« 2016年12月 | メイン | 2017年3月 »

日本人の祖先はチャレンジャーであった 海部陽介先生

photo_instructor_853.jpg海部陽介先生は柳田国男の『海上の道』に対して懐疑的である。つまり、日本人のルーツは黒潮に乗ってやってきたという説は信じがたいと考えている。なぜなら、黒潮にのることは目的地を意識しない漂流であり、これは世界地図を知っている現代人の発想であるというのだ。私たちの祖先はそんなギャンブラーではなく、日本を目指してやってきたはずだ。だが、その方法がわからない。頭を真白にして三万年前に生きていた私たちの祖先と同じように考える。そこがスタート地点だ。

続きを読む "日本人の祖先はチャレンジャーであった 海部陽介先生"

人生は噛みしめるように生きる 田口佳史先生

photo_instructor_856.jpgかなりドラマチックな転機を迎えた田口佳史先生。25歳の時、ドキュメンタリー映画の撮影のため訪れたバンコク郊外で2頭の水牛に角で刺されてしまう。日本人の青年が入院していることを聞いた在泰邦人からの差し入れられた老子と論語、なかでも老子は田口青年の中にどんどん入っていく。

出でて行き
曰ち逝き
逝けば曰ち遠ざかり
遠ざかれば曰ち返る
入りて死す

「死ぬことはすなわち故郷に帰ること」、そう恐れることではない、その思いが強力な安堵感へとなり、ようやく眠ることができた。そしてこの経験から儒教、仏教、道教、禅仏教、神道を専門として、はや50年も古典を研究する日々を送っている。田口先生はこれらの分野に対して(その転機を考えれば当然かもしれない)、「生きる」というテーマで読む。

続きを読む "人生は噛みしめるように生きる 田口佳史先生"

自分自身に、自分が一番期待しろ! 梅原大吾さん

photo_instructor_852.jpg梅原大吾さんは、日本人初のプロゲーマーだ。
講師略歴には「15歳で日本を制し、17歳で世界チャンピオンのタイトルを獲得。以来格闘ゲーム界のカリスマとして、18年間にわたり世界の頂点に立ち続けている」とある。
続く紹介文の中では「世界のゲーム界でウメハラの名を知らぬものはいない」とも書かれているが、残念ながらゲーム界とは無関係のところで生きてきた私は、その梅原さんを知らなかった。ついでにいうと、格闘ゲームをやったこともない。
だから会場に着いた途端、聴衆の多さにまず驚いた。あれ?今日の講師ってそんなに人気のある人なんだ、と。会場に着くまでの私は、今回はマニアックな話題だろうと高をくくっていたのだった。

続きを読む "自分自身に、自分が一番期待しろ! 梅原大吾さん"

回る大捜査線

photo_instructor_851.jpg何の商売をしていても集客、とりわけ購買者を得るのは大変だ。日本語ではひと口に「客」というが英語ではこの辺りの区分けが厳しく、「visitor」(訪問者)、「customer」(購入者)と分けて呼んでいる。アメリカのとある店の店内放送で「Good morning, ***(店名) customers!」と流れてきた時には「アメリカではvisitorは挨拶されないの?」と仰天した。日本でなら新聞のコラム欄辺りに何か書かれてしまいそうである。そんなvisitorをcustomerにするためにはどうしたら良いのかのマーケティング提案が今回の清水聰先生の講演「新たな顧客マネジメント~循環型マーケティングの提案~」であった。

続きを読む "回る大捜査線"

日産はいかにしてV字回復したか  志賀俊之さん

photo_instructor_848.jpg1986年プラザ合意。急激な円高によって、それまで順調だった日産自動車は赤字に転じた。その危機的状況から、いかにしてV字回復を遂げたか。一言で表すなら「レジリエンス(Resilience)」であると、志賀俊之さんは冒頭で力強く述べた。現日産自動車副会長であり、倒産危機に陥ってから復活するまでカルロス・ゴーンのもとでその手腕を発揮してきた。レジリエンスとは「はねかえす力」であり、演題も「変革を支えるレジリエントオーガニゼーション」である。日本語で言うなら「危機的状況をはね返す力のある組織」といったところであろうか。

1990年代のマーケットシェアの恒常的低下、積み上がった負債から、いかにして今の状況まで回復できたのか。志賀さんにはレジリエントの6つの要素を自問自答形式でお話しして頂いたが、ここではその中でも組織だけでなく個人レベルでも重要だと思える3点に焦点をあてて論じてみたいと思う。

続きを読む "日産はいかにしてV字回復したか  志賀俊之さん"