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「能は社会的資源である」 能楽師 安田登さん

photo_instructor_803.jpg能は長く続いている。
世阿弥によって完成したとされているのが650年前。能の源流のひとつである神依りの神事にいたっては、文字より古い歴史があるであろう。

能はつまらないと思われている。
それが証拠に、一番良い場面に辿り着く前に、観客の7割は寝てしまう。


つまらないのに、長く続いている。そこに能の本質がある。

いずれも能楽師安田登さんの言葉である。
高校教師をしていた25歳の時に能に出会い、能楽師になった安田登氏は、能の世界に両足を置きつつも、能をよく知らない人々の素朴な疑問を理解できる立場にある。いわば両方の世界を行きつ戻りつする人である。
二つの世界を行き来できる多義性を「あわい」という。
「あわい」は、能の世界観の特徴でもあり、かつての日本人が持っていた精神性・身体性の特性でもあるようだ。安田さんの生き方は、能そのものかもしれない。

能を現代に「役立つもの」として伝える。
明言はしないが、それが安田さんの使命感なのではないだろうか。

「能は社会的資源である」
安田さんの盟友として、共に本日の夕学の舞台に立たれた笛方の槻宅(つきたく)聡氏の言葉である。
例えば、石油という資源は、原油のままでは人間の役に立たない。精製されてガソリン・灯油などの石油製品になってはじめて役に立つ。

同じように、能は、そのままでは役にたたない。しかし、何かの工夫を加えることで、とてつもなく社会に役に立つものになる。

役に立たない(と思われている)能を、現代人にとって役にたつものとして伝える。
安田さんの使命は、このように言い換えることができるかもしれない。

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三品和広教授に聴く、「高収益事業の創り方」

photo_instructor_799.jpg演題はずばり「高収益事業の創り方」。この言葉は、三品教授が昨年出版した大著『経営戦略の実践1』の副題でもある。執筆の動機、として教授が語った言葉は「そろそろ戦略論を書き換えないといけない」。
ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授が『Competitive strategy』(邦題:『競争の戦略』)を世に出したのは1980年、弱冠33歳の時であった。爾来35年、経営を取り巻く環境は激変すれど、この本は世界中で「経営戦略論の決定版」の地位に君臨し続けてきた。
一方、三品教授の『経営戦略の実践1』の帯文には「ポーター、ミンツバーグを超える決定版!」の文字が躍る。これまでの豊富な研究実績をもとに、55歳の教授が満を持して世に問うた本。そこに詰め込まれた三品理論のエッセンスが、教授自身の口から、堰を切ったように語りだされた。

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木村 幹教授に聴く、日韓の『越えていく』という在り方

photo_instructor_807.jpg日韓国交正常化50周年の記念すべき年も終わろうとしていた2015年12月、日韓両国政府は、長年の懸案であった従軍慰安婦問題で「最終的かつ不可逆的」な合意に達した。
「まさに現在進行形の話」と木村 幹教授自身が言うように、日韓関係が新たなステージを迎えたタイミングでの講演だった。
但し、表層の報道を追うだけでは、この日の演題である『日韓は歴史認識問題を越えられるのか』という問いへの正確な答えは得られない。あるいは、その問いかけが妥当なものかどうか、という疑問への答えも。
そして木村教授は、時計の針を少しだけ戻したところから話を始めた。

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空気を味わう|春風亭一之輔さん

photo_instructor_808.jpg慶應MCCの夕学五十講で落語を聞けるとは思わなかった。
この日の講演テーマは「落語のちから」。講師は春風亭一之輔さん。2012年、21人抜きの大抜擢で真打に昇進された落語家だという。
夕学の会場に入った途端、いつもとはガラリと雰囲気が違う光景が目に飛び込んできた。ステージの上に金屏風。真赤な高座に、紫の座布団。ああ、今日は落語が聞けるんだなと、それを見た途端にワクワクした。

定刻になると講師紹介に続き、出囃子が流れ始めた。トントントン、ピーヒャラピーヒャラ...というあれだ。そして、一之輔さん登場。すーっと姿を見せると座布団に座り、話を始めた。

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外尾悦郎氏に聴く、「ガウディが入ってくる瞬間」

photo_instructor_789.jpg「ガウディの思いを継ぐということ」
そう題を掲げながら しかしその彫刻家は
遥かフィレンツェは ドゥオモの祭壇から
みずからの語りを始めた

その大聖堂に 700年もの間 決して
形作られることのなかった正規の説教壇
その機会が永遠に失われる前に開かれた
七年にも及ぶ激しいコンペティションの末
外尾悦郎氏はそれを作る栄誉を勝ち取った

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