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坂下玄哲准教授に聴く、「消費者行動とブランド・マネジメント」

photo_instructor_800.jpg2007年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授、2013年ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院客員准教授。研究者としてのその肩書きが、既に立派なブランドを形成している坂下玄哲先生は、まず「ブランドとはなにか」というところから当夜の話を始めた。

曰く、「ブランドは消費者の中にある」。

先に、1枚だけ配布されたレジュメの内容を書き出しておく。

  1. ブランドとは?
  2. 製品多様化の是非
  3. ブランド拡張
    1. ブランド拡張とは
    2. 拡張の長所・短所
    3. 消費者による拡張の評価
  4. ライン拡張の誘惑
  5. ブランドを強化するために
  6. まとめ

語源を辿れば、家畜につける焼印の意であった「ブランド」。かつて、自らの財を他者のそれと「区別」する存在に過ぎなかったブランドが、今や企業にとって、競合との「差別」化を図るための重要な要素となっている。

ブランドのロゴは目に見えても、消費者の頭の中にあるブランドイメージ自体は見ることができない。企業は、その目に見えないブランドイメージを、できる限り思い通りにコントロールしたいと思う。
そのためのブランド構築を、坂下先生は「消費者を教育すること」だと言った。より具体的には、「消費者の頭の中にあるブランドに関する情報を整理し、強く好ましくユニークな連想を創り上げること」と定義する。

一定のブランドを構築できた企業も、しかしいつまでも安閑としてはいられない。立ち止まっていれば消費者にも競合にも取り残される、その危機感から、企業は今あるブランドイメージを軸足に「製品多様化」に乗り出そうとする。

製品多様化によってもたらされる様々なメリット(M)/デメリット(D)を、坂下先生は次の4つの切り口から分類し列挙した。

1)市場
M:店頭認識率向上、多様なニーズへの対応、トライアル促進、市場刺激、価格レベル維持、ニーズ先取
D:顧客の混乱、イメージ拡散、市場の分散化、短ライフサイクル化

2)競争
M:競合他社の振り切り、競合他社の参入阻止、競合ブランドへの同一化
D:マーケティング資源の分散化、競争の加速化

3)流通
M:メーカーのチャネル支配権確立、店頭フェースの確保、流通への提案能力向上
D:在庫増大、製品・在庫管理の複雑化、物流コスト増大

4)組織
M:開発時間・コスト節約、プロモーション効率向上、モチベーション向上
D:生産・物流・販売効率低下、安易な開発姿勢の醸成

トータルのメリットがデメリットを上回るようであれば、企業はブランド拡張に動く。その手法は、「ライン拡張」(例:カルピス→あまおう入りカルピス)と「カテゴリー拡張」(例:カルピス→カルピス味のキャンディ)に大別される。
ブランド拡張は、上手く運べば(1)新製品の受容を容易にする(2)親ブランドと企業へベネフィットをもたらす、という効果が見込まれるが、そうでなければ(1)新製品への否定的な反応(2)親ブランドへの悪影響、といった事態も予想される。

ここから先生は、より一般的なブランド拡張手法である「ライン拡張」に絞って話を続けた。
企業が「ライン拡張」の誘惑に抗うのは難しい。結果、世には「ライン拡張」が氾濫し、成功例も失敗例も多数発生している。とりわけ、派生品のみならず、オリジナルのブランドまで毀損してしまうようなケースは厄介だ。
そこで、「ライン拡張」がオリジナルブランドに与える影響を、坂下先生は実験を通じて解き明かそうとした。

実在のチョコレート菓子をベースにして架空の味の派生品を考案し、それらのビジュアルイメージを提示しながら購買意向を質問紙で調査したこの実験で、坂下先生が得た結論をきわめて粗くまとめると次のようになる。

  1. ライン拡張をすると、総じてオリジナルブランドの評価が高まった
  2. 特に、オリジナルが新製品の場合、似た拡張がオリジナルの評価を高めた
  3. 但し、オリジナルが定番品の場合、差別性の高い拡張では効果が無かった

講演全体を通じた坂下先生のまとめは次の三点である。
・ブランドは消費者の中にある
・製品多様化には様々な効果が
・ブランド拡張は慎重に

続く質疑応答の中では、「無形のサービス業ではどうか?」という問いに対し「基本的に同じ。無形なので品質も都度変わるし、サービスの送り手も受け手も変わる、そこでブランドを通じて品質変動を補正するのが大事」という答えがあった。
さらに、「消費者に聞く、現場を見る。顧客が何を考え、何を感じているかを知らないといけない。生産者側の発想だけだと間違えてしまう」。そんな言葉で坂下先生は講演を終えた。

****

結論として先生が提示してくださった内容に、違和感はない。
腑に落ちなかったのは、実験の設計と結論の拡張の部分である。
実験室的な条件で人間の心理に迫ろうとすると、どうしても制約が増え、かつ現実条件とは遊離したものになりがちだ。今回の実験でも、消費者役の被験者はチョコレート菓子を実際に手に取ったり味わったりすることなく、イメージの中だけで質問文に回答している。だがそれで、人の心理に真に迫れているのだろうか。
また、チョコレート菓子で言えることが、他の菓子にも妥当する、あるいは菓子以外の商品一般にも言えるということの証左はない。ましてや、無形の商品である「サービス」までを一緒くたにして結論に導くのは、飛躍が過ぎると私には感じられた。

おそらく、消費者、という語がミスリードしているのだと思う。
企業と顧客を「生産→消費」という一方通行の流れに位置づけるだけでは、両者の関係性の本質を見誤る。

ブランドは、消費者の中にある、過去の記憶であり未来への期待である。
それは、企業が一方的に顧客の脳内に注入できるものではない。
顧客と企業が、ともに体験を共有し、時間を積み重ねながら創りあげていくものだ。

消費者を教育する、という言い方も、だから少し違うと思う。「教育」という語を動詞に取れば、企業が主で顧客は従にならざるを得ない。
せめて「学習」という言い方をすれば、主従は逆転し、企業は顧客にサーブする存在になれる。そして受動的な「教育」よりも、自らの意思で能動的に考え選び取った「学習」のほうが、ブランドは顧客により深く、強く刻まれるはずだ。

企業、という語も、この際別の言葉に言い換えるべきかも知れない。企業に属する一人一人の顔が見える言葉に。
提供者と享受者、というのはどうだろう。
有形の商品や無形のサービスを、誇りと喜びを以って提供する人。その商品やサービスを、代価を払って有難く享受する人。
良いブランドとは、この両者が共有する、見えない快の感情のことだ。

横を走るライバルの方を向いて競争するから、顧客が見えなくなる。
ひたすら、目の前にいる顧客の方を向いて走ること。
顧客の横に辿り着いたら、そこから見えるもの、聞こえるものを共有すること。
そのようにして築かれる提供者/享受者の関係性の中で、ブランドは共創されていく。

手を取り合い、ともに跳び越えるギャップの数だけ、ブランドは拡張されていく。
それを確かめながら、さらに先を目指す提供者だけが、個々の人間の寿命すら超えて永続するブランドの伝承者となりうる。
立ち止まらないように、そして手を離さないように。
頭の中でなく、つないだその手の中にこそ、真のブランドはあるのだから。

白澤健志

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