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自分で考えよう。学びたいことは学ぼう。池上彰先生

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「お父さんのイメージがあるのでね。」

講演あとの楽屋で、池上先生はそう笑っておっしゃいました。
お会いして一瞬で場は和やかになり、お話すれば思わずほっとする方、お目にかかり、"あの"お父さんの雰囲気そのものと思いましたが、たしかに講演では意外なところもありました。
おだやかな口調で、わかりやすい解説、ここまではイメージ通りながら、きびしいご指摘やするどい問題提議を次々されます。学生の頃から、本が大好きでいらしたというのは期待通りながら、その入手方法はパチンコ屋の景品、ちょっと予想外の一面でした。

岩波文庫のショーペンハウエル著 『読書について』 は、その一冊でした。

「頭をぶん殴られた感じ。」
読んだとき、それほど、衝撃を受けられたそうです。

読書とは、他人の思考の運動上で運動するようなもの。読書だけしていては、自分で物を考える力が失われる。とショーペンハウエルは言うのです。本をたくさん読んできたけれど、自分はただ読んでいるだけだった、自分でその本について咀嚼することをしてこなかった、と池上先生は気づかされたそうです。自分で考えてこそ。池上先生の原点がありました。

その後、記者になられて、"夜討ち朝駆け"で深夜ひたすら待つ間、経済学の本を読み、英語テキストで勉強されたそうです。そのとき何か目的があったわけではなく、何となく勉強していたのだけれど、それが良かった、じわじわと効いてきた、実感をもって振り返られます。

「すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる。」

慶應義塾大学の塾長でいらした小泉信三先生の言葉をご紹介くださいました。それが教養である、それが学ぶということです、と。

池上先生は現在、東京工業大学リベラルアーツセンターで教鞭をとられています。
お引き受けになられたのは、NHKを退社され時間ができるなと思われたころで、3.11、東日本大震災と原発事故が起こった時でした。

人は、何が何だかわからないのがいちばんの不安です。現状を知りたい、原因を知りたいと人々は思い、TVをつけました。理系の専門家は、人々がわからないことに気づかず、専門用語で解説し続け、文系の受け手は不安をかきたてられ、混乱していました。その様子に、理系と文系の深くて暗い溝を感じ、同時に、理系の大学で教養を教えることに意義を感じられたそうです。

専門において非常に優秀だが、視野が狭く、教養がない、といわれる学生たち。しかしこれは理系トップ校の学生に限らず、あらゆる分野のあらゆるビジネスパーソン、私たちにも、あてはまることに違いありません。

学ぶ力とは、自分で考える力です。自分で課題を設定する力、自分で問題自体をつくり出す力です。問題を出題されたとき、意見を問われたとき、メディアの報道を聞いて、その問い自体を疑ってみる、その設定や条件自体について自分で考えてみる力です。
池上先生は力強くそしてわかりやすくお話くださいました。姿勢とメッセージに、池上先生はやはり、理想のお父さんだなと思いました。(湯川真理)