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知的創造には、ダイジェストする力。阿刀田 高先生。

takashi_atouda.jpg今期の最終回にまさにふさわしいご講演でした。小説家 阿刀田高先生による『知的創造の作法』。

阿刀田高先生は、短編小説、なかでもアイデア小説の書き手、として知られます。これまでなんと900篇以上の作品を生み出してこられました。それからもうひとつ。難しい古典をやさしく、楽しく、ダイジェストする、"知っていますか" シリーズでも人気です。ギリシャ神話、旧訳・新約聖書、古事記、源氏物語etc。私自身、阿刀田先生のダイジェストのおかげでどれほどに古典の理解が深まり、世界が広がったことでしょう。

まさに、知的創造の達人。アイデアを探すプロフェッショナル。
そんな阿刀田先生がその作法を明かししてくださいました。
すごいことだなあ、と同タイトルの著書が出版されたときにも私はいたく感心しました。そして今回は、本に込められたメッセージの、さらなるダイジェスト、でした。ぎゅっと。

では、知的創造の作法とは何でしょうか。

ダイジェストする力

このひとことに尽きる。と私は講演から受け取りました。
知識を、目的にあわせて、自分なりにダイジェストし、自分の知識として蓄えておく。それがクリエイティブになるための、知的創造のための方法。

では、ダイジェストとは何でしょうか。
「知識」「目的」「自分」の3つが重なっているところ、だと阿刀田先生は解説されます。
『知的創造の作法』のP19に図が載っています。私は、「知識」X「目的」X「自分」=知的創造 のかけ算でもあるのかな、と思いました。

「知識」
ダイジェストする対象そのものです。当然、豊かであるに越したことはありません。けれども多ければそれでよいかというとそうではありません。役立っている知識や語られ信じられてきた知識というのは、案外とてもいい加減なんですよ。先生はそう添えられます。

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日本のものづくりは「夜明け前」である。 藤本隆宏さん

日本のものづくりは「夜明け前」である。

ものづくり経営研究の先駆者であり第一人者、東大の藤本隆宏先生は、昨年末から事ある毎にこのメッセージを発信してきた。
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残念なことに、この20年間、日本のものづくりは猛烈な逆風下にあった。閉鎖した工場、海外移転を余儀なくされた工場は数知れない。
その状況を知り尽くした藤本先生が何を持って「夜明け前」というのか。
それを知りたくて、8年振りに夕学に来ていただいた。

なぜ「夜明け前」か。
藤本先生は言う。
長期動向の潮目が変わった。不可逆的変化が起きつつある。
変化とは、新興国の賃金上昇である。
中国では5年で2倍、タイでは年率40%のペースで工場労働者の賃金が上昇している。
中国脅威論が出始めた10数年前によく言われた「低賃金で働く労働者が内無尽蔵に供給されている」という状況がようやく終わりつつある。
経済学的にいえば、「無制限労働供給」の終焉である。

「大リーグボール養成ギブスを着けて戦ってきたようなものだ」

藤本先生は、この20年間の日本のものづくり現場での戦いをこう評した。
日本の20分の1の賃金コストですむ新興国との戦いは、生産性を2倍~3倍上げたところで焼け石に水。圧倒的なに不利な条件下での戦いであった。
しかし、5分の1程度のコスト差なら十二分に戦える。
そういう時代がようやく訪れようとしている。

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面白い絵、面白いお話、もっと面白くなりました 画家 山口晃さん

akira_yamaguchi.jpg 「私見、日本の古い絵」と題して、画家の山口晃さんにご講演いただきました。

日本の美術が、西洋の真似をしはじめ、西洋に追いつこうとする、前。日本にはヘンな絵がありました。日本の古い絵はヘンだぞ、面白いものがあるぞ、誇れるすばらしいものがあったんだぞ。それが、山口さんの私論でした。面白いお話でした。そして、美術がもっともっと面白くなる、山口さんの作品を見るのももっと面白くなっていく、そんなお話でした。

山口さんの著書ヘンな日本美術史』(祥伝社)は、2013年の小林秀雄賞を授賞されたことでも、話題となりました。

小林秀雄賞は、日本語表現の豊かな著書(評論・エッセー)に贈られる、文芸評論家 小林秀雄の生誕100年を記念して創設された学術賞。山口さんは初めて、画家として、授賞されました。授賞理由は、「読んでおもしろい」からだったそうで、やはり面白いということなんだなあ、と思います。山口さんご自身が面白いものがあるお、ヘンなものがあるぞ、と面白がっていらっしゃるのが、お話からも伝わってきてまたそれが聞いている側が面白くなっていく、そんな面白さの対話とでもいいましょうか、があるんだなと思いました。

お話は「鳥獣人物戯画」から始まり、雪舟、そしてさいご、川村清雄まで、たっぷりとお話いただきました。

「ヘンとは何ですか」「ハイすみません」
講演さいしょのスライドは、そう雪舟に怒られている山口さん筆の水墨画。それだけに雪舟はヘンだぞ、面白いぞという思いを予感しましたが、期待どおり、期待以上で「雪舟は面白いんだなあ」と実にわくわくしました。

「雪舟は、ひとつの原点であり、頂点です。」と山口さん。

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言い続ける、やり続ける、実行力 松井忠三会長

tadamitsu_matsui.jpg 株式会社良品計画 代表取締役会長 松井忠三さんにご講演いただきました。

無印良品の誕生、コンセプトから、成長、挫折、復活までの軌跡。風土改革、MUJI GRAM、海外展開、人材論、新規開発、商品開発、そして経営姿勢まで。実に、たくさんのお話をしてくださいました。溢れ出て、伝わってきたもの。それは、無印良品の強さの秘訣であり、魅力の秘密でした。けれども、秘訣で秘密のようですのに、松井さんはまったく惜しげなく、具体的なエピソードと豊富な資料を提示しながら、ていねいにお話くださいました。めぐってそれが"シンプル"なのかもしれない。振り返り、思います。

松井さんが社長に就任された2001年。無印良品は業績がもっとも低迷していたころでした。赤字、撤退、混乱、弱体化、、、「無印の時代は終わった」とさえ言われました。そこから松井さんの経営改革が始まります。
やるべきことを見極め、やるべきことには正面から取り組み、やるべきことは続ける、やるべきことをシンプルな仕組みにし浸透させる、やるべきことをDNAにした、、、松井さんの経営改革はつまり、"実行した"こと、実行し続けたこと、にありました。強くて魅力的なブランドであり企業である無印良品は、奇跡からではなく、実行の軌跡から生まれたことが、今日のお話でよくわかりました。

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アインシュタインの最大の偉大さは「あきらめなかった」こと  上田正仁さん

かつて、慶應MCCのファウンダーである妹尾堅一郎先生が「問題解決症候群(シンドローム)」ということをよく言っていた。

・問題は与えられるものである
・問題には唯一の正解がある
・問題の解き方は誰かが知っている

日本人には、これらの思考の癖が、病魔の如くに染みついているというものだ。

photo_instructor_729.jpg20年前、東大で物理学を教えていた上田正仁先生も、同じ問題意識を抱いたようだ。

大学で伸びる人、社会(大学院)で伸びる人とそうでない人を分かつものは何か。
それは、自分に対する評価基準が変わることへの「変化適応能力」の有無ではないか。
上田先生は、そう考えた。


「問題は与えられるもの」から、「問題は自分で設定するもの」へ
「問題には唯一の正解がある」から、「正解は複数あってよい」へ
「問題の解き方を憶えること」から、「新しい解き方を見つけること」へ
評価の基準が変わることに、思考の型が適応できるか否かである。

上田先生は、優秀さを三つの力の三層構造で整理している。
マニュアル力、考える力、創造力の三層である。
1)マニュアル力
答えが決まった問題を、速く、正確に解く力。 受験勉強にはこれが必要である。

2)考える力
ひとつの難しい問題を長時間考えつづける力。 大学はこれを求める。

3)創造力
自ら課題をみつけ、独自の解決方法をあみだす力 博士課程、社会はこれを問われる。

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組織と個人の見えざる約束  服部泰宏さん

いわゆる「日本的経営」と言われる概念を言語化したのは、実は日本人ではない。
半世紀以上前に、米国の経営学者ジェームズ・アベグレンが『日本の経営』で分析してみせたのがその嚆矢だと言われている。
アベグレンは、戦後の日本企業の発展の理由を分析するうちに、日本企業と従業員の間に明文化した文書こそないが、互いに相手を信じて懸命に守ろうとしている「書かれざる約束」があることに気づいた。
彼は、その約束を「Life Long Commitment」と呼び日本的経営の中心概念に据えたという。
『日本の経営』の訳者占部都美氏(当時神戸大学教授)が「Life Long Commitment」を終身雇用と訳したことから、アベグレンは終身雇用という言葉の産みの親と言われている。

photo_instructor_717.jpg今夜の夕学講演者服部泰宏氏は、アベグレンの着眼点を占部氏とは異なる意味合いで理解しようとしている。経営学の泰斗で同門の大師匠にモノ申さんとする心意気やよし。これからの活躍が期待されるライジングスターである。

さて、服部先生が言わんとするのは、アベグレンが指摘したのは雇用形態ではなく、組織と個人が「書かれざる約束」に基づいて形成している関係性のことではないか、というものである。
「組織と個人の関係性」それが、服部先生の研究テーマである。

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ドラマ『半沢直樹』が生まれるまで 福澤克雄さん

いまとは違って20年程前まで、その年のラグビー日本一は、社会人の日本一チームと大学の日本一チームによる決定戦によって決していた。確か1月15日と決まっていたと思う。
1985年に慶應ラグビー部がトヨタ自動車を破り、慶應史上初の日本一に輝いた時の中心選手の一人が、本日の講師福澤克雄氏である。

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日本代表チームにも選ばれたこともある、将来を嘱望されるラガーマンだったという。

ところが福澤さんの夢は、ラグビーではなく「映画監督になる」ことであった。
慶應幼稚舎時代の担任が語った「一生続けられる仕事を見つけろ!」という言葉を素直に受け止めていた克雄少年は、映画『スターウォーズ』に出会って以来、その思いを忘れずにいた。

紆余曲折を経て、TBSに中途入社した。
「これからはテレビ局が映画を作る時代が来る。ドラマの経験を積んで準備をしておけ」
という先輩の助言が頭にあったという。
体育会で鍛えた仕切り屋の腕前と体力で下積み生活を乗り切って、35歳の時に『3年B組金八先生』でドラマ監督デビューを果たした。当時生徒役で出演したのが上戸彩であった。
2003年、明石家さんま主演で沖縄戦を描いた『さとうきび畑の唄』で文化芸術祭大賞を受賞し、ディレクターとして確固たる地位を築いた。
ジャニーズ事務所に食い込んでSMAP出演ドラマを一手に引き受けるようになり、『砂の器』(中居正広主演)『華麗なる一族』(木村拓哉主演)など大型社会派ドラマを次々ヒットさせた。2009年には『私は貝になりたい』で映画監督の夢を実現した。

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