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中原淳氏と山口孝夫氏に聴く、「宇宙に選ばれる条件」

photo_instructor_752.jpgphoto_instructor_753.jpg 東大で「働く大人の学び」を研究する中原先生と、JAXAで宇宙飛行士の選抜・育成に携わる山口氏。立場も専門も異なる二人の視点から「宇宙飛行士に求められるリーダーシップ」像を立体視のように浮かび上がらせ、そこから地上の我々に有用な知見を見出そうというのが今回の対談である。
 それは私個人にとって、この四半世紀の来し方を省みる講演でもあった。

 私が大学を卒業し就職した年、入れ違いに二つの才能が入学してきた。
 一人は中原先生その人。先生と私は、学部学科そして指導教官も同じだが、であるからこそ彼我の実力の差は清々しいほど明白で、覆い様がない。
 当時の教育学部周辺には職業人教育を専門にする人はいなかったし、またそのことを誰も不思議に思わなかった。獣道すらなかったその斜面を、独り黙々と切り開いてきたのが中原先生である。そしていまやその足跡は立派な蹊を成しつつある。

 もう一人の才能、大西卓哉さんの名は、記憶にない方も多いだろう。
 大西さんは工学部で航空宇宙工学を修めた後、航空会社にパイロット要員として入社。数年に及ぶ訓練を経て副操縦士(コ・パイ)として大空を飛んでいたある日、JAXAが十年振りに宇宙飛行士候補を公募することを知り、自ら手を挙げる決意をする。応募総数963名の中から、幾度もの厳しい選考を経て選ばれた3名の合格者の一人が、大西さんである。

 同じ航空会社で先にパイロット要員として採用されながらコ・パイ昇格が叶わなかった私は、パイロットを地上から支援するスタッフの一人として大西さんと出会った。物静かで謙虚な、とても感じの良いコ・パイ。その第一印象は、地上からこの人をできるだけサポートしたい、という自然な感情を私の中に湧き起こすのに充分だった。
 宇宙飛行士になる、と聞いた時は、あの冷静さの内にそんな情熱が秘められていたのかと少し驚きもした。最後に会ったのは壮行会。これまでの周囲のサポートへの感謝を表しつつ、これからへの大いなる夢を語る姿に、その情熱の片鱗に触れた気がした。
 こういう人が宇宙に選ばれるのだ、と思った。

 再び長く厳しい訓練に身を投じた大西さんの近況を、最近、意外な方から聞くことができた。星出彰彦さん。言わずと知れたJAXAの宇宙飛行士である。
 JAXAのあるイベント後の懇親会場に突然現れた星出さんと、パネリストの一人だった私は、流れで名刺交換をすることになった。どんな方なのだろう、と緊張する間もなく、星出さんはあの人懐こい満面の笑みで、大西さんがロシアで受けている訓練の様子などを話してくれた。

 喋りが上手なエライ人の場合、ともすれば一方的な演説になりがちだ。しかし星出さんは、どんな相手とも、テンポの良いラリーのように会話を弾ませられる人だった。こちらの眼をじっと覗き込み、私の言葉のひとつひとつに大きく頷く。その傾聴力に、気がつけば私も気持ちよく喋っていた。
 わずか数分間のこの会話でいちばん印象深かったのは、星出さんの「感じのよさ」だった。会った人をみな瞬時に味方にしてしまう人間的魅力。それこそが、現代の宇宙飛行士に求められる資質の最たるものかも知れない。

 JAXAの宇宙飛行士の「職場」であり、山口氏のもうひとつの専門分野である国際宇宙ステーション(ISS)。地上の国家間の喧騒にも関わらず、ここでは国境を越えた協力が日々行われている。それがなければいかなるミッションも成立しないのを知っているから、ISSの乗組員(クルー)はあらゆる場面でチームとして協力し、助け合う。

 チームワークを発揮するのは宇宙だが、それを身に付けるのは地上だ。
 その一翼を担うのが航空業界で開発された「クルー・リソース・マネジメント(CRM)」と呼ばれる訓練である。宇宙向けにアレンジされたその内容を通じて、宇宙飛行士は「意思決定」「状況認識」「コミュニケーション」「ワークロード管理」「指揮・命令」「リーダーシップ」という6つの必須管理能力を身に付けていく。

 このうち、講演の主題でもあった「リーダーシップ」。その本質は、中原先生も言及していたように、「フォロワーシップ」と併せて考えるとよい。その実例を、山口氏が披露してくれた、宇宙飛行士選抜試験の最終選考でのエピソードから引いてみる。
 
 あるチーム課題で審査員からダメ出しを受け、落胆したメンバー達。限られた残り時間の中、リーダー役が提示した保守的な改善策に他のメンバーが同意しかけた時、一人のメンバーが異議を唱えた。課題の本来の目的に照らせば、より挑戦的な改善策を取る必要がある、と。この進言に、リーダー役と他のメンバーも考えを改め、チームはあるべき方向に動き出した。それを見届けた進言者は、元のメンバーの役割に自然に戻っていった。

 この時、進言したメンバーが大西さんだったと聞いて、私は得心した。現状を俯瞰的に捉え、与えられた役割に固執せず、おかしいと思えば状況に応じて周囲に働きかける。パイロットとして、日々のフライトやCRM訓練の中で培ってきたこの行動様式が、宇宙飛行士としての資質を問われる最終選考で如何なく発揮されたのであろう。この、見事な「フォロワーシップ」の中にこそ、それと不可分な「リーダーシップ」の本質があるのではないか。

 ISSでの活動は、決して優秀な一人の宇宙飛行士の努力のみで達成されるものではない。その陰には、膨大な数の地上スタッフの、気の遠くなるような準備と努力が横たわっている。スタッフだけではない。資金や技術、理解と協力。あらゆる面で、一般人である我々も、そのミッションの一端につながっている。
 地上から支えてくれる多くの人がいる。
 そのことをよくわかっている人、そのことを決して忘れない人だけが、宇宙に選ばれる。
 そして地上の我々もまた、宇宙に選ばれた者の活躍に、支えられている。

 選抜試験に密着取材したNHKディレクターは著書で、宇宙飛行士に求められる資質をこうまとめていた。
 『どんなに苦しい局面でも決してあきらめず、他人を思いやり、その言葉と行動で人を動かす力がある』
 これは、地上で働くすべてのリーダーに求められる資質でもあろう。
 宇宙が特別なのではない。人と人、その関わり合いの中にある、重力の有無を越えた普遍の真実。それを掴んだ者だけが、宇宙に選ばれるのである。

白澤健志

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