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自分で考えよう。学びたいことは学ぼう。池上彰先生

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「お父さんのイメージがあるのでね。」

講演あとの楽屋で、池上先生はそう笑っておっしゃいました。
お会いして一瞬で場は和やかになり、お話すれば思わずほっとする方、お目にかかり、"あの"お父さんの雰囲気そのものと思いましたが、たしかに講演では意外なところもありました。
おだやかな口調で、わかりやすい解説、ここまではイメージ通りながら、きびしいご指摘やするどい問題提議を次々されます。学生の頃から、本が大好きでいらしたというのは期待通りながら、その入手方法はパチンコ屋の景品、ちょっと予想外の一面でした。

岩波文庫のショーペンハウエル著 『読書について』 は、その一冊でした。

「頭をぶん殴られた感じ。」
読んだとき、それほど、衝撃を受けられたそうです。

読書とは、他人の思考の運動上で運動するようなもの。読書だけしていては、自分で物を考える力が失われる。とショーペンハウエルは言うのです。本をたくさん読んできたけれど、自分はただ読んでいるだけだった、自分でその本について咀嚼することをしてこなかった、と池上先生は気づかされたそうです。自分で考えてこそ。池上先生の原点がありました。

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輿論と世論の違いが分かりますか?

「世論」と書いて「よろん」と読むのは、いまの時代一般的な感覚であろう。
「世論」の意味を「世間一般の意見のことで、公共の問題について、多くの人々が共有している意見」とするwikipediaの解説に違和感をもつ人は少ないに違いない。

しかし、「世論」という言葉の使われ方には肯定と否定の両面がある。
「政治家は世論の意見に耳を傾けよ」という言い方をする。肯定的な使い方である。
「浮ついた世論に流されてはいけない」と言ったりもする。こちらは否定的な立場である。

辞書を引くと、「かつては(よろん)は輿論と書き、世論は(せろん)と読んだ」とある。

佐藤卓己先生によれば、本来両者の意味は明らかに異なった。その違いは日本語で説明するよりも英語で表現した方が分かりやすい。

輿論:Public opinion  
世論:popular sentiments

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実際に、明治の知識人や新聞は、両者を的確に使い分けていたという。
「輿論は天下の公論」として尊重すべきものとされ、「世論は外道の言論・悪論」として受け流すべきものとされていた。

「輿論」は正確な知識・情報をもとにして、議論と吟味を経て練り上げられるべきものに対して、「世論」はたぶんに情緒的な感覚、日本語でいえば「空気」のようなものである。
大きく異なる概念をひとつの言葉に統合してしまったことが、イメージの両面性に起因する。

佐藤先生が問題視するのは、両者の概念混同がなぜ起きたのかという理由もさることながら、むしろ混同によって起きた現象である。
情緒的な感覚意見でしかない「世論」が、議論と吟味を経て練り上げられた「輿論」であるかのように重視され、世の中を動かすようになってしまったという事実である。

例えば、新聞の世論調査で示される内閣支持率は、情緒的な感覚意見を数値化したものである。タレントの好感度調査とよく似ている。
にもかかわらず、内閣支持率が20%を割ると、マスコミは「いよいよ危険水域に入った」と大見出しを打つ。その数字を受けて政治家は倒閣に走り出す。
世論調査が社論を決め、政局を動かしている。
逆に言えば、内閣支持率が高ければ、マスコミの政権批判は迫力を欠き、内閣は何をやっても許される風潮が生まれる。安倍政権はまさにこの状態である。

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スポーツがめざすは守破離 山口香さん

yamaguchi.bmp山口香さん。かっこいい方でした。ハリのある白な柔道着を着て、凛々しく立つ山口さんの柔道姿、とてもかっこよかった。印象に残っています。信念をもって、力強く情熱的に、それでいて軽妙で明るく、お話くださった今夜の山口さんも、とてもかっこよかったです。

一芸に秀でている人は何にでも秀でている

よく言われる言葉ですがスポーツもまさに同じです。スポーツにどんな意味・価値があるのか。スポーツはなぜ社会に役立つのか。そして暴力がなぜ悪いのか。コーチの役割とは何なのか。柔道家であり指導者であるからこその持論を山口さんは語ってくださいました。スポーツのみならず仕事やマネジメント、生き方へのヒントも、たくさんあるメッセージでした。

守破離

山口さんは「守破離」の「破」「離」ができることで、スポーツが社会に役立つとおっしゃいます。スポーツの稽古に励み、勝負に挑むのは、そういう人間をつくるためです。
道にある「守破離」という言葉。山口さんは「守」とは「わかる」、「破」とは「できる」、そして「離」「つかえる」ようになることだと言い替えて教えてくださいました。稽古によって基礎を身につける自分を高めていく、勝負でお互いを高めていく、できるようになる、力がついていく、そしてさいご「つかえる」ようになってこそ。

「つかえる」とは、「世の中で自分の道ではないところで通用する」ことと山口さんはおっしゃいます。
スポーツをやる目的は、強くなる、金メダルをとる、ことではありません。世の中の役にたってこそです。そして、スポーツはその力を育む力や可能性を十分にもっていて、だからこそ道が受け継がれ鍛錬されてきたのでしょう。

しかしこれに至れるかは、指導者の責任も大きいと山口さんは力をこめられます。
指導者がときおり、「道」に立ち戻り、その精神をしっかり語り、教えなければ、伝わりません。体を鍛え技を磨くだけでは、強く勝てる選手にはなれるかもしれないけれど、離には至れません。
柔道で世界トップを極めた実力と実感、指導者としての経験とが礎にあって、山口さんのお話には説得力がありました。

スポーツは社会の縮図

では、社会で役に立つとはどういうことでしょうか。スポーツにはルールがあります。

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人間の自由と組織の本質 菊澤研宗さん

「科学は哲学から生まれ、哲学は神学から生まれた」

分子生物学者の村上和雄先生から聞いた言葉である。
実に深くて味わいのある言葉だが、それゆえ単純なことではないようだ。

photo_instructor_731.jpg菊澤研宗先生によれば、
20世紀初等の欧州で、科学は自らを産み落としてくれた哲学への反駁を始めた。
「科学が進歩すれば、哲学など必要なくなる」
ウィーン学派と呼ばれる集団は、論理実証主義を奉じて哲学的領域への浸食を始めた。

これに対してカール・ポパーが立ちはだかった。
論理実証主義者が主張する科学的方法論の万能性を、ひとつひとつ論理的に反証していった。

「すべての問題を科学で解決出来るわけではない。科学は哲学を抹殺できない」

それが20世紀の「科学vs哲学」論争の論理的帰結であった。

菊澤先生はこの春まで二年間アメリカに在住していた。
間近で見た21世紀のアメリカでは、再び科学万能主義は台頭しているという。

「科学でなんでも説明できる。哲学・美・倫理でさえも科学で扱える」

例えば、美しい絵画を見て感動している人間の脳内血流の動きを科学的に分析すれば、美とは何かも解明できる。
科学主義者は、そう主張しているという。

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和食とはうまみ、京料理とは寸法 菊乃井主人 村田吉弘さん

moto_yosihiro_murata.jpg 京都の老舗料亭 菊乃井三代目主人 村田吉弘さん。料理人として、料亭主人として、京都人として、日本の将来を考えるひとりの大人として、そして日本人として語ってくださいました。和食とは何か、日本料理とは何か、京料理とは何か、文化とは何か。

和食 日本人の伝統的な食文化」は昨年12月、ユネスコの無形文化遺産に登録され話題となりました。村田さんは理事長を務めるNPO法人日本料理アカデミーとともにその仕掛け人・発起人でいらっしゃいます。

では、和食がユネスコに登録されたというのはどういうことでしょうか。
そして、和食とは、日本料理とは、京料理とは何でしょうか。
これが村田さんのメッセージでもありました。

村田さんによると、日本料理とは、うまみの料理だそうです。

母乳は糖、脂質、うまみ成分でできています。食も同じです。パン、お米、小麦、まず世界のどこでも糖を食べます。そして特筆すべきは他の国々の料理は脂質が中心であるのに対し、日本は世界で唯一、うまみ成分を中心に料理があることです。 うまみといえば "だし"です。
おいしいだけでなくこの"だし"は0キロカロリー。コンソメなり鶏だしなりだしにあたるものはどれも高カロリーです。うまみ成分には心を落ち着かせる効果もあります。、和食とはうまみの料理、そしてうまみが、世界でもまれな低カロリーで栄養バランスのよい健康的な料理を実現しているのです。

次にでは、京料理とは何でしょうか。村田さんによると京料理とは「寸法」です。

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ダイオウイカを追いかけて 窪寺恒己さん

作家の荒俣宏氏によれば、博物学の歴史は大航海時代の到来とともに始まるという。
命知らずの探検家や一攫千金を夢見る商人達が繰り出す船団の中には、古今東西の珍奇なもの、ワンダー(驚異)なものを探そうとする博物学者たちも乗っていた。ドラゴン、ミイラ、人魚など彼らが探そうとした未知の珍物のひとつにクラーケン(海魔)と呼ばれる謎の巨大頭足類があった。

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中世の船乗り達に口伝されていたというクラーケンこそが、今夜の夕学ゲスト窪寺恒巳先生が追いかけてきた「ダイオウイカ」である。
ギネスでは全長18Mとされているが、測定法がやや眉唾的で、信憑性の高い最大全長は14.4M(触腕込みの長さ)、体長は7M。いずれにしろ巨大なイカである。

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多くの研究者や海洋ジャーナリストが生きたダイオウイカの撮影に試みたが、失敗が続いてきた。なにせ相手は水深600M~900Mの深海に棲む。真っ暗闇の世界である。

窪寺先生も2002年から小笠原沖で調査を開始し、2004年には世界初の連続静止画撮影に成功した。
2006年には、生きているダイオウイカを釣り上げる場面を動画撮影することにも成功した。

ダイオウイカC.jpgのサムネール画像

そして2009年、NHKグループが海外メディアと組み、世界の研究者、専門家を集結する大規模プロジェクトを結成。窪寺先生も加わった。
ダイオウイカの生きている姿を撮影するためにはクリアするべき条件がいくつかあった。
・イカには見えない微細な"赤い光"(近赤外線)をあてること
・微細な光で撮影できる高感度カメラを開発すること
・30時間以上の長時間撮影を可能するカメラシステム(後にメデューサシステムと呼ばれる)
・イカを誘因する方法の用意(生物発光、フェロモン、えさ等々)

それらをクリアして、いよいよプロジェクトがスタートしたのは2012年のことだった。
場所は小笠原沖。窪寺先生自身が成功確率1%と推定するほどの一か八かの大勝負であった。
ディープローパー、トライトンという2機の潜水艦が活躍した。いずれも水深1000Mまで潜ることができる。

潜水艦A.bmpのサムネール画像

潜水艦B.jpgのサムネール画像のサムネール画像

調査隊は見事に3度に渡る撮影に成功する。
無人カメラメデューサが2回、そしてハイライトは、窪寺先生が乗り込んだトライトンで撮影した23分に及ぶ映像であった。
黄金色、シルバーに輝くその姿は神秘的な感動をもたらせてくれる。
その様子はNHKオンデマンドで観ることができる(有料)
「NHKスペシャル 世界初撮影!深海の超巨大イカ」
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2013046478SA000/

ダイオウイカの生態もいくつか解明できた。
彼らは、元は浅瀬に棲むイカだった。それが進化の過程で深海に適応していった。だから目もあるし、墨袋も残っている。黄金色、シルバーの輝きもその名残だという。
彼らを追って、マッコウクジラも深海まで潜るようになった。ダイオウイカが巨大化したのは、マッコウクジラに補食されにくくするための環境適応だったと考えれる。

ダイオウイカは600~900Mの深海に潜み、じっと上を見つめている。太陽光がほんのわずか差し込んでくるので下から仰ぎみると獲物の影が見えるのだ。獲物を発見すると静かに近づき、巨大な腕を広げて一気に包み込むように捕食する。

深海にはダイオウイカ以外にも巨大なイカがたくさんいる可能性がある。マッコウクジラの巨体がそれを示唆してくれるという。あの身体を維持するに足る十分なエサ(巨大イカ)の量があるということだ。
人間が、深海の謎究明の入口に立ったばかりのようだ。

人はいろいろ、医もいろいろ、人生いろいろ、だから、レジリエンス 新見正則さん

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Improbable!
そんなこと、あり得ないよな!でもそうだったんです。

オペラ椿姫を聴かせると心臓移植が上手くいきました。病は気から。脳が免疫をコントロールしています。
新見正則先生はこの研究結果でイグ・ノーベル賞を授賞されました。"something improbable"を理念とし、人々を笑わせ、そして、考えさせるな研究結果に与えられる国際的なイグ・ノーベル賞。会場が笑いにわいた授賞式の新見先生とネズミさんチームのスピーチは、BBCはじめ世界のメディアで報道されました。You tube でもご覧いただけますのでぜひどうぞ。
イグ・ノーベル賞受賞スピーチ

Something improbable!そんなこと、あり得ないよな!
以前はそう思われていたことが世の中で起こり、できるようになり、当たり前になったりもしています。インターネットもそうですし、山中伸弥先生のiPS細胞もそうでした。医療そのものも、同じです。サイエンスであり確かな答えがあるとは、私たちの思い込み。経験則にもとづいて、いま一番良いと思われていることをしているに過ぎません。Improbableが起こり飛躍的に進歩することもあれば、正しいとされていた方法や基準値が変更されることもあります。
人はいろいろ、何が効果があるかも人それぞれ。医療はグレーで、医療だって市場原理。ですから、自分で考え、選ぶ、という意識が必要です。新見先生のメッセージでした。


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