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自分自身に、自分が一番期待しろ! 梅原大吾さん

photo_instructor_852.jpg梅原大吾さんは、日本人初のプロゲーマーだ。
講師略歴には「15歳で日本を制し、17歳で世界チャンピオンのタイトルを獲得。以来格闘ゲーム界のカリスマとして、18年間にわたり世界の頂点に立ち続けている」とある。
続く紹介文の中では「世界のゲーム界でウメハラの名を知らぬものはいない」とも書かれているが、残念ながらゲーム界とは無関係のところで生きてきた私は、その梅原さんを知らなかった。ついでにいうと、格闘ゲームをやったこともない。
だから会場に着いた途端、聴衆の多さにまず驚いた。あれ?今日の講師ってそんなに人気のある人なんだ、と。会場に着くまでの私は、今回はマニアックな話題だろうと高をくくっていたのだった。

そんな、世界のウメハラさん、現在36歳。講演は、ご自身の経歴を紹介することから始まった。
11歳で格闘ゲーム「ストリートファイター」に出会い、親に内緒のゲームセンター通いがスタート。次第に物足りなさを感じ、13歳には電車に乗って離れた街のゲームセンターまで通うようになる。14歳頃は急に強くなった感が自分でもあり、実際大人にも負けなくなった。「もしかして日本で一番強いんじゃない?」と周りからも言われ始め、15歳で出場したメーカー公認の全国大会で優勝。10代は勝ちまくったが、本人が言うには「現実世界はヒサンだった」そう。

学校の中ではゲームセンター通いが噂となり、歌やドラマ、部活など流行りの話題には一切参加できなかった。「オタク扱い」は決して平気だった訳ではなく、それなりに寂しさを感じていたが、それでも好きなゲームはやめなかった。

22歳の頃には飲食店でアルバイトをしながらゲームを続けていたが、一緒に働いていた大学生たちが一斉に店をやめて就職するのを見、自分だけ違う生き方をしていることに不安を感じた。その後麻雀の道へと進み、27歳の頃には介護の仕事に就いて、勝負の世界から離れた。

勝負のない人生で生きていけそうな希望と、少しの悔しさを感じていた頃、ストリートファイターの新作が登場。友人のすすめでゲームセンターに行ったところ、数年のブランクがあるにもかかわらず「勝ちまくった」。それから少しずつゲームを再開しているうちに世界大会の招待を受け、優勝。スポンサーになりたいという企業が現れ、その申し出を受け入れ、日本人初のプロゲーマー・梅原大吾が誕生した。

この、プロにならないか?というオファーを受けたときの梅原さんの様子がちょっと面白い。本人にとっては飛びつきたくてしょうがないような話だったが、長年の苦労が頭をよぎり、一度は断ったそう。それでも粘り強く説得されて最終的には承諾するわけだが、その時は以下のような考え方から決断をくだした。

この時、彼の目には4つ可能性が見えていた。(1)プロになって成功する(2)プロになって失敗する(3)プロを断り別の道で成功する(4)プロを断り別の道で失敗する。このうち、(2)になっても後悔はしない気がするが、(3)を選んでもなにかモヤモヤが残るだろう、と気づいた、という考えだ。

これは、梅原さんじゃなくても、多くの人が自分のキャリアについて悩むときに当てはまることだ。多くの人が「自分の本当に好きなことを仕事にしたい」と願い、また「社会的な成功を手に入れたい」とも同時に願っている。本当なら、好きなこと/好きではないこと、成功しそうなこと/成功が難しそうなことをそれぞれ縦軸・横軸にとって4つの象限で分けて考え、それぞれのケースを想定して選択すべきところ、「好き」と「成功」の区別をつけられない人を随分と見てきた気がする。いや、自分にもそういう傾向がないとも言えない。

好きなことを選択する=社会的な成功、ではない。嫌いなことを選ぶと失敗する、という訳でもない。好きなことを選んで失敗し、それで後悔がない人もいれば、後悔が残る人もいるだろう。嫌いなことを選んで成功し、それで満足する人もいれば、それでも後悔する人もいるだろう。後悔しないことがベストとも言えないし、成功・失敗の価値観だって人それぞれ。ただ少なくとも、巷でよく聞く「好きなことを仕事にしよう」という言葉は、あまりに雑駁すぎて有効なアドバイスではないということは私が常々感じてきたところだ。

さて、プロゲーマーになってからの梅原さんは、文字通りゲーム漬けの日々を過ごすが、徐々に体調が悪化、ゲームでも勝てないようになる。ここで芽生えた問題意識は「自分にとって一番プレイの質が向上する方法は何だろう」ということ。そしてこんな答えを導き出した。

「自分を飽きさせない」

ゲームに飽きるというのは、それはゲーム自体に飽きるのではなく、「成長しない自分」に飽きるのだと気づいた梅原さんは、成長を実感できる工夫を始めた。それは、メモをとること。今日はこんな発見があった、こんな成長を感じた、ということを、毎日ひとつメモに残すことにした。さらに成長を実感できるよう、意識的に変化を起こし、発見が増えるようにしているそうだ。

例えば「これで完璧、誰にも負けない」と思える体制ができても、いつか誰かが同じことに気づけば自分が負ける日はやって来る。だから、完璧と思えるものもあえて崩し、変化させてみる。すると新しい発見がある。そこからまた成長がある。これが、梅原さんが勝ち続けられる理由だ。
この話は普段の仕事にも、あるいは仕事以外にも応用が効く。自分の発見を、成長を、メモに残す。早速取り組んでみよう。

もう一つ、梅原さんが今回どうしても伝えたかったこと。それは、「自分の価値観、自分の意志で物事を決断する」ということ。
梅原さんはこの数年「何かつまんねーな」と感じていたが、最近それが解消されたそうだ。
ゲームがバージョンアップすると、それまで使っていたキャラが弱くなり、別のキャラが強くなることがある。その場合は強くなったほうのキャラを使うのがごく普通のことで、勝つためには当然の選択なのだが、梅原さんはあえて、弱くなったキャラを使い続けてみた。すると、子どもの頃の充実感が戻ってきたというのだ。
強いキャラを選ぶというのは至極当然のこと。でもそれは、自分が決めたことではなく、言ってみればゲーム会社が決めたことに従うということ。他人の決断に委ねる、合わせる、ということを続けているうちにつまらない気持ちが募っていったことに気付いたという梅原さんは、「弱いキャラを使うと、ちょっとだけ面白いんですよね」と笑う。たったそれだけのことで、つまらない気持ちが晴れたというのだ。

プロゲーマーになり、ギネスにも載り、テレビにも出て...そうするうちにいつしか自分が少しずつ変わり、周りに合わせるようになっていた。「○○したい」より「○○するべき」が勝るようになり、いつしかやりたいことがわからなくなっていった。弱いキャラを選ぶなんてとんでもないこと。だけど、それを選んだら、この数年のモヤモヤが晴れた。
子どもの頃から、人に迷惑をかけるなと親から言われてきたが、「周りの期待にこたえないことは、迷惑をかけることにはならないんじゃないかな」と梅原さんは言う。
自分の決断は、本当に自分の決断ですか?と問う梅原さんの問いは、私だけでなく、その場にいた聴衆に向かい、真っすぐに投げかけられた質問だ。

確かに私自身振り返ってみても、周りの期待に応えようとしてきた。子どもの頃は親に褒められることがとにかく嬉しかった。嬉しかったというよりも、親が褒めてくれてはじめて、自分がなにか褒められるようなことをしたのだと自覚できた。
先生に褒められることも、友達に褒められることも嬉しかった。そして次を期待され、その期待に応えることで充実感や達成感を得てきたように思う。いつしかその感覚はもはや無意識に近いレベルにまで自分に溶け込み、期待に応えよう、それで喜んでもらおう、を繰り返してきたことが、この時会場にいた私にははっきり自覚できた。
その決断は、本当に自分の意志によるものか?
この問いが、こんなにも深く自分に刺さるとは思わなかった。ラジオのチューニングがピタリと合う瞬間のように、何かそういうタイミングだったのかもしれない。

梅原さんの言葉を私なりに翻訳した。
自分自身が、自分自身に、一番期待すればいいんだと。期待に応えるなら、自分自身の期待に応えればいいのではないかと。自分を信じ、大いに期待し、その期待に応える努力をすれば、他の誰の期待を裏切ったとしてもいいじゃないかという考えが、あの時会場にいた私の頭の中に電光石火で走った。

家族の期待、友達の期待、そして、目には見えない、もしかしたら存在しないかもしれないのに自分が勝手に感じてしまう多くの期待。それらを一度わきに置き、自分が自分に期待すること。信じること。そして、その自分の期待に自分が精いっぱい応えようとすること。これが充実であり、満足につながるような予感がある。確信がある。ワクワクしてくる。
自分が自分に他の誰よりも期待すること。
私はこの発見を、梅原さんに刺激されて始めた「成長を実感するメモ」の1行目とした。

(松田慶子)

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