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日本人の祖先はチャレンジャーであった 海部陽介先生

photo_instructor_853.jpg海部陽介先生は柳田国男の『海上の道』に対して懐疑的である。つまり、日本人のルーツは黒潮に乗ってやってきたという説は信じがたいと考えている。なぜなら、黒潮にのることは目的地を意識しない漂流であり、これは世界地図を知っている現代人の発想であるというのだ。私たちの祖先はそんなギャンブラーではなく、日本を目指してやってきたはずだ。だが、その方法がわからない。頭を真白にして三万年前に生きていた私たちの祖先と同じように考える。そこがスタート地点だ。

日本人の祖先はどこからやってきたのか。まず旧石器時代の3万8千年前まで歴史を振り返る。この時代の遺跡は日本に1万以上もある。しかし、それ以前の遺跡は全く見つかっていない。ゆえに3万8千年より前に日本に人類がいたかは不明である。しかし、急激に遺跡が増加したことから、おそらくこの時代に祖先が渡ってきたと考えられる。

さて、人類の分布に関して旧来は「多地域進化説」が支持されてきたが、現在では考古学、遺伝子学の点から見ても「アフリカ起源説」が有力である。多地域で遺伝子が同じ突然変異をするとは考えにくい。人類はアフリカで誕生した。その後、ネアンデルタール人と混血しながら、ホモ・サピエンスに進化していったのは確かであり、私たちの遺伝子の1.5%から2%がネアンデルタール人の遺伝子なのである。では、なぜ1ヵ所で生まれた人類がこんなにも違うのか。理由は気候による差である。暑い地域であれば、人間の身体は熱を発散させるように手足が長くなる。熱帯地域の猫はなるほど手足が長い。しかし「違う違うと言いながらも私たち人類は多様性に満ちていない」と海部先生は興味深い図を見せてくれた。

図に描かれている円が大きければ大きいほど多様性が高い。私たちからすれば、ゴリラやチンパンジーはみんな同じように見えるが、彼らは意外にも多様性にあふれている。反対に人間(MODERN HUMANS)の円は小さく、これは現代人どうしが結構似ていることを意味している。先生がおっしゃるには、外国で日本のすしやラーメンが好まれるのは、私たちには同じような味覚があるから。感情の動きも多少の差はあるにせよ、同じような感情を共有している。同じようなことで喜び、怒り、悲しみ、楽しむ。そんな風に考えると、遠い異国に暮らす人々でなくとも、きらいな上司も、いつも何を言っているのか意味不明な部下もみんな自分とそんな変わらないんだっ、みたいに思えるから不思議である。

話しがいらぬ方向に逸れてしまったのでもとに戻す。そんなこんなで、日本人の祖先たちは約3回にわたって渡来してきた。1回目が3万8千年前の対馬列島からのルート、2回目が3万5千年前の沖縄からのルート、2万5千年前の北海道からのルートである。ここで海部先生は沖縄ルートに注目した。この地にやってくるには、台湾から220㎞の距離を黒潮に逆流しなければたどり着けない。冒頭で述べたように、彼らの航海は漂流ではなく意図的であると考える。この話には根拠がある。遺跡が残るためには、人間が生活した跡がなければならない。そのためには、少なくとも男女5人ずつ10人はいなくてはならないのである。彼らが何を目的として渡ったのかはわからない。人間には2パターンの人間がいる。そこに山があるから登る人間と、山に登らなくてはいけないから登る人間。彼らの目的はわからない。だが、どうやってたどり着くことができたのか。机上の空論ではなく、自分たちでやってみたいと思い、海部先生はプロジェクトを開始した。おぉ、これはまるで松本清張の『陸行水行』ではないかと思ってしまった。邪馬台国がどこにあったか、『魏志倭人伝』に基づいて海を渡り、陸を歩いて邪馬台国が九州にあったか近畿にあったかとか探るという小説である。

海部先生率いるこのプロジェクトは「3万年前の航海-徹底再現プロジェクト-」と名付けられ、クラウドファンディングで2,638万円を獲得した。まずは与那国島から西表島を目指す。ヒメガマという与那国島に生えている草で船を作る。櫂には支援者一人ひとりの名前が刻まれた。徹底再現を目指しているので、GPSや携帯などは持たずの航海である。島の形を見ながら、自分たちのいる場所を推測するしかない。皆が成功すると信じた航海だった。しかし、結果は失敗に終わった。船は大きく流されてしまい、収拾がつかなくなってしまった。詳しくはこちらで視聴できる。

『「日本人はどこから来たのか?」"実験航海"3万年前を徹底再現』
テレビ東京
http://txbiz.tv-tokyo.co.jp/feature/vod/post_123919/

この失敗から多くのことを学ぶことができた。やってみなければデータをとることもできない。大概の実験は結果が出てから発表する。海部先生が取り組んでいるのは失敗を含めたプロセスも見せるオープンサイエンスである。私はこのやり方が好きだ。常に思考が動いている気がする。タコツボ化すると思考停止しやすい。

次の目標は2019年に台湾を出発して与那国島を目指す。このプランの目的は太古の昔からチャレンジしてきた日本人の祖先たちを知ることだ。私たちの祖先が常に挑戦をしてきたとは、なんてロマンに溢れた話ではないだろうか。今期の夕学五十講の締めのお話しで、また明日から頑張ろう、私たちの祖先も挑戦し続けてきたんだからと思った。

(ほり屋飯盛)

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