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冨山和彦CEOに聴く、「ローカル経済から甦る日本」

kazuhiko_toyama.jpg地方のリアルをどれだけ知っているか。

例えば路線バス。20代から60代まで幅広い年齢の運転士がいる中で、事故を起こす率がもっとも低いのはどの世代か?と冨山氏は会場に問うた。
正解は60代。では理由は?
地方の路線バスの場合、「事故」といっても対人・対物は少ない。圧倒的に多いのは車内での老人の転倒事故だ。発車直後、着座前によろめく。停車直前に立ち上がり、ブレーキにバランスを失い倒れる。なぜそれくらいで転ぶのか、若い運転士にはわからない。
でも高齢の運転士は、そういった老人の身体特性を肌身で感じられる。それによって優しく安全な運転ができる。
「私たちの会社では彼らがエースです。」冨山和彦氏はそう言ってほほ笑んだ。

冨山氏は、数多くの企業の経営改革や成長支援に携わって来た。
マスコミでよく報道された大手企業の事例の印象が強いが、実際には地方の中小・中堅企業の再生も数多く手掛けている。
産業再生機構(IRCJ)時代の案件では、例えば鬼怒川の温泉旅館群の再建を主導したし、その後自ら設立した株式会社経営協創基盤(IGPI)では、100%子会社の「みちのりホールディングス」を通じて岩手・福島・茨城の地方バス会社の経営にもハンズオンで取り組んでいる。

バス会社の運転士は、人手不足が続いている。それは昨今のアベノミクスによる景気回復のせいだけでなく、東日本大震災の前から続くトレンドであり、逆にリーマンショックで大企業がリストラを進めた時も状況は変わらなかった。

考えてみれば、世界経済がどうなろうと、老人はバスに乗って病院に行くし、学生はバスで学校に通う。グローバル経済の影響はほとんど受けない。
ローカル経済の主たる担い手である交通や医療、介護などといった公共性の高いサービス業は、典型的な労働集約型産業であり、人手不足のようなローカル経済の構造的な問題のほうに、より強く影響を受ける。

人手不足の背景にあるのは少子高齢化だが、「子」が減り「高齢者」が増える、というその字面に隠れてしまっているのが、両者の間にいる世代、つまり「生産労働人口」が先行して急減するという事実である。

生産労働人口の減少自体は約二十年前に始まっていた。が、バブル崩壊後の労働力需要の減退の中では、むしろ「過剰な雇用」のほうが問題として顕在化していた。
しかしここ数年、団塊世代の大量退職が進んで労働力の需給関係は逆転し、そのギャップは年々開きつつある。そしてその傾向は、若者が流入する都会よりも、流出する地方でより顕著に先行して起こってきている。
これが地方の人手不足の背景にあるメカニズムであり、地方のリアルだ。

グローバル経済圏(Gの世界)で活躍する産業や企業群と、ローカル経済圏(Lの世界)のそれとは、かなり違ったメカニズムで動いている。そのような切り口から冨山氏提示した両者の比較から、いくつかのキーワードを抽出してみる。(左がG/右がL)

・商品: モノ/コト、持ち運び可能/その場で生産消費
・産業構造: 製造業/サービス業、大企業/中堅・中小企業
・労働生産性: 高い(世界トップクラス)/非常に低い
・雇用: 漸減/増加、全体の2割/8割、知識集約/労働集約

(全体像は以下を参照)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/souseikaigi/h26-09-19-siryou3-5.pdf

経済性の観点から特徴づけると、Gは「規模の経済性」が働く競争市場であり、Lは「密度の経済性」が効いてくる不完全競争の市場である。Lのバス会社は人手不足だからと言ってベトナムに進出することはできないし、逆に隣県のバス会社との間ですら明白な競争があるわけではない。

このような環境で、Lの担い手である地方企業は長く雇用の受け皿として機能し、経営状態の内実に関わらず数多くが存在しえた。
しかし、上述のようにトレンドは変わった。
人手不足が年々深刻化する中、労働生産性の向上は不可避であり、そのためには現状の過剰な企業群を減らしていく必要がある。「規制業種への参入条件緩和」と「労働規制・安全規制の強化」をセットにして、能力の低い経営者に退出を促し、能力のある経営者に地域の資源を集約していく。言い換えれば地域の企業群の新陳代謝を促進していくことがLの再生の処方箋となる。
ダメな会社は淘汰されることになるが、それによって従業員が路頭に迷うことはない。全体的な人手不足の中で、残った優良企業が技術を持った現場労働者を喜んで受け容れるからである。

生産性向上のもうひとつの鍵は、コンパクトシティ化である。
例えば、過疎化の進む中山間地域で介護のサービスを遍く届けようとすれば、
散在する高齢者の間を移動する時間ばかりが嵩み、肝心の介護の時間が削られてしまう。これは生産性の向上を阻む大きな要因となる。
人口30万~50万人程度の地方中核都市内に集住し、駅前などの拠点に公共性の高いサービス業を集中させれば、その生産性は向上する。それにより従業員の賃金も向上し、Lの経済に寄与する。
こういうと、限界集落を見捨てるのか、という話になるが、限界集落の多くは明治期以降の人口増大の中で新たに人が住み始めたところである。人口が減少し百年前の水準に戻りつつある今、無理して里山に住む必要はない、というのが冨山氏の論である。

もちろん生産性向上が求められるのは介護に限らない。Lの経済圏の主体となるあらゆるサービス業で、生産性向上が必要となる。
すでに世界トップクラスの競争相手と鎬を削っているGの世界と違い、現状の生産性が低いLの世界は向上の余地も大きい。生産性向上、あるいは生産参加率の向上(=共働き化)で、企業の収益向上、投資拡大、賃金上昇という好循環を創り出すことが、持続的な地方再生の条件である。

そのために必要なのは、新奇なイノベーションや派手な一発逆転の施策ではない(そもそも「一発」では持続しない)。地道にコツコツ、精緻な経営をすることが大事、と冨山氏は説く。

冒頭のバスの事故率の話も、路線別・ダイヤ別・そして運転士別に精緻なデータを測定し分析していく中でわかったことである。そこまでやる背景には、そのようにして労働環境の持続的改善を図らないと運転士がますます集まらないという地方のリアルがある。
人手不足は経営者を律するディシップリンとなる、と冨山氏は言う。

人口減少と少子高齢化は日本だけの課題ではない。いずれ先進各国が辿る道でもある。日本はその先頭を走りながら、つまり自分の頭で考えながらLの問題に取り組まざるを得ない。そこで生まれた課題解決策は、国内で水平展開するのみならず、世界各国に売り込むことができる。LからGへ、というソリューションビジネスの展開である。
その意味で、日本は今とても恵まれた環境にある。そもそもサービス産業は、日本が得意とするIT分野の新潮流と融合することで様々な可能性が拡がる。世界に先行して問題解決し、その成果を世界に展開する。それには、いま大企業でくすぶっている経験豊富な高齢社員を、Lの経営の担い手として地方に還流する仕組みをつくることも有効かも知れない、と冨山氏は言う。

演題の「日本はローカル経済で甦る」が単なるお題目でなく実現可能なビジョンであることを、地方のリアルをひとつひとつ積み上げながら冨山氏は証明してみせた。LとG、二兎を適切に追い求めていくことこそが、トップランナーたる日本の使命であり、再び世界に輝くための唯一の道かも知れない。

白澤健志