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「国民のための経済、国民による経済」 中野剛志さん

photo_instructor_613.jpg昨年秋から冬にかけて、日本の外交政策の大きなトピックとされたのが、TPP(環太平洋経済連携協定)を巡る議論であった。
野田内閣はもちろん、マスコミ、有識者がこぞってTPP参加論を説く中にあって、最も先鋭的に反TPP論を展開したのが、中野剛志氏であった。

中野先生の反TPP論の理論的根拠となったのが、この日の夕学のテーマ「経済ナショナリズム」という政治思想である。
経済ナショナリズムは、「ナショナリズム」という言葉が背負う歴史的な背景もあって、多くの誤解を受けてきた考え方である。いわば、異端の思想と言ってもよい。

しかし、グローバリズムの歪が、誰の目にもはっきりと見えてきたいま、これからの世界のあり方を規定するイデオロギーとして「経済ナショナリズム」がもっと照射されるべきだ、というのが中野先生の立ち位置である。

「経済ナショナリズム」を理解するためには、「ナショナリズム」の定義を確認する必要があるという。

「ナショナリズム」という言葉は、Nation(国民)とism(主義)に分解できる。
つまり、国民主義と言い換えることもできる
したがって、「経済ナショナリズム」とは「経済国民主義」。経済領域において、国民の生活を第一に考える思想と定義できる。
「国民のための経済、国民による経済」と言えるだろう。

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「人事を尽くして 天命をもぎ取る」 二宮清純さん

photo_instructor_602.jpgスポーツジャーナリストとして、数百人、いや数千人のアスリートや指導者を取材・インタビューしてきた二宮清純さんは、勝負に「勝つ」人と「負ける」人を、識別することが出来るという。

負ける人は、決まって
「人事を尽くして 天命を待つ」
という。


それに対して、勝つ人は
「人事を尽くして 天命を"もぎ取る"ことが出来る。

人事を尽くすのは当たり前のこと、いくら尽くしたところで、天命は降りては来ない。従って待つものではない。自らもぎ取りにいかなければ絶対に掴むことは出来ない。
勝者はそう考えることができる。

「運は回転寿司のようなもの。各自に平等に回って来る。ただし時速300キロの高速で...」
運は、その有無を論じるものではない。気がつくか、つかないか。掴めるか、掴めないか。当人の能力を論じるものである。

これが、二宮さんが辿り着いた「勝者の思考法」である。

天命をもぎ取る。運を掴み取る。
二宮さんは、この感覚を「準備力」という言葉で評した。
ここまでやるのか。そんなことまで考慮するのか、という驚異的な執着心をもって準備する力、という意味である。
準備は表面からは分からない。言われてみればそうかという程度の小さなことの積み重ねでもある。
しかし、オリンピックでの勝敗を決するのは、この「準備力」に他ならない。


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欲望(希望)のエデュケーション 原研哉さん

photo_instructor_612.jpg原研哉さんは、近年の自らの役割を、次代の社会構想をデザインすること、と考えているようだ。社会のこれからの可能性を可視化して、ひょっとすると「こうだったりして...」という選択肢を提示することである。

いや提示するだけではなく、他者を巻き込んで実現することまでがデザインの範疇かもしれない。

デザインには「欲望(希望)のエデュケーション」効果がある。
原さんは、そういう。

あらゆる「もの」や「こと」を、樹木の果実だと考えてみる。
豊潤な果実には、土壌の質が重要である。
土壌には、それぞれの伝統や風土、特性に由来する「地味」がある。
欧州社会という土壌には、宮廷・貴族的な文化がよく似合う。
米国社会という土壌には、ギラギラした物質主義が育つ。
日本という土壌には、「質実剛健」的なものがマッチする。
それぞれの土壌の「地味」を肥えさせることで、果実は大きく、甘く育つ。
そのための、気付け薬あるいは促進剤の役割を果たすのが「デザイン」である。

デザインには、土壌に何を育てたいのか、それに気づかせ、創造意欲を喚起して、行動に向かわせる力があると信じている。

例えば、
日本という土壌に「家」という果実を育てようとした時に、どんな「家」が相応しいのか。
土壌の「地味」を吟味してみると、次ぎのような特徴が見えてくる。

人口は減っていく。土地は狭い。空き倉庫、シャッター商店街などが悩みの種。
一方で、貯蓄高は世界一。高齢者はアクティブ。丈夫で頑丈な躯体(構造体や骨組み)は潤沢にある。
創造力豊かな建築家、設計士はたくさんいる。技術力は申し分ない。

だとすれば、これからの日本の「家」は、新築より中古を上手に使い回すことが「理」にかなっている。

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市民宗教としての仏教 釈徹宗さん

photo_instructor_611.jpgのサムネール画像釈徹宗先生は、「市民宗教」の説明から講演を始めた。
肌感覚にまで拡散してしまった宗教、無自覚のうちに身体と精神に溶け込んでいる宗教の意味だという。
日本の仏教は、典型的な「市民宗教」だという。

私は、かつて分子生物学者の福岡伸一先生に聞いた話を思い出した。

生命を構成する分子の動きを追いかけるために、事前に色を塗って識別可能にした分子を食物の中に混ぜ、それを食べたマウスの体内で、着色分子がどのような軌跡を描くのかを追跡研究する。すると、分子はマウスの体内に入ってまもなく、タンパク質に取り込まれ、体中のあらゆる部分に分散し溶け込んでしまう。

同じように、日本人の身体と精神の中には、分子レベルにまで分解された仏教の遺伝子が、あらゆる部分に分散し、溶け込んでいるのだろうか。

仏教は、「常-主宰」の否定に特徴があるという。
すべては変化する。すべては集合体である。すべては関係性のうえに成り立つ。
だからあらゆるものは「常ならむ」存在だとする。
「無常」の概念は、あいまいで、わかりにくいという欠点もあるが、そのぶん柔軟で、融通無碍だとも言える。

日本人の行動と精神のあらゆる部分に仏教フレーバーを行き渡らせる毛細血管のような役割を担ったのが、半僧半俗の仏教者達であった。
沙弥毛坊主などの名称で呼ばれた彼らは、世俗を生きる仏教の体現者であった。

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「心あたたまる関係」のビジネス化 武田隆さん

photo_instructor_623.jpg武田隆氏の『ソーシャルメディア進化論』はふたつの意味で良書である。

ひとつは、ホットイシューであるソーシャルメディアの全体像を手際よく整理してくれた「ソーシャルメディア論」として分かりやすい。
もうひとつは、ネットベンチャー経営者15年の「起業論」として読み応えがある。
学生ベンチャーを立ち上げた若者が、試行錯誤のうえで、企業向けのオンラインコミュティというビジネスドメインを見いだし、それを事業として成り立たせるまでのサクセスストーリーでもある。

日大芸術学部でメディア美学者武邑光裕氏に師事した武田氏は、インターネット勃興期に大学生活を送った。専門家が圧倒的に少なかったこの時期、WEB製作を請け負う学生ベンチャーが数多く生まれた。武田氏もその一人であった。

武田氏が惹き付けられたインターネットの本質は、つながることの価値であったという。それは経済性というよりは、驚きや感動という言葉が似合うウェットな価値の世界である。
武田氏は、それを「心あたたまる関係」と呼ぶ。

「心あたたまる関係」を事業として成立させるためのフィールドとして選んだのが「企業コミュティ」であった。

武田氏が、この構想を思いついたのは、ソーシャルメディアという名称が生まれる前だったという。試行錯誤しているうちに、ブログ、twitter、facebookが次々と登場してきた。
ソーシャルメディアの登場は、武田氏にとって大きなフォローウィンドゥになった。
いまや、7000万人の人がソーシャルメディアを利用するという。これは、オンライン上の企業コミュティに対する心理的障壁がなくなったことと同義であった。

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広告表現のイノベーション 川村真司さん

photo_instructor_610.jpg「イノベーションとは新しい組み合わせである」
ちょうど100年前、29歳の経済学者シュンペーターは『経済発展の理論』でそう喝破した。
・新しい技術の組み合わせ
・新しい生産方式の導入
・新しい原材料の使用
イノベーションとは、あらゆる新しい組み合わせを意味している。

32歳の若きクリエイターである川村さんが、シュンペーターのイノベ-ション概念を意識していたのかどうかはわからないが、クリエイティブに向き合う姿勢は、イノベーションそのものである。

クリエイティブとは、自分達が利用できるさまざまな物や力を、枠組みにとらわれないで結びつけること。
川村さんの講演を、そんなメッセージとして聞かせてもらった

慶應SFC佐藤雅彦研究室の一期生として、広告表現の世界に触れた川村さん。
卒業と同時に博報堂に入社し、CMプランナーになった。人も羨むキャリアである。
彼は、そこをわずか3年で辞めてしまった。
「プロダクトやサービスに近いところで何かを創り出したい」と考えていた川村さんにとって、CMという枠の中だけでクリエイティブを考えることが窮屈に感じたという。
その後外資系の広告代理店数社を経て、昨春5人のクリエイターによる新会社PARTYを立ち上げた。
広告代理店でも、製作プロダクションでもない。クリエイティブの実験をするラボ(研究室)。それがPARTYのコンセプトである。
広告だけにとどまらず、実際にプロダクトを作ったり、ミュージックビデオの映像をディレクションしたり、枠を越えた活動をしている。

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