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桜井博志社長に聴く、「獺祭」の湧き出ずる源

photo_instructor_738.jpg それは、久々の親子旅となった。
 岩国空港からバスと電車を乗り継いで1時間、鄙びた周防高森の駅から更にタクシーで15分。分岐点に差し掛かるたびに運転手が細い方の道を選び、ようやく着いた先が「獺祭」の製造元、桜井社長率いる旭酒造だった。

 「獺祭」の名の由来となった「獺越(おそごえ)」という名のこの峡谷で、車を降りて真っ先に目についたのが建設中の12階建ての新蔵だった。桜井社長の著書『逆境経営』でもイラスト入りで紹介されていたので事前に知ってはいたが、現地で目の当たりにするとかなりの存在感である。近寄って下から仰ぎ見ると、その巨大さがいっそう際立った。

 つぶれかけた酒蔵を立て直し、今や年商50億、「獺祭」で日本のみならず世界の市場を席巻する桜井社長。
 「ピンチはチャンス!~『獺祭』を世界に届ける~」と題された今回の講演は、きっと素晴らしいだろうが、そうはいっても現地・現場・現物、まずは行ってみないと始まらない。そんな理屈を合言葉に、ビール党の私が日本酒党の父を誘って岩国に向かったのはひと月ほど前のこと。
 旭酒造では一日二回、各5人まで見学を受け付けている。2か月先まで予約でいっぱいのそのコースになんとか滑り込んだ私たちを、説明役の社員が気持ちよく迎えてくれた。やがて5人揃ったところで、案内が始まった。

 稼働中の2号蔵は、新蔵ほどではないが、それでも4階建てで高さは21mもある。まずはエレベーターで最上階に上がり、そこから米の流れに沿って、フロアをひとつずつ降りてゆく。
 磨きの工程は駅前にある精米工場で行われているので見学できない。磨かれ、既に丸く形を変えた米を手で洗うところから、ここでの作業は始まる。1回にきっちり15㎏。水温は5℃。気温や湿度、米の状態を見ながら、水にさらす時間を秒単位で決めていく。機械でおこなえば時間もコストも大きく節約できるところだが、洗米後の米の水分量を0.2%以下の精度で管理するために、すべてが手作業で行われる。

 洗米から、蒸米、麹造り、仕込み、上槽、瓶詰めまで。あらゆる工程で、データに基づく繊細な品質管理が徹底されている。緻密な時間管理、重量管理、温度管理が全体を貫いている。そして、機械を使うところも多いが、最後は人の手、人の五感で、美味しい酒が生み出されていく。

 データ主義。杜氏不在。四季醸造。米は山田錦のみ。磨きは50%以下の純米大吟醸のみ。そして銘柄も「獺祭」のみ。こう並べてみると、旭酒造の経営自体が、結果的には戦略にブレのない、極めて磨きに磨かれたものだということがわかる。
 製造だけではない。小売りとの直接取引。売り切れるので返品なし。大市場・東京への進出。そして海外高所得者層へのアプローチ。流通・販売においても、ムリ・ムダ・ムラを省き、攻める市場を明確に区切る姿勢が際立っている。

 表面的な手法は常識破りだとしても、その根底に流れる思想はひとつである。即ち、「お客様に美味しいと言ってもらえてこそ価値がある」。講演の最後に自ら語ったこの言葉の通り、桜井社長は味/品質を上げるためにはどんな手間も惜しまない。一方、味/品質に無関係な部分は徹底して削ぎ落とそうとするし、伝統を変えることに躊躇しない。

 だが、そんな桜井社長が、お客様の満足と無関係なところでこだわる二つの伝統があることに私は気がついた。
 ひとつは「旭酒造」という社名。これについては社長自身が著書で述べている。いっそ社名も「獺祭」に変えたら、という意見はあるが、自分の思い入れもあり、踏ん切りがつかない、と。
 もうひとつは場所である。この山奥の地に、なぜいつまでも留まるのか。これがワインならわかる。葡萄は栽培に場所を選ぶし、長距離輸送に耐えられない。しかし、社長自ら遥か遠方の県外から山田錦を買い付けている通り、米は長距離輸送も効く。ならば、ここにこだわる必要はないではないか。
 
 見学後、直売所での試飲を楽しみながら、私はそんな疑問を口に出してみた。すると呑兵衛の父は一言、それは水ではないか、と言った。米はどこからでも持って来られるが、ここの井戸水はここでないと汲めない。
 なるほど、と感心しながら、私は試飲用の「磨き 三割九分」をくいっと飲み干した。

 講演の質疑応答の時間に、この疑問を桜井社長ご本人にぶつけてみたところ、次のような答えが返ってきた。

 「水の問題は確かにあります。あそこの水は非常に超軟水で、それが『獺祭』の品質を規定している面はある。もうひとつ。経済的なことを考えれば、12階建てなんてスペース効率の悪いことをせず、平地へ出て平屋を建てた方が確かに安い。けれど...これは、『田舎の怨念』と理解しておいていただければ。そういうものがないと、これからの日本、ただ経済効率だけでみんなが考えていったら、おかしくなるんじゃないかと思います」

 不躾な私の質問に苦慮しながら答えて下さった社長の口から零れたのは、田舎の怨念、という凄い言葉。私なりにその意味を読み解けば次のようになる。
 岩国市街から山口県、東京、そしてパリ・NYに至る「都会」。獺越という「田舎」に腰を据えることで、「都会」に対する反発心を日々燃え滾らせる。それが社長の原動力となってきたのではないか。獺越の地を離れ、快適な「都会」に居を構えればその情熱の水源も枯れてしまう。そのことを社長は、もっとも怖れているのではないか。

 ピンチを次々にチャンスに変えてきた桜井社長。しかし、あらゆるピンチをチャンスに変えてしまったら、もうそれ以上成長することはできない。根源的な部分で、敢えてピンチに留まる。それは、これからも奔り続けるために、桜井社長が無意識の内に自らに課した「逆境」なのかもしれない。

白澤健志

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