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わからないまま放置する、第三の関わり方。東 浩紀さん。

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「包摂 inclusion」「排除 exclusion」

東さんは、ホワイトボードに大きくこの文字を書いて、2つの言葉を線でつないだ。
この2つは対立する。どちらか、である。
線を加え、三角形をつくった。包摂でも、排除でもない、第三の関わり方、第三の選択がある。

理解はできないが、ゆるく、うすく、存在を認める、放置する。
東さんのメッセージの軸は、この第三の関わり、にあった。

21世紀は、9.11のテロリズムで始まった。
包摂か、排除か。社会的か、反社会的か。
思想的対立の時代である。

しかし、そもそも社会と関わらない、脱社会的存在がある。
社会的でもない、反社会的でもない、脱社会。社会的に受け入れたり折り合っていけなかったりするが、反社会的だといってその枠組みのなかで修正し適応させようとしても難しいことがある。宮台真司さんは援助交際をする少女たちを、東さんはオタクを例に、脱社会を論じた。東さんの著書『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会(講談社新書、2001年)は話題となった。いまでもいちばん多く読まれている著書だそうだ。

脱社会的存在を、脱社会的存在のまま、放置し、受け入れる社会。そんな寛容な社会をつくることを、真剣に考えていくことが大切である。これが東さんの論であった。

放置し、認める、という第三の関わり。理解はできないが、気持ちはわからないが、ゆるく、うすく、認める、という新しい関係。包摂しないが、排除もしない、「放置する」、という第三の選択ともいえる。
目の覚めるような、斬新さと鋭さをもった、しかし、とても優しい、主張だと私は思った。寛容なという言葉も響いた。感性的に優しくていい社会になりそうだなと共感した。

この"第三"の考えは、後半、民主主義の話題に展開する。

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航海を続けよう。どんな風も前に進む風。ひらまつ 平松博利さん。

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風を求めて、航海を続ける。

平松さんは海の男だった。
フランス料理のミシュラン1つ星シェフ。高級レストラン群を経営しかつ驚くべき増収増益を続ける、超優良企業の経営者。あの"ひらまつ"の平松さん。さわやかで、たくましく、かっこよくて、ほんとうに太陽の陽射しや潮風が似合いそうな方だった。

先を見て、信念をもって、航海を続ける、船長であれ。先の見えない時代だからこそ。それが経営者の役割である。コロンブスは大陸を発見したから偉大なのではなく、航海を続けたから偉大なのだから。こんなメッセージで講演は始まった。
これが、ひらまつのブランド戦略であり、超優良企業ひらまつの経営戦略であり、強さ逞しさの秘訣だった。平松さんの人材育成論であり、生き方論でもあった。

まさに平松さんのフィロソフィー。

一歩踏み出そう。できると信じて、西へ西へ進もう。航海を続けよう。苦労や努力はいらない、全力投球でいまを生きよう、楽しもう。講演のさいごもメッセージだった。そして、ご自身、常にそうでいらっしゃることが、お話、姿勢、視線から、ぐんぐんと伝わってきた。

エネルギーが伝わってくる。よし、私なりに目の前の海を進もう、と元気づけられる。
惹きつけられる。「こんな方となら一緒に冒険の旅をしたい」と思わせる。
そして、古典から学び、ご自身のものとして編集して、平松さんのフィロソフィーにされていた。
まさに名経営者、名リーダー。

昇り坂の儒家、下り坂の老荘
追い風の儒家、向かい風の老荘

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実践的「働く大人の学び」論  菊池桃子さん

1984年デビューの女性アイドルにはこんな人達がいた。

菊池桃子、辻沢杏子、岡田有希子、仙道敦子、倉沢淳美、渡辺典子、荻野目洋子、セイントフォー、長山洋子、少女隊etc。

こうしてみると、先日お亡くなりなった島倉千代子さんではないけれど、まさに「人生いろいろ」である。 芸能界の厳しさを知らされる思いがする。

photo_instructor_684.jpgご本人の話によれば、菊池桃子さんを支えるファンは卒業をしないという特徴があるらしい。年齢でいえばご本人と同じ45歳+-5歳、40歳~50歳。デビュー当時にファンになり、そのまま年を重ねているということだ。
歓声や紙テープはないけれど、いつも温かい目で活躍を見守り続けている。
きょうの夕学に来てくれた人々は、まさにそういう人々であった。

「長い間応援してもらうためには、ファンの皆さんと一緒に自分も成長していかなければなりません」

菊池桃子さんはそう言う。
就職、恋愛、結婚、出産、育児という人生イベントをくぐり抜け、人間として成長していくファンの方々と一緒に、自分も成長し変わっていかねばならない。

ただ、ファンに言わせれば、成長を感じられる一方で、何があってもけっして変わらないイメージもまた菊池桃子さんの魅力なのではないか。

清楚、清潔。それでいて前向き、芯の強さがある。

デビュー当時のイメージは30年経ったいまもまったく変わらない。
変わらないのは、それがイメージではなく、人間としての本質部分だからなのかもしれない。
ファンならよくご存じのことと思うが、菊池桃子さんの30年はけっして平穏な人生ではなかった。ご本人が清潔な笑顔の裏で抱えた悩みや葛藤の大きさは計り知れない。
その荒波の中で人間として成長しつつ、それでいて本質を失うことがない。
それが、ファンが菊池桃子さんを温かく見守り続ける理由なのではないか。

「人生の正午」 40歳を前にして、菊池さんは、もう一度学び直すことを志した。
「障害を持った娘さんにとって一番のキャリアカウンセラーになる」
それが学びの目的であった。

選んだのは法政大学大学院 諏訪康雄ゼミ。雇用政策とキャリア論の大家である。授業が始まるのは夜6時半から。企業の人事マン、教員、厚労省の官僚等々のゼミ仲間15人と机を並べた。
当時は朝の情報番組をやっていたという。子供達のお弁当作りも手が抜けないので起きるのは早朝4時。芸能人、母親、大学院生の三足の草鞋を履く三年間だったという。
そこで何を得ることが出来たのか。菊池さんは実感の貼り付いた自分の言葉で語ってくれた。
それは紛れもない実践的「働く大人の学び」論であった。

菊池さんは、大学院時代に始めた新聞切り抜きスクラップをいまも欠かさず実践している。
気になるキーワードをいくつか決めて、関連する記事を集めていく。ただそれだけのことではあるが、毎日続けていくと時代や社会の動きが見えてくるという。
ボストンコンサルティングの代表だった内田一成さん(現早稲田ビジネススクール教授)が仮説思考のひとつとして実践している「20の引き出し」と同じ手法であろう。

大学院まで行かずとも、新聞さえあれば「働く大人の学び」は実践できる。
菊池さんが言いたかったことはそういうことであろう。

菊池桃子ファン(40歳~50歳)が歩んだこの30年は、日本という国が緩やかな衰退の時期を迎えた時代と重なっている。
失われた5年が10年に、そして20年になった。「下り坂を生きる」という感覚を日本人がようやく受け入れられるようになった時に、自分自身も「人生の正午」を過ぎようとしている。

そんな人にとって、同じ時代に、自分達よりもはるかに大きな振幅で波瀾万丈をくぐり抜け、それでもなお前向きに、志をもって人生の午後を生きようとしている菊池桃子さんを再確認していただけたことは、十分に意義のある一夜になったのではないだろうか。

個別政策は全て間違っている。しかし出てきた結果は正しい  小幡績さん

photo_instructor_698.jpg小幡先生は、今年4冊の本を出した。
「私がひとりで言っていることですが...」という自虐ネタを振ったうえで、ご本人曰く

オバタの四本の矢!!

1月に『リフレはヤバイ』
5月に『ハイブリッド・バブル』
8月に『成長戦略のまやかし』
10月に『やわらかな雇用成長戦略』

いずれもアベノミクス批判を展開している。
前の二冊では、リフレ政策と金融緩和の誤りと危険性を説き、必然の結果として起きた国債と株式の価格上昇をバブルだと断じた。
アベノミクス一の矢、二の矢への反論展開であった。

後の二冊では、官僚主導型の成長戦略の不毛性を訴え、小幡案の成長戦略を提案した。
アベノミクス三の矢への批判と代替案の提示と言えるだろう。

きょうの講演は、この4冊の本の主張をベースにしたものであった。

当初は賑やかだった反アベノミクス論者が、株価上場と円安の進展によって声を潜めていく中で、一人気を吐き、意気軒昂に見える小幡先生には、株価や円が乱高下する度に経済記者がやってきたと言う。
「いよいよアベノミクスの化けの皮がはがれ始めた!」というコメントを期待してのことである。

はぐらかすわけではないけれど、小幡先生の返答は相手の期待とは異なるようだ。

個別政策は全て間違っている。しかし出てきた結果は正しい。
これが、アベノミクスへの小幡先生の評価である。

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