でステージに立つのは、テレビや雑誌で大活躍の阿川佐和子さん
良席をゲットするため、いつもより余裕をもって会場に向かったのだが、ロビーにはすでにたくさんの人があふれていた。

「しまった、遅かった!」と大慌てで私も入場し、たまたま空いていた2列目のど真ん中を陣取ったところで、ようやく落ち着いてうしろの階段席を振り返る。レビュアーとして通いなれた感のある丸ビルホールではあるが、ここまでぎっしり埋まった客席を見たのは初めてだ。
それに加え、いつもと違って中高年の女性が目立つ。阿川さんと同世代だろうか。友人同士なのか職場の仲間なのか、開演を待つ間、楽しそうな会話が飛び交う客席の光景はちょっと新鮮だった。

やがて開演時間となり、ふだんより華やいだ会場にあらわれたのは、それをしのぐ華やかさをまとった阿川さんだった。
かわいらしいお顔はテレビで見るのと同じだが、とにかく小柄である。そして、ほそい。
ご本人も小柄なことをネタにして「演台のうしろに立つと見えなくなっちゃう」と会場の笑いを誘っていたが、華奢な身体からかもしだされる雰囲気は、まるで妖精のようだ。

絶滅危惧種の「暴君オヤジ」

今回の講演テーマは「父という名の生き物」。ご存知のとおり、阿川さんのお父さまは文豪・阿川弘之氏で、2015年に他界されたのは記憶にあたらしい。
父親としての弘之氏は、阿川さんのエッセイなどで何度も語られているのでよく知られているところだが、「昭和のオヤジ」のエッセンスを煎じて煎じて、水分を1滴残らず蒸発させたような人物だ。

レストランで、ささいなことから不機嫌になって怒鳴り散らす。
テレビのクイズ番組に女性解答者が映ると、「女が正解できるわけがない」と言い放つ。
娘が休日に部活動で出かけるのが気にいらないからと、試合会場に電話を掛けて連れ戻す。
阿川さんが語る暴君エピソードは枚挙にいとまがない。

イマドキの「友達家族」からは想像もつかないが、かつて多くの家庭にはこうした傍若無人なオヤジが君臨していたという。
昭和17年生まれの私の父はずいぶんと優しいほうだったが、それでも父が真顔で何か言ってくるときにはピリッと緊張したものだ。
父の女性差別的な発言がきっかけで母と夫婦げんかに発展することも少なくなかったし、ふとしたことで父の機嫌を損ねてしまい、家中の空気が悪くなることもたびたびあった。

父と娘の複雑な関係

講演では、お父さまの強烈な暴君ぶりがこれでもかと紹介されたのだが、不思議なことに嫌悪感は湧かなかった。これは、阿川さんのトークによるところが大きい。事実だけを並べたらちょっと引いてしまいそうなエピソードも、阿川さんのユーモアたっぷりな語り口にかかると笑い話になるのだ。

そしてもうひとつの理由は、阿川さんのお父さまに対する温かいまなざしがあちこちに散りばめられていたからだ。
私は父のことを大いに尊敬していたが、ときには畏怖に近い感情も抱くこともあったし「面倒くさいなあ」と嫌悪している部分もあった。と同時に、父に対して母性のようなものも持ち合わせていた。
きっと、阿川さんも簡単には言い表せない、たくさんの感情をお持ちなのだろう。だからこそ、「ひどい父親でした、憎らしくて仕方ありません」と口では言いながらも、その目は優しく微笑んでいたのだと思う。

ところで、阿川さんは講演の冒頭で「なんの構想も持たずに来てしまった」とおっしゃっていたが、その言葉とはうらはらの見事な構成のお話にすっかり引き込まれた。つい先日執り行ったというお父さまの法事の話から始まり、晩年の介護、時間をさかのぼりつつ子供時代の思い出、ラストでもう一度お父さまとの最後の時間にまつわるエピソードまで......どこを切り取っても、「愛情」などという単純な言葉では言い尽くせない、阿川さんのお父さまへの思いがあふれていた。

講演の終盤に、「いろんなひどい目にも遭いましたけど......」と丸ビルホールの高い天井を仰いだ阿川さんの大きな目が一瞬うるんだのを見たとたん、3年前に亡くなった父のことを思い出して私も泣いてしまった。
まわりの席の人たちも、バッグに手をつっこんでガサゴソとハンカチを探していた。

笑って、泣いて、最後に自分の父親にまで思いを馳せる貴重な2時間だった。
阿川さん、私は課題をクリアしましたよ!
阿川さんの「愚にもつかない」お話から、たくさんのものを得ました。ありがとうございました。

(千貫りこ)

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