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幸せの日本が世界を救う|前野隆司先生

photo_instructor_789.jpg慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授の前野隆司先生の「幸せの日本論」を拝聴した。前野先生は世界共通で現代にはびこる競争社会のストレスに対して、個人がどのようなマインドを持つことで幸福感が増えるのか、また社会でその幸せを増幅させるには日本的価値観を持つことが非常に役立つことを丁寧に解説してくれた。
前野先生いわく、個人の幸せには以下の4つの因子が関連しているとのこと。

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自分も世界も幸せにする4つの質問

photo_instructor_788.jpg講演の前に榎本先生の著作を読み、背の高い大柄な体格の方である印象を持ちました。ご自分がやりたいことのために会社を退職して、今もやるべきことをなさっている、というスケールの大きさを感じたからかもしれません。しかし、壇上に登られたのは、小柄で繊細な感じの外見と、優しそうでまっすぐに前を見つめる活き活きとした瞳を持った方でした。

私は、自分が豊かになることに対して罪悪感を持っています。自分が幸せになるために、エネルギーを消費し、物を手に入れて豊かになることは、地球環境にとってはよくないことではないだろうか。だから、自分が幸せになることや、便利さを享受するのはいけないことではないだろうか、ということを考え続けてきました。

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生活を楽しむ

photo_instructor_798.jpg美人について語ることはあっても、美そのものについて語るのは高尚で敷居が高い事だと思われているようだ。その高尚なテーマに集まった聴衆は大変真面目で、「ここ、普通は笑う所ですよ」、白洲信哉講師もいささか戸惑ったようにも見えた。もっとも聴衆も白洲正子の言葉で笑うのは不謹慎だと思ったのかもしれない。

白洲氏の講演の骨子はシンプルである。
「美は感じるものである。特に自分がどう感じるのかが大事」、「美は生活の中に取り入れて使い、味わうものであり、美術館の陳列棚に入れて眺めるものではない」、「日本人の感じる美の特徴」、この三点だ。

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作家・林真理子

photo_instructor_802.jpg作家・林真理子さんは、以下の三つの要素から、自分は作家に向いていると思うのだそうだ。

ひとつめは心身ともに健康であること。
作家の中にはうつ病の人もいるしよく入院する人もいるが、林さんは健康そのもの。よく食べ、そしてよく眠る。本が売れないのは編集者のせいで、売れれば自分のおかげと思える性格はとても作家に向いているんですよ、と言って会場からの笑いを誘った。

ふたつめは意地が悪いところ。
故・渡辺淳一氏は、林さんの小説を「意地が悪くて、読んでいるとイヤになるよ」と言ったとか。林さんは「普段は本当に優しくて、世のため人のためになることをしている。頼まれごとをされると断れないし、よく世話も焼く」と自身のことを評されたが、小説を書くとなぜだか意地の悪さが出てくるという。

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世界の法則を掴み、冒険の旅へ出でよ|橘玲さん

photo_instructor_787.jpg「経済的独立」。
「自由」。
「人生のデザイン」。

橘玲氏の言説を貫く信念を象徴する、3つのキーワード。「経済的独立」によって「自由」を手に入れることができれば、「人生が(効率的に)デザイン」できる。とはいえ人生は偶然の積み重ねでしかなく、そのほとんどは運命に左右されているのもまた現実なわけで、だからこそ可能な限り合理的な設計が必要なのです、と氏は静かに語り始めた。

家族、会社、国家――どれに依存していたとしても安泰なものなど何ひとつない。不測の事態が起きた時、共倒れになるのを避けるために欠かせないのが、経済的独立だ。そのために必要な対策として、株式投資などの金融ノウハウは、これまでも惜しみなく開陳してきた氏である。では2015年12月のこの時、氏が持っているテーマとは何なのか。会場が固唾を飲んで見守る中、掲げられたのが、「ベルカーブ」と「べき分布」、そして数学者で経済学者のマンデルブロが説いた「複雑系」の概念図だった。

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都倉武之先生と聴く、元学徒兵・戦後70年目の語り

photo_instructor_806.jpg「慶應義塾と戦争」アーカイブ・プロジェクト。2013年に創始されたこのプロジェクトは、学び舎としての慶應義塾の立場から先の大戦を振り返り、体験の記録を収集し、次世代に継承していく、慶應義塾福澤研究センターが取り組んでいる調査研究活動である。

その具体的内容は、次の四つの柱からなる。

  1. モノ:一次資料(原資料)の収集
  2. 記憶:広範な聞き取りの実施
  3. データ:基礎的な数値の解明
  4. 公開:上記資料および調査研究報告の多様な公開

この、地味だけれどもきわめて重要な、しかも今すぐおこなわなければ間に合わないプロジェクトの中心に立っているのが、弱冠(と敢えて言おう)36歳の都倉武之准教授
今回の夕学は、この都倉先生を聴き手として、元学徒兵の方から往時の話を伺おうというものである。上記の四本柱で言えば、「2.記憶」と「4.公開」を同時におこなうという意欲的な取り組みでもある。

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キャリアの緩急

photo_instructor_801.jpg日本は人口減少時代に入り、年金支払い人口約1名に対して年金受給人口1名が支えられる、いびつで働く人びとが希望を抱きにくい国になっているようだ。つまり独身者でも20歳になったとたん、扶養家族が1名もれなくついてくる感じ。そして、年金受給開始年齢が75歳以上からとなる可能性も出てきた。22歳で就職したとしても、そこから実に53年間人は働き続けなくてはならなくなるかもしれない。

不確実性の高まる国際社会において、一年後に自分のポスト、職場が存続している可能性は未知数になってしまった。従業員一人ひとりの力の総和が企業の存続を支え、ひいては社会全体の力となる。野田稔先生はキャリアを個人の成長と定義し、日本社会が抱える人口問題への不安への対策を、個人レベルで楽しくできることにまで身近に落とし込み、軽快に説明してくれた。その中でも印象に残ったのが、個人の就業を通じた成長過程(=キャリア)に緩急をつけることである。社会人生活が現在よりもっと長くなることがわかった今、どこかで一度仕事を離れて自己研鑽したり、他方死に物狂いで仕事する緩急があってよいと私も思う。

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野田稔塾長に聴く、「末広がりのキャリア」の創り方

photo_instructor_801.jpg演題は「組織人材から"社会人材"へ」。

今回が三回目の夕学となる野田稔氏だが、その肩書は登壇のたびに変わっている。
初回は大学教授、二回目はコンサルティング会社の代表、そして今回は「一般社団法人 社会人材学舎」の塾長。
「転職を繰り返すダメなジョブホッパーなのか、それとも自らキャリアを開発してきたモデルケースなのか...」
そう言って自らとぼけてみせた野田塾長だが、もちろん後者に違いない。それも、自らのキャリアだけでなく、ミドルやシニアのキャリア開発を支援する立場でこの社会に有為な人材を多数輩出させている、という意味では、モデルどころかパイロットケースかもしれない。

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